(寒い・・・)

ツナヨシはもうずっと震えていて体中が悴んで、
動く気さえしなかった。

夜は容赦なく体温を奪っていった。

けれどどうしていいのか分からないから
ツナヨシはもう何時間も公園のベンチに座っていた。
どうしようという言葉すら浮かんでこない。

「な〜んら、女の子かと思ったら男だったびょん。」

不意に近くで声がして、
ツナヨシは驚いて顔を上げた。

「ねーねーお金持ってたらちょーだいよ。」

(おかね・・・!?)

「あ、あの・・・!おかねってどこで貰えるんですか・・・!?」

「げっなんらコイツ!」

かつあげした筈なのに、勢い込んで顔を覗きこまれて
犬は不覚にも大いに怯んだ。

「止めなよ、犬。」

「え〜らってコイツ俺らがガッコー行った時からずっとここにいるびょん。
かつあげしてくれって言ってるよーなもんら。」

「何ソレ。」

救いの手かと顔を輝かせたのも束の間、
眼鏡の奥の冷めた目に、綱吉はびくりと体を跳ね上げた。

「めんどい。」

「出た!」

犬がうひゃひゃと笑う声にもツナヨシはびくりと体を跳ね上げた。

「犬、千種、止めなさい。」

今度こそ救いの手かと期待に満ちて顔を上げて、
ツナヨシは凍り付いた。

酷く無関心な赤い目が、
あからさまに見下すようにツナヨシを捕えた。

(こ、こわい・・・!)

「放っておきなさい。ただの馬鹿だ。」

「うぐ・・・っ」

(たっ、確かに馬鹿だけど・・・っ!)

そんな言い方ないじゃないか。
ツナヨシだって頑張ったんだ。

「うぐぐ・・・」

(人間って冷たい・・・っ)

変態だと言われて追い掛けられ、
(ツナヨシの中では濡れ衣だ)
怖い思いをして、何もしてないのに冷たい目を向けられて、
楽天的なツナヨシもさすがに参っていた。

堪える力も残っておらず、大きな目からぼろぼろと涙が零れる。

「・・・あ〜あ。骸さん、泣かせましたね。」

「俺知らねー」

「はあ?僕だって知りませんよ。行きますよ。」

歩き掛けてぐい、とコートの袖を引かれて骸は足を止めた。
犬と千種は自分より前にいるので、
引っ張ったのはあの馬鹿な子しかいない。

「・・・何ですか。離しなさい。」

容赦なく手を払い除けるが、払った傍からまた袖を掴まれた。

「・・・俺も行く・・・」

「はあ?君に用はありません。離しなさい。」

「俺も行く・・・っ!」

手を払ってはまた掴まれる、を何度か繰り返し
痺れを切らした骸が大きく手を振り払って歩き出したが
ツナヨシは頬を濡らしながら、
めげずに袖を掴んでくっついて行った。

「・・・いい加減にして貰えますか・・・?」

骸の目元がひくひくと引き攣っている。
ツナヨシは怖くて大きく体を震わせたが、
ここで離す訳にはいかない。

ツナヨシにはもう人間に話し掛ける気力は残っていない。
とてつもなく感じは悪いがせっかく話し掛けて貰えたので
ここで諦める訳にはいかない。

「・・・骸さん、正直めんどいのでお先に失礼します。」

「思い切り本音出てますね・・・!」

「俺も柿ピに賛成れふ〜!また明日!」

「こんな時ばかり気が合うの止めて貰えますか・・・!?」

足早に去る二人の背を歯噛みして見詰めてから
腕にぶらさがる勢いのツナヨシをぎり、と睨んだ。

ツナヨシは恐怖から足を引き攣らせたが、
離してたまるかとしがみつく手の力を強めた。

「離しなさい、気持ち悪い!」

ツナヨシは大きな目を更に大きくした。
その拍子にまたぼろ、と涙が零れた。

「ひ、酷い・・・!そんな言い方ないだろ・・・!
俺だって一生懸命生きてるんだ・・・!」

「ああはいはいそうですか。
変態は変態なりに一生懸命なのですね。」

「俺はへんたいじゃない・・・!!!うう、あったかい・・・」

「ちょ・・・!」

あまりの寒さに正面から抱き付くような恰好で
骸のコートの隙間にするりと華奢な腕を差し入れた。

冷え切った腕の温度と
同年代の男子に抱き付かれているという事実に
骸はぞわりと鳥肌を立てた。

「気持ち悪い・・・!!」

ツナヨシの髪を引っ張って引き剥がそうとするが
ツナヨシも必死だ。
抱き付きて離れない。

おまけに足も冷たかったので
骸の靴の上に足を乗せて暖を取った。

骸は怒りのあまり頭の血管が切れそうになった。

「何なんだ君は・・・!親はどこにいるんだ!」

ツナヨシは抱き付いたまましゃくりあげて
ゆるゆると空を指差した。

骸はツナヨシが指差すまま見上げた。
そこには灰色の雲が広がっているばかりだ。

ツナヨシに視線を戻すがまだ空を指差している。
もう一度上を見るが、やはり雲しかない。

「ああ、死んでるのですか。
それはそれはお気の毒にさようなら。」

ツナヨシをぐいぐい押しやるが、ツナヨシも必死にしがみ付く。

「死んでない!」

「ああなるほど。心の中で生きてますというヤツですか。
素敵な話しをありがとうさようなら。」

「何でさよならなんだよ・・・!」

「何でさよならじゃないのか訊きたいくらいですよ・・・!
ああもう!いい加減にしろ!人と関わりたくないんですよ!」

「俺・・・!人間じゃない!天使だよ、天使!」

ひたりと動きを止めた骸を期待を込めて見上げたが
ツナヨシはびくりと体を竦めた。

唖然とする骸の表情から冷気が漂っている。

「警察行きましょう。」

「けーさつ・・・!?や、やだ・・・!!」

体勢は一気に変わって、逃げ腰になるツナヨシの腕を
骸が強引に引っ張った。

「僕だってあんな所行きたくありませんよ!
君を交番の前に捨てます。めでたく瞬時に逮捕ですね。」

完全に腰が引けているツナヨシをずるずると引っ張る。

「やだやだ!けーさつに捕まると拷問に掛けられるから
絶対近付くなって父さんが・・・・!」

「君の親は何を教えてるんだ!」

「やだ・・・!」

腕を捩って骸の手を擦り抜けると一気に駆け出した。

わざわざ追い掛けてまで警察に突き出そうとは思わない。

立ち去ってくれるならそれが一番だ。
 
やっと解放されて骸は安堵から
顔を引き攣らせた。
 
さっきから顔を引き攣らせてばかりいる。
あんな馬鹿とは二度と係わりたくないと
踵を返しかけて、骸は駆け出した。
 
ツナヨシが飛び出して行った方に車のライトが見えた。
 
あの馬鹿は気付きもせずに飛び出そうとしている。
 
「待ちなさい!」
 
骸の声に驚いて振り向いたツナヨシが車のライトに浮かび上がった。
眩しくて前を向いたツナヨシは目を見開いた。
 
ぶつかる、と思った瞬間、強く腕を引かれてそのまま縺れるようにして
二人は歩道に座り込んだ。
 
車はけたたましいクラクションを鳴らしながら目の前を通り過ぎて行った。
 
 「何考えてるんだ・・・!」
 
「怖い・・・怖い・・・うう、あたっかい・・・」
 
撥ねられそうになったツナヨシは初めての恐怖に震えて
再び骸のコートの隙間に腕を差し入れた。
 
「僕は君が怖いですよ・・・!離しなさい!」
 
絡み付いてきた腕を引き剥がして
骸は振り向きもせずに大股で歩き出した。
 
苛立ちが滲み出ている足音に
ひたひたと付いてくる足音があった。
 
骸がぴたりと止まると
足音もぴたりと止まった。
 
再び大股で歩き出すと
一生懸命付いてくる気配を感じた。
 
「む、むくろ・・・」
 
名前を呼ぶとぴたりと足を止めて大きく振り返った。
骸が大股に近付いてくるので期待を込めたキラキラとした眼差しで見つめる。
 
が、頭をスコーンと殴られた。
 
「慣れ慣れしく呼ぶな!」
 
うう、と呻いて頭を抑えるツナヨシを置き去りにして
骸は歩き出した。

ツナヨシは半泣きになりながら骸を追い掛ける。

ぐずぐずと泣くツナヨシの気配を背中で感じて
骸は凶悪に顔を引き攣らせる。

ツナヨシを撒くなんて事に労力は裂きたくない。
骸は千種に負けず劣らず面倒が嫌いだ。

警察に通報してあれこれ訊かれるのも絶対に嫌だ。

元はと言えば犬が声を掛けたからこんな事になっている訳で、
その犬が全部押し付けやがったから
明日会ったらどうしてくれようと凶悪な笑みを浮かべて思案していると、
とうとうアパートに着いてしまった。

しまった、と思ってももう遅かった。

ツナヨシはすぐ後ろでぐずっている。
撒く所か連れて来てしまった。

骸が苛立って深い溜息を落とすと、
ツナヨシはびくりと体を震わせた。

「・・・君・・・」

ぎろ、と睨むとツナヨシはびくびくするのだが
引く気配はない。

「・・・一人はヤダ・・・」

「僕には全く関係ありませんね。
他を当たって下さい。」

冷たく言い放って階段を上ると、
ツナヨシも着いて来る。

骸はさっきから口が引き攣り過ぎて痙攣する勢いだった。

「むくろ・・・が、いい・・・」

「はあ!?!?さっき会ったばかりでしょう!?
何故僕なのですか!?迷惑でしかない!」

ツナヨシは涙でべちゃべしゃになった顔を腕で拭う。
そのほっそりとした白い腕にも涙が伝っていった。

「俺も、分かんない、けど・・・」

「どちらにせよ、僕には関係ない。」

きっぱりと言い切って鍵を開ける骸の後ろ姿を、
ツナヨシは不安そうに見詰めている。

骸はちくちくする視線に顔を引き攣らせて、
振り向きもせずにささっと部屋へ入ってドアを閉めてしまった。

「むくろ・・・」

呼んでみても返事はない。
ドアが開く気配もない。

しん、とした空気にツナヨシの不安は大きくなるばかりで、
近くで犬が鳴き出しててビクリと体を震わせた。

ツナヨシの目からはまた涙が溢れてきた。

泣き過ぎて目も頬もひりひりする。
迎えがいつ来るかも分からないし、
何も分からないここで生活が出来る気もしない。

絶望という気持ちはこういう事を言うのだろうか。

初めて味わう感情に堪え切れず
小さく嗚咽を漏らした。

カチ、と小さな音がして驚いて顔を上げると
開かないと思っていたドアが開いていた。

淡い光が漏れる中に、骸が憮然と立っている。

ツナヨシがぱちりと瞬きをすると、
骸は大きく溜息を吐いた。

「入りなさい。」

てっきり追い払われると思ったので
ツナヨシはすぐに言葉を返せなかった。

「い、いいの・・・?」

「嫌ならいいですよ。」

あっさりドアを締め掛けたので
慌てて飛び込んだ。

「嫌じゃない・・・!」

部屋の中のふんわりとした温かさに包まれて
ツナヨシはほう、と息を吐いた。

「ありがとう、骸、ありがとう!」

嬉しくて嬉しくて泣き笑いで見上げると、
骸は苦々しい顔をした。




09.02.05