けど、甘かった。
何となくそんな気もしていたのだが
家のドアを開けると明かりが点いていて
ツナヨシのために置いたサンダルがまだ玄関先にあった。
はあ、と苛立った溜息を吐いてから
全く見慣れない靴があるのに気付いて
部屋の方から話し声が聞こえてきた。
もしかしたら迎えが来たのかと思った。
けれどそれが家に居座っていい理由にならないし
むしろ迎えが来たならさっさと帰って欲しい。
苛々しながら部屋に入ると
骸の帰りに気付いたツナヨシが目を輝かせて
手前に座っていたスーツの男が骸に向かって頭を下げた。
しかもこたつの上には弁当とかお菓子とか一杯乗っていて更に頭にきた。
「引き取りに来たならさっさと連れて帰って下さい。」
「骸の友達だろ?」
ツナヨシはきょとんとした。
「はあ?」
顔を上げた男は恰幅がよく、まんまるの顔はつるりとしていた。
おっさんなのか若いのか全く分からない。
こんな男全く記憶にない。
「私、ジャンニーニと申しまして、」
妙に営業マンのような喋り方をする。
姿勢も妙にいい。
もしかしたらツナヨシが言っていた司祭なのかとも思ったが
骸が想像していた司祭とは掛け離れていて、怪訝に思う。
「私はあなたのお友達と騙って勝手に家に上がり込んだ営業の者なんですが」
「はあ?」
騙ってとか暴露されても。
骸は口元を痙攣させた。
もう骸の顔筋はツナヨシのせいで疲弊している。
引き攣る余裕すらなく痙攣を始めている。
「まあ、いわゆる悪徳商法まがいの押し売りなんですけどね、」
「何で外国人が押し売りしてるんだ・・・!」
「ご存じないですか?ここの地域は働く外国人を優遇してまして」
「知るか・・・っそんなリアルな話しどうでもいい・・・!!」
骸の怒りが爆発しているのを見て、ツナヨシはおろおろしている。
そんなツナヨシが視界の端に入って、骸の血管はいよいよ切れそうになった。
キッと睨むとツナヨシはびくっと体を飛び上がらせた。
「それで私は今日限りこの仕事を止めようと思いまして、」
だからそんな事を暴露されても・・・!
骸は痙攣した口元をばっと押さえた。
押さえたけど今度は目元まで痙攣しだして、目元もがっと押さえた。
(千切れる・・・っ!)
骸の憤りを完全に無視した外国人押し売りは、一人しみじみと頷いた。
「ツナヨシさんとお話ししてると心が洗われるようでして」
どこが?
骸は痙攣する顔面を押さえるのに手一杯で言葉すら上手く出て来ない。
「こんな仕事してちゃいけないなぁ、なんて。」
だーかーらー!!!
「そんな事はどうでもいい・・・!そんなに言うならあなたがコレ、引き取って下さい・・・!!」
ツナヨシの襟首を掴み上げて思いっ切り突き出す。
ツナヨシは泣き出しそうな顔で骸を見上げた。
「子犬か・・・っ!ぷるぷる震えるな・・・!!」
もう全てが気に入らない。
「そうなんですよ。ツナヨシさんのお話しを聞いてもイマイチよく分からなかったのですが」
そうでしょうね。
そこだけは大きく頷けた。
「どうやら住む所に困っているようなので
よければ私の家にとお話ししたのですが・・・」
「ですが、何ですか!?」
「骸さんがいいと仰るので。」
ツナヨシに視線を落とすと、ツナヨシは目をきらきらさせて何度も頷いていた。
イラっときたのでごんと頭を叩くと、ツナヨシはうう、とぐずった。
「そんな力任せに殴らなくても」
「撫でるように優しく殴れと言うのですか!?それ殴るって言うんですか!?」
「いや〜言わないと思いますよ。」
血管が何本か切れたと思う。
「何なんだあなたがいると話しがややこしくなる!
とりあえず出て行け・・・!!この押し売り外国人が・・・っ!」
骸の暴言を全く意に介していないようで
ではまた、なんて言いながら押し売り外国人は部屋を出て行った。
「二度と来るな!」
ぱたん、とドアが閉まる音がして、一瞬だけ部屋の中がしんとする。
怒りを前面に押し出した目でツナヨシを睨むと、ツナヨシはびくんと体を硬直させた。
「出て行けと言いましたよね・・・?」
「ちゃんと、謝りたくて・・・」
「謝る!?あんな得体の知れない人間を勝手に人の家に上げておいて!?」
「だって・・・骸の友達って言うから・・・」
「何で信じるんですかそんな事!あんな友達いる訳ないでしょう!?」
「ご、ごめん・・・!」
「本当は君を家に上げるのも嫌だったんだ。」
「あ・・・ごめ、ん」
ツナヨシは大きな目をじわ、と滲ませて俯いた。
骸は眉根を寄せて溜息を落とすと、
自分の首に巻いていたマフラーをツナヨシに押し付けた。
「本当に悪いと思ってるなら、今すぐ出て行って下さい。」
「うん、ごめん」
ツナヨシはぱたぱたと玄関に走って行った。
住む所とかそんなんじゃなくて、骸にもう会えなくなるのは嫌だった。
だけど悪い事をしたと思ったから、
出て行く事が骸への謝罪になるならそうするしかないと思った。
ドアを開けると外は寒くて、だけど骸のマフラーを真似して首に巻くと
とても温かかった。
(骸・・・)
ツナヨシは小さく微笑んだ。
(あ、そうだ!)
階段を降り掛けたツナヨシはもう一度玄関まで戻って
再び階段を降り始めた。
「・・・・。」
どうやら出て行ったようだ。
玄関の前でぐずぐず泣いていないか確認するために覗き穴から外を見ると
ツナヨシはもうそこにはいなかった。
ふとドアの隙間に目を向けて骸は顔を歪めた。
そこにはツナヨシに渡した筈の一万円札が挟まっていた。
「何なんだ・・・」
骸は部屋を飛び出した。
やはりと言うか、ツナヨシは歩くのが遅くてすぐに小さな背中を見付けた。
「ちょっと、」
走って追い付いて声を掛けた。
どうせぐずぐず泣いているかと思ったのに、
「骸!」
ツナヨシは微笑んだ。
「買い物?」
ツナヨシはまた骸に会えたのが嬉しくて頬を淡く染めて微笑んだ。
骸は面喰った。
「・・・・ええ、まあ。」
それだけしか返せなくて、しばらく隣に並んで歩いた。
でもこのまま歩いていても仕方ないので、骸は口を開いた。
「これ。」
渡した筈の一万円札を返そうとしたら、ツナヨシはきょとんとした。
「それ、骸のだろ?」
「・・・君に渡した筈ですが。」
「うん。でも、俺は貰えないよ。」
「はあ?」
今更何を言っているのかと、骸は眉根を寄せた。
「さっき骸の友達が言ってたけど」
友達じゃないと言っているのに、と思ったけど
ツナヨシが足を止めたので、骸も歩くのを止めた。
「お金を貰うためには頑張って働かなきゃいけないんだろ?
それは骸が頑張って貰ったものだから俺は貰えないよ。」
「そう言うのなら、僕のものをどう使おうと君には関係ない筈だ。」
ツナヨシに押し付けると、ツナヨシは骸の手を優しく包み込んだので
骸は目を見張った。
「俺、一人で凄く怖かったんだ。人間って冷たいって思っちゃってた。
だけど、骸が優しくしてくれたから、俺はもう平気。」
ツナヨシは瞳を閉じて、まるで祈りを捧げるように
包み込んだ骸の手をそっと口元に寄せた。
「ありがとう、骸。」
骸は目を見開いてから、乱暴に手を振り解いた。
「別に優しくなんてしてませんよ。」
振り解いたはいいけど、その後どうするかなど全然考えていなくて
骸の手も、ツナヨシの手も、ただ宙に浮いたままだった。
しばらくそのままでいて、不意にツナヨシはじわ、と頬を染めた。
「あ、あのさ・・・あとちょっとだけ一緒にいてもいい?」
「え・・・?」
ツナヨシは頬を赤くしたままマフラーに口元を埋めた。
「ちょっとだけでも、骸と一緒にいたい・・・」
何だか癪に障る。
「・・・本当に、迎えは来るんでしょうね?」
「うん。・・・いつになるか分んないけど。」
へへ、と笑ったツナヨシの頭を引っ叩いた。
「・・・むくろぉ、」
「・・・来たければ、一緒に来たらどうですか。」
「・・・え?」
「僕の気が変わらない内に、来るなら来て下さい。」
骸はそれだけ言うと、さっさと歩き出した。
「・・・骸。」
「来ないんですか?」
ツナヨシは顔を赤くすると、走って骸の後を追い掛けた。
「骸、ありがとう」
隣に並んだツナヨシが笑って見上げてきて、
また殴りたくなってきた。
何で殴りたくなるのかは、骸にもよく分からない。
「良かったですね〜ツナヨシさん。」
「何なんだあんた・・・!どこから沸いた・・・!!」
電柱の陰から押し売り外国がはみ出ていた。
「あ!骸の友達!」
「友達ではないと言っているでしょう・・・!?」
やっぱりとんでもないものを拾ってしまった気が、しないでもない。
09.03.24