近所の商店街は結構大きい。
大通りを挟んで反対側にも伸びている。

いつもは手前だけで済ますのだが、今日はツナヨシが昼間に行ったから
どこの誰か分からない人たちに声を掛けられるかもしれないので
面倒だから反対側に行く事にした。

まあ、どちらにせよふと気付くといない、のだが。

そういう時は振り向けば全て解決する。

ツナヨシは離れた所でどちら様かと緑色の球体を押し付け合っていた。

あの大きさと色からしてメロンのようだ。

何で普通に歩いていてメロンを押し付けられるのかは甚だ疑問だが
ツナヨシなので仕方ないと思うようにする。

ツナヨシはおろおろしながら返そうとしていて、
やがて肩を掴まれるとがくがく揺すられた。

きっと子供は遠慮するなとか説き伏せられているのだろう。

やや間があってツナヨシはメロンを抱えてへらっと笑ってお辞儀した。
どこかのどちら様も釣られるようにへらっと笑った。

きっと昼間もこんな事の繰り返しだったのだろう。

骸が見ているのに気付くと、ツナヨシは嬉しそうに笑って駆け寄った。

「貰った。」

「みたいですね。」

「ウリ過ぎたからって、」

「熟れ過ぎたのですね。」

ツナヨシの腕の中から甘い香りがした。

熟れ過ぎたから商品として店頭には並べられないのだろう。
だからと言って、何故ぷらぷら歩いているツナヨシにあげる気になるんだろう。

骸はツナヨシの白い頬を摘み上げた。
ツナヨシはむふろぉ、と言ってぐずった。

庇護欲が沸くのだろうか。
それが妥当な気もするが、まあどうでもいい。

考えるのを止めて手も離した。

理不尽な暴力から解放された頬を摩りながら、
歩き出した骸の後ろにくっ付いて歩いて、
しばらくするとツナヨシは何かを見付けて立ち止まった。

骸と少し距離が開くと小走りに追い掛けてまた立ち止まった。
また距離が開くと追い掛けて、骸の袖を引っ張った。

「なぁなぁ、アレいいな・・・」

「何ですか。もうお腹空きましたか。」

呆れて振り返ると、ツナヨシの視線の先には制服を着た高校生のカップルが
仲良く手を繋いで歩いていて、まさかと思った。

案の定ツナヨシは、自分の手と手を組んで骸の前に差し出した。

「コレ」

「嫌です無理です」

「なあ」

「絶対無理です馬鹿か自分の手を繋いでいろ」

全く相手にして貰えない。
全部言う前にことごとくぶった切られた。

だが、どうしても骸と手を繋ぎたいツナヨシは強行手段に出た。

無理矢理骸の手を取るが、骸はばっと手を離す。

でもどうしても繋ぎたいツナヨシはめげずに反対側の手を取ろうとする。

だけど骸は反対側の手もばっと上に上げた。

こうなったら飛んでも跳ねても背の低いツナヨシは骸の手に届かない。
が、めげずに骸の腕を掴んだ。

「ちょっとだけ・・・!五歩、五歩でいいから・・・!」

「嫌です・・・!何で君なんかと手を繋がなければならないんだ・・・!」

「じゃあ十歩でいいから・・・!」

「何で増えるんだ・・・!!」

お、仲良いね!とどこかのオヤジに冷やかされてツナヨシは元気よく「うん!」と言った。

「うんじゃない・・・!!」

ツナヨシを叩いて早くこの場から離れるためにツナヨシの手を取って
ぐいぐい引っ張って行った。

けれどすぐに手を離した。

「これで満足ですか・・・!?」

てっきりもっととかぐずると思ったのに、手を繋ぐというには乱暴なそれに驚いたような顔をして、
それでも頬を染めて自分の手をじっと見詰めていた。

やがて小さく微笑むと、まるで宝物でもしまうように自分のポケットに手を差し入れた。

「・・・男と手を繋いで何が楽しいんですか。」

それでもツナヨシはへにゃへにゃ笑うから、引っ叩いておいた。

うう、とぐずったツナヨシはまた何か見付けたようで、
今度はもっと違う目でじっと見詰め始めた。

見惚れるような、魅入られるような、そんな目でじっと見詰めて
不意に「きれい、」と呟いた。

「・・・傘、ですか?」

何をそんなに一生懸命見ているのかと思えば
店頭に並べられた傘だった。

「・・・うん。赤いのきれい。」

たくさん並べられた傘の中で、ツナヨシが見ていたのは赤い傘だった。

「傘くらいいいですよ。いずれ使うでしょうから。」

「え・・・!?」

骸はさっさと会計を済ませると、傘を手渡した。

「え・・・あ、う・・・」

「何ですか。」

「うあ・・・ありがとう・・・」

「何でそんなに照れるんだ・・・!」

こっちが恥ずかしくなる。
骸は真っ赤になったツナヨシを置いて歩き出した。

ツナヨシは傘を握り締めて真っ赤になって後ろをくっ付いて行った。

「でもしばらくは使えませんね。」

「え・・・!何で?」

「しばらく雨は降らないそうですよ・・・、」

商店街のアーケードを抜けると、家を出る時まで晴れていた空から細い雨が落ちていた。

「天気予報も当たりませんねぇ。」

溜息を吐く骸とは反対に、ツナヨシは目を輝かせていた。

「使える?コレ、使える?」

どうせ使い方も分からないだろうから、開いて渡してやる。

ツナヨシは目一杯腕を伸ばして骸と傘を半分こした。

「ちょっと、骨が当たって痛いんですけど。」

「う・・・ごめん。」

一杯腕を伸ばしても、どうしても傘が骸の頭に食い込んでしまう。
それでもツナヨシは骸と傘に入りたくて頑張った。

「この傘の色、アンタレスと同じ色。」

「アンタレス、って星の名前ですよね?」

「うん。さそりの心臓の所。」

傘の使い方も知らないくせに何でそんな事知ってるんだ。
本当に訳が分からない。

軽い眩暈を覚えている骸に全く気付かないツナヨシは言葉を続けた。

「真っ赤な星だから、俺ずっと怖かったんだ。」

「・・・はぁ、」

星が怖いって。

もう突っ込む気力すらない。

「でも今は大好き。」

「へぇ、」

ツナヨシは生気のない骸の目を見上げて、頬を赤くしながら笑った。


「骸の目の色と同じで綺麗だから大好き!」


綺麗、だなんて言われても。
コンプレックスでしかない目の色の事を言われるのは嫌いだった。


骸はツナヨシの手から傘を取り上げた。



取り上げた傘を握り直すと、優しく雨は、遮られた。



ツナヨシは大きな目を見張って、骸を見上げてた。


「・・・骨が刺さるのが嫌なだけですよ。」


言い訳染みた言葉にそれでも、ツナヨシは頬を赤くして頷いた。


コンプレックスでしかない目の色の事を言われるのは嫌いだった。


だけど、不思議と今日は嫌な気がしなかった。


「むくろ色。」

「何ですかそれ。」


ツナヨシが骸の腕に絡み付いてきたので
調子に乗るな、と肘で頭を小突いた。

09.04.09