中学生百合ムクツナ


突然降り始めた雨は慈悲もなく体中を打って、視界も煙らせた。

雨宿りのために駆け込んだ商店はシャッターを下ろしていて、視界を塞ぐ雨の中には誰もいなくて、世界には強い雨の音しかなかった。

綱吉は滴る雨粒を掌で拭い、隣を見遣ってどきりと鼓動を跳ね上げる。

同じように体を濡らした骸が、ゆったりとした動作でカーディガンを脱ぎ捨てた。
その奥にまで達した水分は、制服のシャツも濡らし、包まれた柔肌に張り付き浮き上がらせていた。

「む、むくろ…」

思わず赤く頬を染め弱弱しく名を呼ぶと、大人びた同級生は柔らかく笑った。


赤い唇に水滴が伝う。


「あ、あのこれ」

濡れた鞄から取り出したハンカチは辛うじて乾いたままで、綱吉はほっとしてそれを骸に差し出した。

「!」

けれど骸の手はハンカチを受け取ることはせずに、冷たい綱吉の手を握った。

冷たい手と冷たい手が重なって、そうすればじんわりとゆっくりと体温が上昇していくのが分かった。

「ハンカチは、君が使ってください」

そう言っても離してくれる気配がない手に、綱吉はじわじわと頬を染めていく。

居た堪れなくなって伏せた睫毛から雨粒が落ちた。

ふと視界に入った骸の胸元に、綱吉の頬は赤味を失うことが出来なくなった。


濡れて透けたシャツは骸の柔らかな胸の形を露わにして、大人の女性が着けるような下着までも浮き上がらせていた。

黒いレースの下着が包む胸はまだ幼さを残し、背伸びをしている柔肌は危うい色香を孕み、青い果実の香りを錯覚させる。


綱吉は泣き出しそうに眉尻を下げて、思わず視線を逸らした。

「…透けてる、よ」

雨の音に消されそうな声で呟けば、骸はくすと笑った。

「ええ。構いませんよ」

え!と視線を上げたら、骸が微笑んでただじっと綱吉を見詰めていて、綱吉は息を詰めて、射止められたように視線を逸らせなくなった。

「僕の体はただの器に過ぎない。だから誰に見られても何も思いません」

どこか人とは違う場所で生きている雰囲気を持つ少女はいつもいつも、突飛なことを言っては綱吉の心を掻き乱す。

そういうときはいつもいつも、置いてきぼりにされた気がして寂しかった。

「…でも、男の人がいやらしい目で見るかもしれないよ…」

柔らかく笑う骸の気配に、綱吉は意味も分からず泣き出したい気持ちになった。

「…オレは、嫌だな…骸が、そんな風に見られるの…」

涙を誤魔化すように視線を落として、ローファーの底でコンクリートを短く擦ると砂利が転がる音がした。

不意に持ち上げられた手にはっと視線を上げると骸が微笑み、そして綱吉の指先が骸の冷たいシャツに触れた。

涙をいっぱい溜めた綱吉の瞳が見開かれ、その先で骸が微笑む。

「僕の体は器に過ぎない」

綱吉の掌が、まだ未成熟な骸の胸に宛がわれて、綱吉は目を見開いたきり動きを止めてしまった。


確かに伝わる体温、鼓動に、雨の音が遠くなる。


「…好きな人の前で初めて、僕の体は意味を持つ。血の通った体、になる」


そっと伸びた両の手が綱吉の赤い頬を包み込み、赤く濡れた唇が水滴の散った唇に、重なった。


いつも長いと思って見てた骸の睫毛がすぐそこで柔らかく伏せられていて、重なった唇は淡い体温を残してすぐに離れた。
綱吉の大きな瞳は瞬きも忘れて、そんな綱吉の耳元に唇を寄せて続きはまた今度、と囁く。


骸は足元に落としていた鞄を持ち上げると「気を付けて帰って」と綱吉に柔らかく告げた。


肩越しに振り返って微笑んだ骸の頬は、淡く染まっていた。


そのまま駆け出した骸の背中を見詰めて、綱吉はじわじわと瞳を濡らし頬を更に赤くした。

「…む、むくろ」

聞こえるはずもなく、綱吉はスカートを握った。

「…むくろ」


淡い声は雨の音に消えた。


骸の甘い声がまだ耳元に聞こえる。

いつまでも赤味の引かない頬に、綱吉は思わずその場にしゃがみ込んだ。