二度目の風邪ももうすっかり良くなった頃、朝目を覚ました骸は口元を引き攣らせた。

何だか重いなぁと魘されるような気持ちだったのは、このせいだったのだ。

引っ叩きたくなるくらいすやすやと眠っているツナヨシは、ほとんど骸の上に乗っかるようにして寝ている。
しかも仰向け。どうしたらこうなるんだ。

ツナヨシが来てからというもの、お陰様で、大変不本意にも、大分眠りが深くなったので、
もしかしたら前から寝ている間にこうやって乗っかられているのかもしれない。

顔面を引き攣らせながら、枕元の時計を引き寄せると、そろそろ骸が起きる時間だった。

「・・・。」

ツナヨシはいつも目覚まし時計なしで骸より早く起き出して、朝食の支度をしている。

今日は起きられなかったのだろうか。

すやすやと寝ているツナヨシの小さな鼻を摘むと、うむむと寝惚けた声を上げた。
でも思い返すとここ最近、起きられないことが多いように思う。

ふと思い至って起き上がると、ツナヨシが体の上からころんころんと転がって行って最後にべちゃっと床に落ちた。

「骸、おはよう!」
「・・・おはようございます、」

ぴょこんと飛び起きて髪をふわふわさせるツナヨシに遠い目になりなりながら、骸はツナヨシの額に手を当てた。

熱い。

熱いけど、ツナヨシは元々体温が高い気がする。
今はいいけど夏場は暑そうだと何回思ったことか。

逡巡していると、ツナヨシがモジモジし始めた。

「・・・むくろ・・・」

「頬を染めるな!」
「ふぐ、」

額に当てていた手でぽかりとツナヨシを叩いてから、体温計を取り出した。

「骸・・・まだ具合悪いのか?」

心配そうな顔をしたツナヨシの目の前に体温計を差し出した。

「君ですよ。」
「俺!?」
「ええ。最近食欲もないですよね。昨日の夜もほとんど食べてなかったですし。」
「うん・・・お腹一杯で・・・」

そう言ってツナヨシは大人しく体温計を脇の下に挟んだ。
お腹が一杯、ということは、食欲がないのではないかとふと思い至る。

ツナヨシは骸の前に来るまで、空腹を感じたことがないらしいから、きっと「食欲がない状態」がどういうものなのか分かっていないのだろう。

ピピ、と体温計が小さな音を鳴らした。

天使か何か知らないが、もしかしたら風邪を引くかも知れない。受け取った体温計に視線を落とす。

デジタルの文字を見て、骸は顔面を引き攣らせた。
見る見るうちに陰っていく骸の顔に、ツナヨシはぞおと震えた。

34.9度。

何これ。

体は熱いのに何でこの体温なんだ。意味が分からない。
熱いのか寒いのか何なのか。熱があるのかないのか何なのか。

意味が、分からない。

「む、むくろ・・・」

顔面を引き攣らせる骸におずおずと呼び掛けると、骸は遠い目でツナヨシを見遣った。

こうなったら本人に尋ねるのが一番だ。

「具合悪いですか?」
「え!?う、うん・・・?とね、えー・・・と、」
「分からないのか・・・!」
「わ、分かる・・・!えっとね、体が鉛のように重くて、眠くて仕方ない!!」
「・・・っ」

具合悪いんじゃないか!

突っ込む気力も削がれた骸は、ツナヨシをちゃっちゃとベットの上に戻して、布団を掛けた。

「寝てなさい。」
「あ!でも、ご飯作らないと、」
「いいです。」

起き上がろうとするツナヨシをぎゅうぎゅうとベットに沈めて、最終的にツナヨシがおえっとなるほど押さえ付けた。

「夕飯も作らなくていいですからね。」
「え!?そ、そんな・・・!」
「はあ?」
「俺、奥さん失格なのか・・・!?い、嫌だあああ!!」
「うるさい!!」
「ふぐ、」

取り乱して叫び出したツナヨシを叩こうとして、あ、病人かもしれないんだと思い至りでも結局ぽかりと叩いた。
大声を聞きつけて、お隣の獄寺がベランダから侵入してくると厄介だから。

「とにかく寝てなさい。昼はクロームに来て貰うので、一緒に昼食を取ること。いいですね?」
「・・・うん。」

布団に口元を埋めて、ツナヨシはちろっと骸を見上げた。その頬は赤い。

「何ですか?」
「・・・ありがと、」
「・・・いえ、別に。」
「・・・。」
「・・・。」

何だかむず痒くなってきたので、ツナヨシの額をぺしんと叩いておいた。
ツナヨシがうう、とぐずったので、ちょっと安心した。

バイトを終えて学校に向かった。
休憩中にクロームに連絡を入れたら、やはりツナヨシは眠っていたようだ。

どういうことだろうか。医者に見せる訳にもいかない。
口だけは元気だが、とおっても元気だがずっと眠っているなんて、いつもぴょこぴょこしているツナヨシではない。

一人考え込んでいると、クロームがそわそわと骸の顔を覗き込んだ。

「子供・・・出来たの?」

思考回路が花火のように飛び散った。

「出来ませんよ・・・!」
「ツナヨシくん、何だか妊娠初期みたい・・・」
「知りませんけどね・・・!?」
「子供出来たんれふかー!」
「出来ませんよ・・・!」
「おめでとうございます。」
「人の話し聞いてますか・・・!?」

クラス中がそわそわし始めたのを感じ取って骸は顔面を盛大に引き攣らせた。

だから、ツナヨシは男だってば!

*

そわそわしたクラスメートに囲まれて、結婚するのかと訊かれて結婚出来るか!と答えたら
何をどう聞き違えたのか、結婚式は学校でやったらいいと言う話しになったり、
笹川先生と山本先生に許可貰ってくるとか、絶対いいと言うから止めて欲しいと言ったら
じゃあ先生たちにはサプライズで!と言われたりして、
どうして笹川と山本にサプライズしなければならないのか全く分からないまま、骸は悶々として家に帰った。

明日登校したら教室がウエディング風になっていないか、心配しながら玄関を開けた。

そして骸はぎくっとした。

家の中が暗い。
カーテンは開けっ放しなのだろう、部屋の奥から外灯の弱い光が漏れているだけだった。
テレビの音もしない。

「・・・、」

ツナヨシは、寝ているのだろうか。
靴を脱いで玄関に足を付けると、意味も分からず胸の中ががさがさとした。
廊下が長く感じる。

薄暗い部屋。

馴れているはずだったのに。

何で、こんなに、

そっと部屋を覗いて、骸は絶句した。

「・・・っ」

布団の上から出た大きな目がぎょろぎょろしている。

「起きてるなら何で電気を点けないんだ・・・!」
「だ、だって、寝てろって言うから・・・!」

電気を点けると、ツナヨシはベットの上で目をしぱしぱさせた。

「昼も寝てたから、目が冴えちゃって・・・」

ツナヨシは目をしぱっしぱさせながら言う。
骸は意味も分からず力が抜けて、脱力したようにベットサイドに腰を掛けた。

「具合悪い・・・?」

心配そうにするツナヨシの小さな鼻を摘み上げると、ツナヨシはうう、とぐずった。

「君はどうなんですか?」
「平気!昼より体重いけど!」

「・・・っ」

それ平気じゃない!

ぐわっと寄った骸の眉根にツナヨシはびくっと体を引き攣らせ、逃げるように骸の膝に顔を埋めた。

「・・・っ」

ぶるぶる震えるツナヨシはいつも通りだけど、でもいつもと違うのは分かる。

これはどうしたものか。
もしも具合が悪いなら、治せるのはきっと「人間」ではない。


2010.06.30