「とにかく、帰りなさい。生徒しか授業を受けてはいけないんですよ。」

「でも山本先生が「ハハハ、いーぜー!」って言ってた。」

「・・・っ」

何でよりによって山本に訊くのか。
職員室にはまだ他にも教員がいただろうに。

山本は夜間クラスの副担任で、野球部の顧問だ。
その脳ミソが白球で出来ているんじゃないかと疑いたくなるほど
お気楽と言うか天然と言うか馬鹿と言うか、そんな山本にいてもいいかと訊いたら
「ハハハ、いーぜー!」と言うに決まってる。

骸ははっとした。
担任が来る前にツナヨシを教室の外に出しておかなければ厄介な事になりそうだ。
と、思ってたら来てしまった。

「ほら、授業始めるぞー!みんな席に着けー!!」

担任の笹川は、暑苦しいと言うかある意味天然と言うか馬鹿と言うか、
ボクシングに精を出すあまり、脳ミソが吹き飛んでしまったんじゃないかと
疑いたくなるほど話が通じない事が多い。

「おお、六道聞いているぞ!」

「・・・っ」

ぷらんとしているツナヨシを見てにっかりと笑う。

「嫁だろ!」

「違いますよ・・・!!この子は男です・・・!!」

顔面を引き攣らせる骸にまぁまぁ、と言ってそのまま席に座らせて
ぷらぷらしているツナヨシの襟首を掴むと骸の隣に座らせた。

「嫁だな!」

「違うと言っているでしょう・・・!?」

「あ、あの笹川先生・・・」

「おお、何だ、嫁!」

「嫁じゃない・・・っ」

ツナヨシにしては珍しく控え目な声を出すので
さすがのツナヨシも笹川に引いて帰る気になったかと思ったけれど

「俺・・・骸の奥さんになりたいです!」

「何を言ってるんだ・・・っ!!」

「おお、なれるぞ!」

「いい加減な事言わないで貰えますか・・・っ!?とにかくこれ、戻して来ます!」

言ってツナヨシの首根っこを掴むが、笹川にしては珍しくまともな事を言った。

「家に戻っていたら六道の授業が遅れてしまうぞ?」

骸はう、と声を詰まらせた。

今までちゃんと受けて来たし、大学の事だってあるから授業はなるべく出ておきたい。
骸がちら、とツナヨシを見ると大きな目で骸を見上げてぷるぷるしていた。
帰りたくないのだろう。
まったく子犬か!と心の中で突っ込んで、骸は小さく溜息を吐いた。

「・・・今日だけですよ。」

ツナヨシはぱあ、と顔を綻ばせてから頬を染めた。

「ありがとう・・・骸大好き!」

「・・・っ」

教室からおお、と感嘆の声が上がった。


骸は絶望的な仕草で両手で顔を覆った。

もう完全にここもオママゴト会場となった。


そんな骸をよそに、ツナヨシは椅子ごとぴょんぴょんと跳ねて
両手に顔を埋める骸にぴとっと寄り添った。

骸は片手でずずず、とツナヨシを押し遣るが
ツナヨシはめげずにまた椅子ごとぴょんぴょんと飛び跳ねて骸に寄り添う。
が、骸も負けずにツナヨシをずずず、と押し遣る。

そんな事を繰り返しているうちに、後ろの席の三人がそわそわしているのに気付いた。

クロームが耐え切れずに、ツナヨシの背をつんつんと突っついた。

「・・・骸さんのどこが好きなの?」

「ぜんぶ。」

ぽっと頬を染めて即答したツナヨシにおお、と感嘆の声が上がる。

「・・・っ授業中ですよ、静かに!」

小声で注意すると、ツナヨシも含めてみんなはい、と縮ぢこまる。

けれどまたそわそわとし出して、今度は千種がツナヨシの背をつんつんと突っついた。

「・・・具体的には?」

「うんとね、優しいとことか、頼りになるとことか、綺麗な目とか、怒ってる顔も凛々しくて好きだし」

「そんなところも好きなのか!」

教壇にいた笹川がかっと目を見開いた。

「聞いてないでちゃんと授業してくださいよ・・・・っ!!君たちも黙る!」

はい、と縮こまるのだが、ツナヨシは頬を染めてぽわんと骸を見ていた。

「・・・っ!ちゃんと前を向きなさい!」

ごん、と頭を叩くとツナヨシはうう、とぐずった。

「・・・ドメスティックバイオレンスです、骸さん。」

「・・・違うわ、千種。そういうプレイなのよ。」

「クローム・・・っ!?」

はっとツナヨシを見下ろすと、ぐずっていたのはどこへやら
頬を染めて嬉しそうに骸を見ていた。

「・・・っ」

もう嫌だ。

授業開始五分でこれじゃあ、あと五十五分血管が持たない。

引き攣る顔面を手で抑える骸をよそに、犬が体を乗り出した。

「なぁなぁ、どれくらい好きなんら?」

ツナヨシはぱあ、と顔を輝かせた。



そうれはもう奇跡が起きるくらい!



ツナヨシは司祭の言葉を思い出したのだ。

地上は汚染されていて羽は使い物にならなくなるから、
もし堕ちたら黙って待ってろ、と言われていたのだ。

他にも何か言われていたが思い出せないので
とりあえずそれは置いといて。

だから羽が縮まってしまっていたのはどうしようもない事の筈で
堕ちてきたばかりの時のあの痛みとくすんだ羽の色もそれを物語っている。

それなのに思い返せば骸といるうちに痛みも次第に和らいでいっていたのだ。

骸を想って温かい気持ちになるたび痛みなんて気にならなくなっていった。

そしてこの間、とうとう羽が生えたのだ。

それはもう奇跡なのだろう。

服を着ればまた縮まって、今はもう生えては来ないけれど
骸の傍にいて、嬉しい嬉しいと思うたびに背中がむずむずしてくる。

この間も、骸の帰りは今か今かと待ち遠し過ぎてベランダに出て通りを見ていた。

骸の姿を見付けてほわんと胸が熱くなった時に、急に羽の辺りがむずむずし出した。

ん?と思っているうちに骸の声が聞こえてきて、縮こまっていた羽が大きくなって
上にいた時と同じくらい白い羽が飛び出した。

この奇跡を伝えたくて口を開き掛けてはっとして身震いした。

天使である事と羽の事を言ってしまったら警察に捕まって変態と一緒に閉じ込められてしまう。
骸にも会えなくなるだろうし、それだけは絶対に嫌だ。

そうだ、それなら天使と羽に関する事を伏せて伝えればいいのだ。


「骸を見ただけでむずむずしてきて、声聞いただけで縮こまっていたのが大きくなって白いのが飛び出したんだ!」



下ネタ?



骸は口を引き攣らせた。

骸は羽の事を言っているのだと分かったけれど、これじゃあ何の事か全く分からない。

まぁいいさ。存分にクエスチョンマークを飛ばすがいい。

ふっと薄暗い笑みを浮かべた時に、犬が小声で叫んだ。

「骸しゃんすげぇ!!!声だけでってすんげぇテクニシャンら!」

「・・・骸さんは器用だからな。さすがです。」

「・・・声だけでって、言葉攻めかしら。」


特にクローム・・・!!!


「何考えてんですか・・・!!言っておきますけどね」

「ほらそこ煩いぞ!」

「・・・センセー」

クロームが控え目に手を上げて立ち上がった。

「おお、何だクローム!」

「・・・骸さんは初めて恋人が出来て浮足立っているだけなんです。許してあげてください。」

「僕ですか・・・!?と言うより浮き足立っているのは君たちでしょう・・・!?・・・・、」


あれ?


「・・・やっと認めた。」

「・・・おめでとうございます。」

「よかったれふね!骸しゃん!」

「・・・・っ」

横を見遣ればツナヨシが頬を染めてしおらしくしていた。


だからそういう行動が誤解を招くんだって!!


湧き上がる拍手の中で骸は引き攣る顔面を手で押さえた。


何でこうなるかな。




その日の日誌の連絡欄にクロームが、「骸さんに初めての恋人が出来ました。」と書いていて
その下に骸とツナヨシの相合傘まで書いていた。


備考欄には笹川が「極限にめでたい!みんなで呪おう!」と書いていた。

祝うと呪うを間違えているし、みんなに祝われてもと骸は顔面を引き攣らせた。
いや、いっそ呪われてるのかもしれない。



そして一番顔面が引き攣るのが、その日からツナヨシがたまに教室にいる事だった。




09.07.14