告白してすっきりしてしまったのか、ツナヨシはすぐにいつも通りに戻った。


戻っただけならまだいいが、プラスアルファが付いた。


「お帰り、骸!」

「どうも。」

いつものお出迎えにも当然プラスアルファな訳で。

「ご飯にする?お風呂にする?お、お、俺にする・・・?」

骸は生まれて初めて何もない所でつまづいて床に膝を付いた。

「・・・っ」

あまりの衝撃に屈辱的なポーズのままがっくりと項垂れた視界の端に
しゃがんだツナヨシが丸い小さな膝をもじもじと擦り合わせているのが映った。

「俺にする・・・?」

言った癖にうわぁと耳まで赤くして頭を抱える。


そんなに恥ずかしいなら言うな。


「するか・・・!どこで覚えてくるんだそんな言葉・・・!」

「これを言えば冷えた夫婦も盛り上がるかも!?ってテレビが言ってた!」

「テレビ禁止。」

骸は遠い目をして大股で部屋に入って行った。

「待って待って・・・!」

「駄目です。」

無情にも電源を切ると、ツナヨシは眉尻を下げてああ・・・悲しい声を出した。

「そもそも夫婦って何だか分かって言っているのですか?」

「男の人と女の人が結婚して夫婦になるんだろ?」

「そうですよ。よく分かってるじゃないですか。」

「それで交尾して、子供を作る。」

クローゼットに指を思い切り挟んだ。

「・・・っ」

地味に痛い。

「大丈夫か!?ちょっと落ち着けよ・・・!」

「君にだけは言われたくありませんね・・・!」

自分でも何にプンプンしているか分からないけどプンプンしながら
コートをクローゼットに掛けていると、
ツナヨシはあー・・・だのうー・・・だの言いながら頬を染めて視線を彷徨わせた後、
意を決したように骸を見上げて目をつぶった。

「あ、あの・・・はい・・・」

気持ち唇が尖っているように見える。

「・・・っ」

でもこれももうお決まりのポーズで、

「念のために訊きますが・・・何のつもりですか・・・?」

「お、お帰りのキス・・・」

(やっぱりか・・・!)

骸は頭を抱えたい衝動に駆られる。

あれからというもの、テレビで情報を仕入れたのかツナヨシは
いってらっしゃいのキス(またはいってきますのキスとも言う)と
お帰りのキス(またはただいまのキス)をせがんでくるようになった。

どんなに無下にしても無下にしても全くめげないあまりのしつこさに自暴自棄な気持ちになって
うっかりしそうになった時はツナヨシを引っ叩いてなんとか乗り切ってきたが
頭の血管が切れるのが先か唇がくっついてしまうのが先か
ツナヨシの首をへし折るのが先か日々戦いだ。

引き攣る口元を懸命に抑える骸にツナヨシはちろっと片目を開けてからまた閉じた。

「・・・っ」

待っている。
恥じらいながらも待っている。

「頬を染めるな・・・!」

今日もとりあえず脳天に容赦ないチョップをお見舞いして戦いは幕を閉じた。

うう、とぐずりながらもツナヨシは今日も頑張る。

頑張るツナヨシの発言は結構強烈だったりする。

いや、結構、ではない。かなり、だった。

「俺骸の子供欲しい!」

「はあ!?!?!?」

骸は目を剥いたあと、ずるずるとクローゼットを滑り床に腰を落とした。

「骸!?大丈夫!?嬉しいの!?」

「僕の表情のどこを見てそう思うんですか!?男同士じゃ出来ませんよそんなもの・・・!」

ツナヨシは出し掛けた手を引っ込めて一瞬ひどく悲しげに眉尻を下げたが
すぐにきゅっと勝気な表情に変わった。

「が、頑張れば出来るかもしれないだろ・・・!」

何を?とは絶対訊かない。

あの単語が飛び出てくるに決まってる。

恥じらいに頬を染めて心成しか潤んだ瞳のツナヨシに頭がぐらぐらとした。

努力云々の話しではないのだ。

ツナヨシは本当に学校に行っていないのだろう、
けれどここで保健体育の話しをする気になどなってたまるか。

「骸・・・どこ行くの?」

立ち上がった骸を寂しそうに見上げる。

「夕飯を作りに台所に行くだけですよ・・・!」

「俺も行く!」

「宣言しなくていい・・・!」

血管が切れそうになりながらも、
後ろを付いて来るツナヨシを追い払わずに骸は包丁を握った。


「今日はキャベツと人参貰って来たんだ。」

「・・・まさかこのダンボールの中全部キャベツと人参ですか?」

「ううん。じゃがいもも入ってる。」

骸はがっくりと項垂れた。

じゃがいもが入っていようがダンボール一杯のキャベツと人参をどうしろというのだ。
絶対食べる前に萎びる。

これはもう犬たちにも分けるしかないと思った。

野菜もちゃんと食べさせるのにはちょうどいいかもしれない。
彼らも親はいていないようなものだから、食費が減るなら喜ぶだろう。

とりあえず量を消費するには煮詰めて体積を減らす。
具だくさんのポトフでも作ろうと思った。

ツナヨシは骸の隣に立って、野菜を洗って手伝っている。
頂き物は日々増えるばかりなので、仕方がないから自炊を始めた。
骸はバイト先で簡単な調理もするので、包丁を握るのも料理をするのも苦ではなかった。

「俺も料理したいなぁ。」

「君が料理をしたらこのアパートは全焼しますね。」

「料理ってそんなに危険な事なのか・・・!?」

「・・・っ」

本当に嫌味が通じない。どうしたらいいんだ。

「骸はそんな危険な事が出来るんだ・・・」

「・・・っ」

見上げてくる熱視線を感じる。
貶める筈が妙な方向に話しが進んでしまった。

今はもう何も言わない方がいい。
顔面を引き攣らせながら無言で料理を進める骸の横顔を、
ツナヨシはぽわんとしながら眺めていた。 




「ちょっと、狭いんですけど」

こたつの同じ所に並んで入ってくるものだから、狭くて仕方がない。
これももう何度も言っているのにいつもいつも隣に入ってくる。

「狭い?」

ツナヨシはよいしょよいしょと骸に体を寄せた。

「どう?ちょっと広くなっただろ?」

褒めてと言わんばかりの爽やかな笑顔を引っ叩きたくなった。

確かにツナヨシの横に空間が出来てそこだけ見れば広くなったような気がしないでもないが
狭いと言ったのはそういう意味ではなくて
でもツナヨシは素でこんな事をしてくれるので何を言ってももう駄目な気がしないでもない。

骸は引き攣る口元をばっと押さえた。
顔筋が発達する発達する。たるみ知らずだ。

骸は両利きなので左手を使えばぶつからずに済むのだが
びったりと張り付くツナヨシの意味が分からない。

空いている席はあと三つもあるのになんで同じ所に入りたがるんだ。

ツナヨシはそんな骸を他所にいただきます、と手を合わせる。

「骸の料理はいつも美味しい。」

「・・・どうも。」

何でも美味しいと言うツナヨシだが、言われて悪い気はしない。

悪い気はしないのだが、油断するととんでもない事を言い出すから困る。

「骸の味がする。」

ツナヨシはぽっと頬を染めた。

「気持ち悪い・・・!何食べた気になってるんだ・・・!」

「たまに夜中に目を覚ますと、骸の指しゃぶってる事あるんだ〜」

「・・・っ!?」

えへへ、と照れ臭そうに笑うツナヨシに血管が切れる音がした気がした。


だがおかしい事はそれだけではない。
当たり前に一緒のベットに寝ているのがまずおかしい。

寝る時になると骸が先にベットに入ってから猫でも迎え入れるようにぺろんと上掛けを捲る。
そこにツナヨシがちょこちょこと入ってくる。
それが当たり前になっていた。


更に他人と一緒のベットに寝て熟睡している自分がおかしい。
以前は震度2でも目が覚めていたのに今じゃ指をしゃぶられてても起きないんだぜ自分。


でももっともっとおかしいのは、指をしゃぶられている事実を知っても
ツナヨシと別々に寝るという発想に至らなかった事だ。

(何だこれは・・・!)

一人悶々とする骸を置いてツナヨシは珍しく真剣な顔をした。

「でも料理って普通奥さんがするんだろ?」

「・・・はぁ?家庭にもよるとは思いますけど一般的にはそうなんじゃないんですか。」

「じゃあやっぱり料理は俺がする!」

「・・・っ」

じゃあやっぱり奥さんになる気なんだ!

「骸が安心して働けるように俺がお家を守って、」

「・・・っ」

「結婚式は森の中の教会で、」

「・・・っ」

そこまで決めてるのか!

「子供は骸似の女の子と俺似の男の子一人ずつ・・・」

ツナヨシは一人もじもじとしながら、
脳内ではきっと幸せな六道一家を思い描いているのだろう。


これは大変よろしくない。


さっき言った事が全く分かってないじゃないか。

野菜の名前を教え込んだように、毎日言って聞かせるしかない。


結婚はともかくとして男同士では物理的に子供を作るのは無理なのだと
保健体育的な話しは避けながら分からせるしかないと思った。

そうじゃなきゃ血管がもたない。






それともうひとつ、子供が似るなら逆の方が絶対にいいという事も。



09.05.24