vvvムクツナvvv


目の前に好意を差し出されたら冷たく突き放してやろうと決めていた。

それはとてもささいなものも、例えば「大丈夫?」なんて気遣う言葉も。

心の中でそう決めて、どこかで勝ったような気持ちになっていて、余裕ですらいたけれど。

向かい合って座ったのは公園のなんてことない木の椅子とテーブル。
洒落た要素はひとつもなくただ冷たい風が行き過ぎて、緩い日差しが暢気に照っている。

呼び出されたから来ただけで、と自分の中でもう一度言い訳を繰り返す。それなのに風は吹けど事態は一向に進まない。

目の前に置かれた包みの、真っ赤なリボンが風に揺れた。

「チョコ…好きなんだよな」

ここに座ってからもう同じ台詞を三回も言っている綱吉の頬は、心成しか淡く染まっている。


骸は答えなかった。正確には答えられなかった。


何でかと問われてもまるで分からない。チョコが嫌いな訳ではない。けれど言葉が霧散していく。

今日が何の日か知っている。興味はなかったけれど知識としてくらいならある。チョコの意味も知っている。


だから答えられないのかもしれない。


嫌いだと思っていた、ずっと。目が追ってしまうのは嫌いだからだと思ってた。人と話しているのを見ているとむかむかするのは嫌いだからだと思ってた。ぜんぶぜんぶ、綱吉のことが嫌いだからだと思ってた。

差し出された好意は人と同じものだと思っていたからぜんぶぐちゃぐちゃにしてきた。その度に綱吉が悲しい顔をするのにもいらいらしてた。

でも今差し出されているものは、人と同じものじゃなかった。そう思ったら途端にどうしていいか分からなくなった。

「これ…骸にだけなんだ…」

そうして綱吉はまた三回目の同じ台詞を言う。

小さな箱の中身はきっと何の変哲もないただのチョコレート。味だってきっと大したことない。でも、どういう訳か、甘いんだろうな、なんて思った。

不機嫌にしてみせれば綱吉はいつも逃げるようにいなくなるけど、今日は目の前にちょこんと座ったまま。

だからきっと自分は今、とんでもない表情をしているのだろう。


そう思い至れば何のことない、どうしたら自然に受け取れるのかなんて考え始めていた。




vvvジョスペジョvvv


赤に近い色の紅茶が光を弾きながらゆったりとカップに注がれた。鼻腔をくすぐる香りに目を細めたジョットはそのまま微笑んだ。

「そんなことまでしなくてもいいぞ」

白いクロスの掛かるテーブルに頬杖を突いて、楽しそうに笑う。
デイモンはなんてことないように眉を持ち上げて微笑んで返した。

「いいえ。貴方は私のボスです。こんなことくらい、当たり前でしょう」

言うとジョットはふと笑みを零して睫毛を伏せた。その睫毛の下で燃えるような瞳がきらきらと光を乗せて、デイモンは少し気を取られた。

「実を言うとお前が淹れる紅茶は好物だ」

ゆったりと睫毛が持ち上がるのが分かったから、見ていたことを悟られないようにデイモンは何食わぬ顔でまた視線を手元に戻した。
「光栄ですね」と返してみせる。交わらなかった視界の端でジョットの精悍な唇が笑んでいる。

デイモンは「どうぞ」と紅茶を差し出し、そこで初めて視線を交えた。


白い肌も金色の髪も燃える瞳も、陽の光を浴びるとなんてきららかなこと。


一瞬気を取られた隙に伸びてきたジョットの指先が、テーブルの上に置きっ放しになっていたデイモンの手の甲をするりと撫ぜた。

「綺麗な手だな。いつも見ていた」

そう言ってジョットの指先は遠慮もなくデイモンの手を幾度も幾度も撫ぜた。

少し冷えた指先はそれでも皮膚の下に熱い血潮を感じさせ、思っていた以上に水分のない指先はきっとその手に炎を灯すから。

目を見開いたきり動けなくなったデイモンを見上げるでもなく、ジョットの指先は無邪気に滑る。

もしもその瞳の中に欠片でも下心を隠しているのなら、嘲って笑ってその手を払い落してやれるのに。

ジョットの瞳はただ無垢で、かえってそれが腹立たしかった。そして何事もなかったように離れた手が、自身の手を撫ぜていたのと同じ手が、カップを持ち上げたのが疎ましかった。

それでも置き去りになった手もそのままに瞬きさえ忘れたデイモンの前にゆったりとした仕草で陶器の小さな菓子入れが置かれた。
お前に、とジョットが微笑む。デイモンは瞳を揺らした。

「…私に?」

「そうだ」

ジョットが蓋をずらすと濃厚なカカオの香りがして艶やかなチョコレートが並んでいた。
瞼ごと視線を落としたデイモンにジョットは楽しそうに言う。

「随分と街が賑わっていてな。何があるのかと尋ねたら笑われてしまったよ。オレはそういった行事にはまるで疎い」

指先がそっとチョコレートの上を滑る。

「感謝のしるしに、と言いたいところだが、今日の贈り物には特別な意味があるらしいな」

言ってまた指先がカップを持ち上げる。流し込んだ紅茶が唇を濡らし、そのままの唇が微笑む。

「返事は急がなくていい。何事もなたっかように振舞うならそれを返事と思うよ」

ごちそうさま、と言って立ち上がると掛けていた上着を無造作に手に取った。そのまま歩き出したジョットを目を見張ったまま追って、デイモンはぎこちなく呟いた。

「…私に、決めろと…?」

横を通り過ぎようとしたジョットは足を止めて静かな瞳で見下ろし、ほんのり揶揄するように微笑んだ。

「お前の言う通り、オレはお前のボスだ。オレから言ったのでは強制することになるだろう?生憎オレはそれでもいいと言えるほど無欲じゃないんだ」

そのくせくすと笑う声にさえ真摯な声色を乗せていて、あまりのことに理解が及ばない。こつりと革靴の音を響かせてジョットは歩いて行ってしまう。けれどももう一度艶やかなチョコレートに視線を落としたデイモンは、椅子を摺るようにして立ち上がり、振り返った。

「I世」


同じように振り返ったジョットは頷くようにして微笑み、それが腹立たしくもあり、誇らしくもあった。



2011.02.14
ハッピーバレンタインンンンン!!!!!
ツンで決めてやろうと目論んでいても実際好きと言われたら思考回路がぐちゃぐちゃになればいいと思いますv