骸は物凄い勢いで石鹸を泡立てている。
石鹸の真中はすでにえぐれている。
ツナヨシはバスタブにちょこんと浸かっている。
苛々しながらツナヨシを見遣ると
ツナヨシは天井から落ちてきた水滴に驚いてぴょんと飛び上がり
見えない敵に怯えてきょろきょろしていた。
溜息しか出ない。
「ここ、座って。」
機械的に言うとツナヨシは元気良く立ち上がり、
骸はがっくりと項垂れた。
成長途中の男子の裸など見たくもない。
真下を向いた骸の視界の端に、
ピンクに色付いた可愛らしい爪先が映り込んだ。
どうやら骸の方を向いて座っているようだ。
全部見えるだろ。
「僕に、背中を向けて下さい・・・・」
苛立ちを微塵も隠さない声に、
ツナヨシはびくんと体を引き攣らせて大人しく背中を向けた。
背中を洗ってやる義理はないので
ネットを渡してしまおうと顔を上げた骸は動きを止めて目を見張った。
両方の肩甲骨の横辺りに、生々しい傷があった。
傷、と言っていいのだろうか。
骸はこんな傷痕を見た事がなかった。
無意識にそっと傷に触れると、
ツナヨシは大きく体を震わせた。
「う・・・く、い、いたい・・・」
何かが内側から薄い皮膚を押し上げているような、
まるで中に何か埋まっているようなものだった。
盛り上がった傷の周りは赤く腫れていて
とても痛々しかった。
虐待。
そんな二文字が脳裏を過った。
ずっと一人で、誰にも会ってなくて、学校も知らない。
あの怯え方からして、もしかして司祭に?と思ってから
骸は思考を止めた。
(・・・僕には関係ない。)
気の迷いから家には上げたが、
そこまで立ち入る必要はない。
「ほら、これで体を洗って下さい。」
泡立てたネットを差し出すが、ツナヨシは小さく丸まって震え、
必死に痛みを堪えているようだった。
ツナヨシの羽は化学繊維に汚染されてその形を留めていなかった。
下に堕ちてからずっと、無理矢理羽を押さえ付けられていた格好になるから
痛みは激しかった。
骸は小さく溜息を吐いた。
バスタブに浸かっている時は痛がってなかったから
もしかしたら古傷かもしれないと思った。
「・・・温めたら楽になりますか?」
返事はなく、ツナヨシはただ震えていた。
骸は洗面台からタオルを取り出してくると、
お湯に浸して固く絞った。
そっとツナヨシの背に当てると一度大きく体を震わせたが、
次第に強張った体の力が抜けていくのが分かった。
痛みがなくなってきたのはただ単に、
元に戻ろうとする羽をまた押し込めたからだ。
けれどその行為が悪い事だと、ツナヨシは気付いていない。
「あ・・・ありがと・・・骸。」
へにゃあ、と笑ったツナヨシにイラっときて、
泡だらけのネットをツナヨシの胸に押し付ける。
「ちゃんと洗って下さい。」
「うん!」
ツナヨシは泡を塗るように腕に伸ばして、
さっき拭き足りなくて怒られた足の先にも伸ばした。
「洗ったぞ!」
誇らしげに笑って振り返ると、
骸は口元だけでは足りずに目元まで引き攣らせていた。
(何で僕がこんな事・・・!)
爪の間まできっちり洗えと般若の形相で教え込んだ甲斐あって
ツナヨシはこしこし丁寧に洗っている。
風呂が気に入ったのか、とても楽しそうでもある。
そんなツナヨシの後ろで骸はプンプン怒りながら
ツナヨシの頭を洗っている。
説明して頭に来る回数と、やってやって頭に来る回数だったら
やってやった方が少ない事に気が付いた。
ほんの僅かの差だが、少しでもダメージの軽減を図りたい。
わ〜れをも救い〜しくすし〜き恵み〜
お粗末な賛美歌が耳に痛い。
相当ご機嫌なようだ。
なんなら少し痛がってて欲しいくらいだ。
「ほら、目、閉じて下さい。」
「うん!」