教室中がそわそわとしていて、骸の口元は引き攣るばかりだった。
クロームが指先をてきぱきと動かしながら、そわそわと口を開く。

「ツナヨシくんは今日も来ないの・・・?」

そわそわ、と更に教室が浮き足立ってくる。

「・・・ええ。まだ本調子ではないので。」

クラスメートがみんな揃って指先をてきぱきと動かしながらそわそわするから、骸は目元まで痙攣を始めそうだった。
みんな内職をしている。何を造っているのかと言えば、白い花だったり白いリボンの飾りだったり、認識したくないけど白いレースの何か。

「・・・っ」

結婚式か!と突っ込みたいけど、そうだよと至極当たり前にさらっと返され墓穴を掘りそうなので堪える。
すでに教室には白いリボンの飾り付けが施されている。骸は魂が抜けてしまいそうになっている。

「具合悪くなってから、結構経つね・・・」

クロームが心配そうにぽつんと呟くので、骸は思わず押し黙ってしまった。
ツナヨシは口だけは今までと変わらず元気過ぎるのだが、体がどうしても重いようだ。
静かになった教室で、千種がそうだと呟いた。普段小さい声だが、教室が静かだったのでみんな千種に視線を向けた。

「・・・病は気からと言いますよね。」

骸の口元はひくと引き攣った。

「そうれふね!ここはぱーっと結婚式きゃん!」

余計なことを言う犬を引っ叩くも、クロームが口を開く。

「結婚式したら、ツナヨシくんも元気になると思うの。」

そうだそうだと盛り上がり始めるクラスメートたちに顔面の崩壊を起こしそうになった骸は、ばっと引き攣る顔を押えた。


骸はお隣の獄寺に借りた自転車を漕いでいる。
借りを作るのは本当に嫌だったし、獄寺も骸からのお願いなんて聞く耳を持たない。けどツナヨシ絡みだったら自転車のメンテナンスも完璧に、ピカピカに磨き上げて貸してくれた。

これだけ分かり易い人間がこの世に存在するかと遠い目をしながら自転車を漕いでいると、後ろに乗せていたはずのツナヨシの姿がなくてびっくりして振り返ると、道端にぺしゃっと落ちていたりする。

天使だか何だか知らないが、体重がほとんどないようなので落ちても気付かないのだ。

仕方がないので腰に腕を回させて、そしてその手を縛ってみた。こうすれば落ちない。
落ちないけど道行く人たちの視線が痛い気がしないでもない。

いいや、思い込みということにしておこう。
だって最初は背負って学校まで連れて行こうとしたのに、ツナヨシは顔を真っ赤にして「お、おんぶなんて・・・!破廉恥だよ・・・!」と意味の分からないことを言うものだから、それを強要するのは激しく気が引けた。
意味が分からなくてもまるで破廉恥なことを強要しているような気になるじゃないか。

手首を縛られてもツナヨシは嬉しそうに頬を染めて骸の背中に寄り添っているから骸の視線は遠くなるばかり。

学校に着いたら着いたで、クロームに一番に「素敵なプレイね。」と言われた。

「違いますからそういうのではないですから。」

強く否定するあまり逆に棒読みになってしまった。クロームの目が「そういうことにしておくね☆」と言っている。

益々遠くなった視線の先に、教室が見えた。外からでも分かるくらい、というかむしろ外側まで綺麗に装飾されている。白に。
やっぱり帰ろうかなと口元を引き攣らせていると、クロームがほっとしたように息を吐いた。

「・・・よかった。元気そうで。」

ツナヨシは「うん、元気だよ。」と笑った。

家の中でもぴょこぴょこ動き回っていたので、冬眠を迎えた蛙みたいにじっとされていると随分具合が悪いように思えてしまっていたが、クロームの言葉で安心したのは骸だった。

「・・・っ」

でも自転車から降りたツナヨシは骸の足元で丸まっていたけど。

「土下座してるの?」
「違いますよ・・・!何してるんですか・・・!」
「あ!ごめん、一瞬寝ちゃった!」
「寝てたのか・・・!」

もう意味が分からない。ひやっとするから止めて欲しい。
ぷんぷんしながらツナヨシの襟首を掴み上げて立たせようとしたとき、昇降口から笹川がのしのし歩いて来た。まぁ何となく嫌な予感はするよね。

「おう、来たな、嫁!」
「嫁じゃないですよ・・・!」
「これから結婚式するのに!」
「クロームのそんな大声初めて聞きましたよ・・・!」
「結婚式・・・?」
「そうだぞ!六道が嫁にはハッキリ言わないようにしてるから内緒にしてくれと言っていたな!」
「今言っちゃいましたよね・・・!?」

クロームは骸に襟首を掴まれてぷらぷらしている綱吉の頭に、ふんわりと真っ白いベールを乗せた。

「わ・・・!きれい・・・クロームが作ってくれたのか?」
「皆で作ったのよ。」

頬を染めて柔らかく笑ったツナヨシは、どうかな、と襟首を掴み上げている骸を見上げて、骸はまるでスローモーションのように唇を引き結んだ。

「どき!!」

クロームの大声に、ツナヨシを始め、骸も笹川までもびくっとした。

「っとした?」
「・・・ええ、クロームの大声にどきっとね・・・っ!」
「花嫁を抱き方はこうだろ!」

笹川はツナヨシを摘み上げると、骸の腕の前に突きつけた。
反射的に受け取ってしまうと、ツナヨシを横抱きにしている格好になってしまって、もう完璧に体内から幸せが溢れてきているような花嫁の顔になっているツナヨシを引っ叩きたい衝動に駆られた。

「よし、行くぞ!」
「ちょ、」
「先生、力持ちね・・・」

顔面を引き攣らせていると、笹川はツナヨシごと骸を横抱きにした。

何考えてるんだと叫ぶ暇もなく笹川は階段を二段抜かしで駆け上がって行く。意味が分からない。そんな筋力なんだとか何で駆け上がる必要があるのかとか、そもそもツナヨシごと横抱きにする意味目的は何なのか。

湧き出る泉のように疑問が枯れない骸は遠い目をしながら、ただ運ばれるしかなかった。

ツナヨシは骸にしがみ付いて随分楽しそうなので、余計に目が遠くなる。

教室の扉をがらっと開けると中にいたクラスメートたちがわー!と歓声を上げたのだが、笹川が骸をお姫様抱っこしてその骸が更にツナヨシをお姫様抱っこしている様に、歓声はわー・・・?と疑問系に変わった。
そうれはそうだろうと顔面を引き攣らせた骸は床に降り立つと、また更に顔面を引き攣らせた。

本格的過ぎる。

教室の出入り口から窓に向かって伸びる真紅の絨毯。
その両脇の来賓席は、教会でよく見るような木製のベンチで、白い花と白いリボンで装飾されている。
本当にここは学校の教室だろうか。黒板も上手い具合に装飾されている。

「みんなで作ったの。」

追い付いて来たクロームがぽつんと言った。

「作・・・っ!?凄いですね・・・!」

何でここまで気合いが入っているんだ。
来賓席に座っている生徒たちもちゃんとジャケットを着ていたりして、そわそわしている。

「俺が牧師をするぞ!今日のためにきちんとジャージを新調して来た!」

「だから上下白いんですか・・・!?でもジャージですよね!?」

相変わらず半袖ジャージだが、上下きちんと白い笹川に目を剥いてから骸はふと我に返った。

何してるんだ自分。

確かにツナヨシが少しでも元気になればと思ったけれども。
思ったけどでも、隣でベールを付けてへらへらしているツナヨシに視線を落とした。そうだそうだそうだった!

「この子は男です!」

教室は静まり返るどころか、それがどうしたの?と言うようなきょとんとした雰囲気になる。

「・・・っ」

「骸?」

「何心配してんですか・・・!僕が正常ですよ・・・!」

ツナヨシに心配されてカッと来た骸は綱吉を小脇に抱えて教室を飛び出した。
やってられるか。

さぞかし興醒めだろうと思ったのに「これもいいかも!」とか「じゃあ俺花嫁奪われた新郎役やる!」とか大盛り上がりである。
骸はそんな声を背に遠い目をしながら階段を駆け降りた。
ツナヨシはベールが落ちないように押さえながらも楽しそうにしていた。

昇降口を飛び出せば、空からフラワーシャワーが盛大に降って来る。

見上げれば窓から体を乗り出したクラスメートたちが花籠を持って「幸せになれよー!」とか言いながらばら撒いている。
犬も千種もクロームも、どういう訳か涙ながらに見送っている。骸は口元を引き攣らせた。夕日が目に沁みる。

骸の遠い目が逃走用の自転車を映し込んで絶句した。

「何ですかこれ・・・!」

頭上で「あれ?ハネムーンに使う車に空き缶とか付けなかったっけ?」とさわさわし合う声が聞こえた。
そこじゃない!

獄寺自転車にご丁寧に白く塗装された空き缶がいくつも付けられていた。籠にも白いリボンと花が飾られている。
半ばヤケクソでツナヨシを後ろにちゃちゃっと乗せると、ペダルを踏み込んだ。

ガラガラうるさい。

顔面を引き攣らせる骸の背後から「おめでとー!」と言う声がたくさん聞こえて来て、ツナヨシが「ありがとー!」と手を振っているのが分かった。

さすがにガラガラ煩くてご近所迷惑なので、缶はツナヨシに持たせてとにかく帰ることにした。

骸は自転車をきこきこ漕ぎながら、溜息交じりの声を出す。

「・・・疲れてませんか?大丈夫ですか?」

「うん!凄く楽しかった!」

そうですか、と骸は息を吐き出した。

帰ったらまた寝てしまうだろうけど、少しは元気になったようだ。
千種たちの言ったこともあながち間違いではないのかもしれない。

そんなことを思って何気なく後ろを振り返って骸は絶句した。

「羽出てる・・・!!!」

「ぇえ!!あああ!!!!!」

ベールを持ち上げるように小さな羽が慌てるようにぱたぱたと動いた。

「しまいなさい・・・!まだ明るいから目立つ・・・!!」

「う、うん・・・!さっきからやってるんだけど・・・」

羽はぱたぱたと動くだけだった。きっと自分ではどうにも出来ないのだろう。

こうなったら誰にも見られないように急ぐしかない。
骸は全力で自転車を漕いだ。


誰にも見られてないと思ったのに、後日色んな人から「仮装パーティーでもあったの?」とか「ツナヨシくん、羽可愛かったわね。」と言われた。
どこから見えたのか商店街の人たちはとにかく全員と言っていいほど見ていて、
タイミング悪くバイト先のランボとディーノにも見られていたので、骸の全力疾走は完全に無駄だった。
骸は遠い目をする。

ちなみに獄寺自転車はツナヨシが飾り付けをしたことにしたので、有難がった獄寺は今でも飾りをそのままにしている。

2010.08.11