益々遠くなった視線の先に、教室が見えた。外からでも分かるくらい、というかむしろ外側まで綺麗に装飾されている。白に。
やっぱり帰ろうかなと口元を引き攣らせていると、クロームがほっとしたように息を吐いた。
「・・・よかった。元気そうで。」
ツナヨシは「うん、元気だよ。」と笑った。
家の中でもぴょこぴょこ動き回っていたので、冬眠を迎えた蛙みたいにじっとされていると随分具合が悪いように思えてしまっていたが、クロームの言葉で安心したのは骸だった。
「・・・っ」
でも自転車から降りたツナヨシは骸の足元で丸まっていたけど。
「土下座してるの?」
「違いますよ・・・!何してるんですか・・・!」
「あ!ごめん、一瞬寝ちゃった!」
「寝てたのか・・・!」
もう意味が分からない。ひやっとするから止めて欲しい。
ぷんぷんしながらツナヨシの襟首を掴み上げて立たせようとしたとき、昇降口から笹川がのしのし歩いて来た。まぁ何となく嫌な予感はするよね。
「おう、来たな、嫁!」
「嫁じゃないですよ・・・!」
「これから結婚式するのに!」
「クロームのそんな大声初めて聞きましたよ・・・!」
「結婚式・・・?」
「そうだぞ!六道が嫁にはハッキリ言わないようにしてるから内緒にしてくれと言っていたな!」
「今言っちゃいましたよね・・・!?」
クロームは骸に襟首を掴まれてぷらぷらしている綱吉の頭に、ふんわりと真っ白いベールを乗せた。
「わ・・・!きれい・・・クロームが作ってくれたのか?」
「皆で作ったのよ。」
頬を染めて柔らかく笑ったツナヨシは、どうかな、と襟首を掴み上げている骸を見上げて、骸はまるでスローモーションのように唇を引き結んだ。
「どき!!」
クロームの大声に、ツナヨシを始め、骸も笹川までもびくっとした。
「っとした?」
「・・・ええ、クロームの大声にどきっとね・・・っ!」
「花嫁を抱き方はこうだろ!」
笹川はツナヨシを摘み上げると、骸の腕の前に突きつけた。
反射的に受け取ってしまうと、ツナヨシを横抱きにしている格好になってしまって、もう完璧に体内から幸せが溢れてきているような花嫁の顔になっているツナヨシを引っ叩きたい衝動に駆られた。
「よし、行くぞ!」
「ちょ、」
「先生、力持ちね・・・」
顔面を引き攣らせていると、笹川はツナヨシごと骸を横抱きにした。
何考えてるんだと叫ぶ暇もなく笹川は階段を二段抜かしで駆け上がって行く。意味が分からない。そんな筋力なんだとか何で駆け上がる必要があるのかとか、そもそもツナヨシごと横抱きにする意味目的は何なのか。
湧き出る泉のように疑問が枯れない骸は遠い目をしながら、ただ運ばれるしかなかった。
ツナヨシは骸にしがみ付いて随分楽しそうなので、余計に目が遠くなる。
教室の扉をがらっと開けると中にいたクラスメートたちがわー!と歓声を上げたのだが、笹川が骸をお姫様抱っこしてその骸が更にツナヨシをお姫様抱っこしている様に、歓声はわー・・・?と疑問系に変わった。
そうれはそうだろうと顔面を引き攣らせた骸は床に降り立つと、また更に顔面を引き攣らせた。
本格的過ぎる。
教室の出入り口から窓に向かって伸びる真紅の絨毯。
その両脇の来賓席は、教会でよく見るような木製のベンチで、白い花と白いリボンで装飾されている。
本当にここは学校の教室だろうか。黒板も上手い具合に装飾されている。
「みんなで作ったの。」
追い付いて来たクロームがぽつんと言った。
「作・・・っ!?凄いですね・・・!」
何でここまで気合いが入っているんだ。
来賓席に座っている生徒たちもちゃんとジャケットを着ていたりして、そわそわしている。
「俺が牧師をするぞ!今日のためにきちんとジャージを新調して来た!」
「だから上下白いんですか・・・!?でもジャージですよね!?」
相変わらず半袖ジャージだが、上下きちんと白い笹川に目を剥いてから骸はふと我に返った。
何してるんだ自分。
確かにツナヨシが少しでも元気になればと思ったけれども。
思ったけどでも、隣でベールを付けてへらへらしているツナヨシに視線を落とした。そうだそうだそうだった!
「この子は男です!」
教室は静まり返るどころか、それがどうしたの?と言うようなきょとんとした雰囲気になる。
「・・・っ」
「骸?」
「何心配してんですか・・・!僕が正常ですよ・・・!」
ツナヨシに心配されてカッと来た骸は綱吉を小脇に抱えて教室を飛び出した。
やってられるか。
さぞかし興醒めだろうと思ったのに「これもいいかも!」とか「じゃあ俺花嫁奪われた新郎役やる!」とか大盛り上がりである。
骸はそんな声を背に遠い目をしながら階段を駆け降りた。
ツナヨシはベールが落ちないように押さえながらも楽しそうにしていた。
昇降口を飛び出せば、空からフラワーシャワーが盛大に降って来る。
見上げれば窓から体を乗り出したクラスメートたちが花籠を持って「幸せになれよー!」とか言いながらばら撒いている。
犬も千種もクロームも、どういう訳か涙ながらに見送っている。骸は口元を引き攣らせた。夕日が目に沁みる。
骸の遠い目が逃走用の自転車を映し込んで絶句した。
「何ですかこれ・・・!」
頭上で「あれ?ハネムーンに使う車に空き缶とか付けなかったっけ?」とさわさわし合う声が聞こえた。
そこじゃない!
獄寺自転車にご丁寧に白く塗装された空き缶がいくつも付けられていた。籠にも白いリボンと花が飾られている。
半ばヤケクソでツナヨシを後ろにちゃちゃっと乗せると、ペダルを踏み込んだ。
ガラガラうるさい。
顔面を引き攣らせる骸の背後から「おめでとー!」と言う声がたくさん聞こえて来て、ツナヨシが「ありがとー!」と手を振っているのが分かった。
さすがにガラガラ煩くてご近所迷惑なので、缶はツナヨシに持たせてとにかく帰ることにした。
骸は自転車をきこきこ漕ぎながら、溜息交じりの声を出す。
「・・・疲れてませんか?大丈夫ですか?」
「うん!凄く楽しかった!」
そうですか、と骸は息を吐き出した。
帰ったらまた寝てしまうだろうけど、少しは元気になったようだ。
千種たちの言ったこともあながち間違いではないのかもしれない。
そんなことを思って何気なく後ろを振り返って骸は絶句した。
「羽出てる・・・!!!」
「ぇえ!!あああ!!!!!」
ベールを持ち上げるように小さな羽が慌てるようにぱたぱたと動いた。
「しまいなさい・・・!まだ明るいから目立つ・・・!!」
「う、うん・・・!さっきからやってるんだけど・・・」
羽はぱたぱたと動くだけだった。きっと自分ではどうにも出来ないのだろう。
こうなったら誰にも見られないように急ぐしかない。
骸は全力で自転車を漕いだ。
誰にも見られてないと思ったのに、後日色んな人から「仮装パーティーでもあったの?」とか「ツナヨシくん、羽可愛かったわね。」と言われた。
どこから見えたのか商店街の人たちはとにかく全員と言っていいほど見ていて、
タイミング悪くバイト先のランボとディーノにも見られていたので、骸の全力疾走は完全に無駄だった。
骸は遠い目をする。
ちなみに獄寺自転車はツナヨシが飾り付けをしたことにしたので、有難がった獄寺は今でも飾りをそのままにしている。
2010.08.11