ツナヨシを後ろにしがみ付かせたままホームまで行って、ベンチに腰を掛ける。
ツナヨシも少しでも明るい所に出てほっとしたのか、骸の隣に大人しく腰を掛けた。

「星、綺麗だな!」

「・・・ああ、そうですね。」

見上げれば澄んだ空気の上で星がキラキラと瞬いている。
空に星がこんなに浮いているのを見るのは初めてかもしれない。
いつも、空なんか見ないから。

隣でツナヨシがくちゅんと小さなくしゃみをした。

「・・・。」

骸はベンチに深く腰を掛け直して、コートの前を開けた。

「ここ、座ってください。」

「えぇ!?」
ツナヨシは目を丸くして頬を真っ赤にしながら、両手で口を覆った。

骸が「ここ」と言った場所は骸の真ん前、足の間だった。

「そ、そそそそ・・・っ」

「落ち着きなさい。寒いでしょう?僕も寒いんですよ。
君がここに座ればお互い寒い思いをしないで済む。それだけの話です。」

「う、うううううん、」

そろり、と立ち上がった綱吉は恥ずかしさのあまり泣きそうになりながら
よろよろと骸の前に立つ。

ツナヨシは無言の圧力に負けるように、骸の足の間にそろそろと腰を下ろした。

そっと後ろからコートで包み込まれて、柔らかな温かさに綱吉はかあと頬を染めた。
コートの前を締められればもう骸に寄り掛かるしか出来なくて、ツナヨシは恥ずかしさのあまりぐずぐずと泣き出した。

「ちょっと、泣くって失礼ですよね?」

「ふ、うぐ、だっで・・・」

「髪、邪魔なんですけど。」

ツナヨシの髪が骸の顔にちょうど当たって、眉を顰めた骸はふわふわの髪をまとめて後ろに流した。
オールバックになったツナヨシはまだぐずぐず泣いていて、
その光景に骸は吹き出した。

「この髪型傑作ですよ。」

「ふぐ、う、」

ぐずぐずと泣くツナヨシの髪をオールバックに纏めて、
骸はツナヨシがベンチから落ちないようにツナヨシの前で手を組んだ。

ツナヨシは恥ずかしさのあまりびくんと体を跳ね上げて、骸の顎に頭をぶつけて骸に叩かれた。

静かなはずのホームは二人だけなのにとっても賑やかで、そんな中で骸が不意にぽつりと呟いた。

「僕の家は母子家庭だったんです。」

「あ!昼ドラの女の子が母子家庭なんだって。」

「そう、それです。」

「父親は家庭のある人間で、母親はそんな男と付き合って僕を産みました。
母親は朝から夜中まで働き詰めだったから、僕はいつも一人でした。」

骸はぽつんぽつんと話し出した。
ツナヨシが相槌を打たなくても構わないようなそんな口調で
でも確かにツナヨシに向かって言っている言葉だった。

ツナヨシは大きな目を緩やかに瞬かせた。

「夜中にたまに男が訪ねて来て母親に生活費を受け取るように説得していたので
その男が父親なのだと知りました。でも母親は僕にも会わせずに、生活費も受け取りませんでした。
子供ながらに受け取れば働かなくて済むのにと思いましたよ。でも母親は頑固でした。」

思い出すように手繰り寄せるように、そっと話す。

「幼稚園のとき、熱を出したんですよ。今ならそんな簡単に死なないって分かるけど
小さかったから酷く不安でした。でも母親は仕事の合間に少し戻ってくるだけでまた出掛けて行くんです。
酷く不安の中で置いて行かれるのは惨めでしたね。
あんな思いをするくらいならもう、熱なんか出さないと思って、思ったら本当に熱が出ませんでした。」

この間、出してしまいましたけどね、と骸は少し笑った。

「中学に入る前に、無理が祟って母親が倒れました。そのとき僕以外子供がいなかった父親が僕を引き取ると言ったんです。僕は、」

言葉を探すようだった唇は一旦閉じられて、違う言葉を紡いだ。

「母親は僕を手放さないと言って、そうしたら父親は離婚して母親の元に来たんです。結婚するって言ってましたね。」

骸はまるで他人事のように言って、淡々と言葉を紡ぐ。

「でも僕は、何で始めからそうしなかったのかとか、結局受け入れる母親にも憤りを感じたんです。
家を飛び出して保護されてはまた出て行ってを繰り返して、終いには自分で警察に通報したりして、今思えばよくやってたな、と言う感じです。」

穏やかな声は調子を崩さずに、骸は少し微笑んでさえいた。

「家は父親のお陰で裕福になったのですが、僕がそんな調子なので施設に保護されることになったんです。そこで千種たちと出会って・・・中学の三年間は施設から通学して、高校は勝手に決めて住むところも勝手に決めて、施設に入ってから今まで一度も連絡を取ってないんです。」

ツナヨシはただじっとしていて、骸からその表情は見えなかったけれど、骸はそれでも言葉を続けた。

「・・・でも、この間思い出したことがあって・・・」

ほんの少し戸惑いを乗せてから、薄い唇が動く。

「熱を出したときに君が僕の手を握っていたから、思い出したんです。

そう言えば母親は僕が寝ているといつも手を握っていたなって思って・・・母親が僕に話して聞かせた父親はいつも、」


途切れ始めた言葉はとうとう途絶え、今までじっと聞いていたツナヨシがぽつんと呟いた。

「カッコよかった?」

骸は目を見張ってから、ふと睫毛を伏せて柔らかく微笑んだ。

「・・・そうですね。だから僕も同じ職業に就きたいと思ったのかもしれません。」


はっと振り返ったツナヨシの瞳のすぐそこで骸が微笑むから、ツナヨシは目が逸らせなくなって
ただただじっと目を合わせた後に、骸が呟いた。

「・・・僕の父親は、弁護士なんですよ。」


ツナヨシは何度も小さく頷いて、そしてそれが当たり前のように言う。

「骸の父さんも母さんも、骸のことをとても愛しているよ。」

「・・今も?」

「今も。離れててもずっと骸のことを想ってる。」

馬鹿馬鹿しいとも思った。

見ず知らずの人間のことを何で分かるのかとか、

でも今は、

「・・・そうですか。」

乗ってしまうのも悪くないと思った。

骸はとても穏やかに微笑んでツナヨシの頭に顎を乗せると、空を見上げた。
ツナヨシは骸の腕の中でびくっと体を跳ね上げた。

「君の家はどの辺なんですか?」

「えええぇぇぇえっとねぇええええ!!!」

「落ち着きなさい。」

空を見上げてうろうろと視線を彷徨わせて一向に答えが出ないツナヨシに、骸は口を引き攣らせた。

「分からないのか・・・!」

「上から見れば分かる!上からなら人の顔も見えるんだぞ!」

「人の顔まで!?」

「うん!だから上に帰っても、骸のことずっと見ていられる!」

「ぞくっとしたんですけど。」

「風邪?」

「違いますよ。」

きっぱりと言って退けた骸だったが、しばらく間を開けて小さく呟いた。

「君は・・・帰るんですよね?」

ツナヨシもまたしばらく間を開けてふわふわと睫毛を瞬かせ、足を緩く動かした。

「母さんにも父さんにも司祭さまたちにもきっと心配させちゃってるから・・・グズだけど、俺にもちゃんと役割があるから帰らなきゃ。」

「・・・そうですか。」

長い足の間でそれより短い足がぷらぷらと所在なく動く。
静かになった空気の中で、綱吉は頬を淡く染めてそっと俯いた。

「・・・でももし・・・このまま迎えが来なかったら・・・骸と一緒にいても、いいかな・・・?」

骸はふわりと瞬きをしてから、微笑んだ。

「・・・いいですよ。」

すぐに返って来た言葉に綱吉はかあと頬を染めて、それを見た骸がくすと笑う。

「あ、ありがと・・・」
もじもじと動いたツナヨシの髪が骸の顔にわさわさと擦り付けられて、骸の眉間にぎゅっと皺が寄った。

「動くな!」

「ふぐ・・・っ」

ぽかっと頭を叩かれて、ツナヨシがううとぐずった。

それから眠くなりもせず、陽が昇る前の暗い朝の中に始発が来るまでずっと話していた。
駅のホームは二人だけだったけど、ずっと賑やかで寒さは感じなかった。

寒さは感じないけど体は冷えてたよね。

風邪はぶり返すよね。

「うわああああああ!!むくろおおおおお!!!」



2010.04.22