*骸視点


ふわふわと笑う。

恥ずかしそうに大きな瞳を伏せて、仄かに淡く頬を染める。

日差しを受けて透けるような髪の色、手を伸ばして触れてみたいと思った。

柔らかくて優しい色は、「彼」をそのまま表しているように思える。

どうしてあんなに優しい色をしているのだろう。

見ているとじわりと胸の奥が温かくなるような。

*

初めて「彼」を見たのは麗らかな午後だった。

春の温い日差しが廊下に差し込んでいて、珍しく外に視線を投げた時だった。

すぐ隣の会社、その会社の中に「彼」はいた。


大きな目を眠たそうにふわふわさせて、
日差しを受けて透けるような髪の色。

見ている骸まで眠たくなってくるようだった。

名前を呼ばれたのか、ぱっと目を見開いて、慌てて頬を赤くする。
とても柔らかい色。


(なんだろう、柔らかい、あたたかい、やさしい、)


思い付く限りの形容を当て嵌めてみるが、どれもしっくりしているようでしていなくて、
そのすべてのような気さえした。


(あれはなんだろう、)


陽の光を存分に受けた温かな窓硝子に手を付けて、ただ「彼」だけを見る。


ちりちりと皮膚を焦がすような夏に近付きつつある陽の光、
それに近い感覚、骸にとっては初めてのことだった。

まるで心のすべてを折られたような気持ちで、それでも気分は酷くいい。


傷口にも似たささやかな痛みを伴い、それでいてそこから溢れ出てくるものはー・・・
じわり、じわり、と脈打つような、骸が今まで味わったことがない感情。


触れてみたいと思った。


思って硝子を爪で掻いてみるが、当然距離に邪魔をされて届くはずもない。

恨めしかった、この硝子が、この距離が、間に入る空気でさえも。

硝子の向こうで「彼」が誰かに笑い掛けた。

突然沸き起こった苛立ちのままに、骸はぎり、と硝子に爪を立てると踵を返した。



あの光を吸ったような色の瞳に自分が映ったなら、どんなにいいだろう。

「彼」を見てから骸はずっとそんなことを思っていた。

あの春を乗せたような小さな唇が自分の名前を呼んだらと思うだけで、心が躍るようだった。

自分を覆うこの皮膚が「彼」の皮膚に触れたらと思うだけで、灼けつくような思いがした。



早く自分のものにしたい。

けれど見ているだけで分かる、「彼」はとても臆病な子。
不意に声を掛けたらきっと、逃げてしまう。

それでは、意味がない。



「彼」はいつも同じ温度を保っていて柔らかくて、
だから「彼」の姿が見えないと、酷く憂鬱な気分になった。
会社がない休日なんか、特にそうだ。

それならいつも「彼」の傍に、「彼」が見えるところに行けばいい。

住まいを変えるのも、オフィスの部屋を変えるのも躊躇いなどなかった。

移り住んだ先からも、オフィスの部屋からも、視線を落とすときちんと「彼」が見える。
骸は柔らかく微笑んだ。


規則正しく叩かれた扉に骸はどうぞ、と短く返した。

「失礼します。」

入口できっちりと頭を下げた女性は白い手袋を嵌めていて、
「発注されていたリングが届きました。」と、リングのケースを丁寧にデスクに置いた。

骸は深紅のケースを開けて、満足そうに微笑んだ。

ケースの中には華奢で繊細なリングが二本、並んでいた。

骸は柔らかく目を細めると、その白く長い指先でつう、とリングをなぞり、また目を細めた。

「拝見しても宜しいでしょうか?」

どうぞ、と言うと女性はリングに触れないように熱心に観察をする。

「マリッジのデザインもされるんですか?」

「いえ、今のところは考えてません。」

「最近先生がデザインされるジュエリーは、ウエディング向きのものが多いような気がするのですが、」

骸はくす、と笑って窓の外に視線を投げた。
珍しい笑顔に女性は一瞬目を見張る。

「似合うものを、と思うとそうなってしまうのかもしれません。」

「お知り合いのプレゼント用でしょうか?」

「いいえ。」

大きい方のリングを取ると、白い左手の薬指にするりと嵌めこんだ。

「これは、僕たちのものです。」

「あ・・・、そんな方がいらっしゃるとは、知りませんでした。」


骸は声が聞こえていないように瞼を落とすと、薬指のリングに頬を寄せた。


愛おしく憂いまでも乗せて、まるで恋人にするように唇を寄せる。


ケースのリングを滑る指は、恋人を愛でるように熱を込めて滑っていく。


ふと開かれた瞳は緩やかに水に濡れ、視線はそっと窓の外へと落ちた。


女性は思わずじわと染まった頬を誤魔化すように、言葉を紡いだ。

「部屋を変わられてから、よく外をご覧になってますが・・・何が見えるんですか?」

ようやく言葉が届いたように長い睫毛を上げた骸は、ゆったりと一度瞬きをして、
窓の外を覗き込もうと足を僅かに進めた女性に緩やかに視線を向ける。

「君には、関係ありませんよね。それ以上近付かないでください。」

ひたりと張り付いた笑顔はぞっとするほど美しく冷たさを孕み、
心までも凍て付かせる威力を放って、女性はびくりと肩を震わせた。

失礼しました、と何とか声を出し、ほとんど逃げるように部屋を出た女性に見向きもせずに
骸は再び視線を窓の外に落とす。

視線の先で「彼」が真面目くさった顔でパソコンと向き合っていて
骸はくす、と柔らかな笑みを浮かべた。



他の人間に気付かせるものか。


あの子は自分だけのもの。


怯えさせないように、確実に触れられるように、


だから早く気付いて、


早く、


「・・・気付いて、」


窓の向こうであの子がふと外を向く。


あと少し、もう少し。


「・・・早く、綱吉・・・」


あの子がこちらを向いたなら、赤い花を飾ろう。


気を引くために少しずつ、その視線を捕えられたなら


必ず、あの子を僕のものにする。



見詰めた先で綱吉がふわふわと瞬きをして、骸は優しく微笑んだ。




09.11.14
骸は寝る間も惜しんで綱吉を視ているのだと思いますw


miaさまに捧げます!
miaさまのみ宜しければお持ち帰りくださいvv