世界の音を掻き消すような雨がしきりに降り注ぐ。


雨はいい。

足音も息遣いも存在さえも消してくれるから。


水が流れる窓から部屋の中は伺えない。
窓に手を掛けると何の抵抗もなく簡単に開いた。

不用心な、と吐いた息が白く染まる。

本来ここまで入り込める人間はいない筈だから
不用心になるのも仕方ないのだけれど。


窓枠を越えて室内に入り込むと濡れそぼった髪からぱたた、と水が滴った。

明かりを絞った室内に人の気配はない。

後ろ手に窓を閉めると激しい雨の音が遠のき、
替わりにタイルを打つ水の音が聞こえた。

指先にも伝う水を払いもせずに歩を進めると
足を下ろした絨毯がじゅ、じゅ、と音を立てて色を濃くした。


白い扉を開けると水の音は大きくなって、
曇った鏡には水を浴びたような自分の姿が映った。


ふと視線を落とすと真白な洗面台に箱に収まった腕時計を見付けた。


宣言通りにシャワーを浴びる時以外は付けているようだ。
律儀過ぎると呆れながらも、骸の口元は緩んでいた。


どんな顔をするだろう。
少し気持ちが逸った。


迷いもなく扉を引き開けると、予想通りの綱吉の反応。


大きな目を更に大きくして、まだ泡が少し残る髪から僅かに手を浮かせた綱吉が
薄く口を開けたままきっちりと固まっている。

あまりにも予想通りで可笑しくなって、もうすっかり濡れてしまっている骸は
構わずにそのままバスルームに足を踏み入れた。

ここに来る筈がないと思っていた骸の姿に、綱吉はただただ呆然として
当たり前のように近付いてくる骸を目で追っている。

言葉すら出ないようだ。
ここはボンゴレの敷地内だから、当然と言えば当然だ。


骸は綱吉の体を引き寄せると、まだ目を大きくしている綱吉にキスをした。

しっとりと水に濡れたキスを繰り返せば、綱吉は次第に体を委ねてきたが
僅かに唇を離した時に、はっと我に返ったように骸を見上げた。

綱吉は何か言いたげにしていて、骸が再び唇を合わせようとしたら
やんわりと押し留めた。

少し慌てたような綱吉は、しきりに唇を動かした。
唇を読めと言っているのだろうか、骸は綱吉の濡れた小さな唇に視線を落とした。



「と」「う」「ちょ」「う」「き」



盗聴器。

ああ、と骸は小さく頷いた。


この部屋に盗聴器があると言っているのだろう。
次いでバスルームを出て行こうとした綱吉の腕を引いて元の位置に戻してしまう。

驚いた綱吉に構いもせずに腰を抱き込んで唇を合わせた。

シャワーの蛇口を最大まで捻れば、外の雨に負けないくらいの水音に沈む。


驚く綱吉の顔も気に入っているし、何より、綱吉が欲しかった。


白い湯気と水音に巻かれて綱吉は小さく苦笑すると
骸の背に腕を回した。





壁に付いた綱吉の手に、骸の手が重なる。


綱吉の濡れた耳を後ろから甘く歯を立てて、髪の生え際に舌を這わせる。

奥まで入り込む度に、綱吉が呼吸を震わせて声を抑えるのが艶めかしくて
未だコートを着込んだままの骸は静かにただ綱吉と交わるのに夢中になった。

舌先で髪を分けて項に舌を這わせると綱吉は小さく震えて目元を滲ませた。

むくろ、と音にならない声を紡ぐ濡れた唇に舌を這わせてから頬を寄せる。

繋がった所から零れる小さな音さえ水の音に飲まれていって
雨の中で交わっている気がした。

溶け合う確かな熱に、綱吉の声を聞きたいと思った。








バスローブを羽織った綱吉は、再びバスルームに入った。

「もう大丈夫。電波散らしてるから。」

シャワーは止めずにバスタブに腰掛けている骸の隣に座り、
足元に届く水飛沫を爪先で弾いている綱吉の姿はあどけなかった。
骸は目を細めた。

「取りましょうか?」

盗聴器の事を言っているのはすぐに分かって綱吉は笑って首を振った。

「ん、ありがとう。でもいいんだ。・・・あれを取り付けてるのは内部の人間だから。」

「分かっていてそのままですか。内部の人間なら尚更、僕なら皆殺しにしてますよ。」

「物騒な事言うなよ・・・」

綱吉は苦笑しながら骸の手を取った。

手を繋いでいる格好になって、骸は僅かに身じろいだが
綱吉はその手をしっかりと握り直した。

「・・・大きな組織だからね。古くからいる人たちとか同盟しててもやっぱり
俺の事、まだ信用出来ない人たちもいるみたいだから。こればっかりは
時間掛けないとどうにもならないと思うし・・・」

「それで気付かない振りをして私生活まで暴かせているとでも?酔狂ですね。」

何も言い返せない、と綱吉はまた苦笑して「このままシャワー浴びちゃえば?」
と仕切り直すように言って骸の手を引いた。


濡れて張り付いたコートに手を掛けて、脱ぐのを手伝う。


「洗えるものは洗っておくから。」

「・・・あなたが?」

「ん?そうだよ。気分転換に洗濯だけは自分でやってるんだ。
今どきの洗濯機は入れておくだけで乾燥までしてくれるから実際は畳むだけだけど。」

「自分でねぇ。」

「あ、何だよ、今寂しい奴って思っただろ?誰のせいだよ。」

骸のコートを抱えて綱吉は不貞腐れた。

「え?」

「お前も案外鈍感だよな・・・っぶ」

呟いた綱吉の頭に容赦なく濡れたシャツを叩き付けられて
張り付いたシャツを剥がすように取ると、骸は意地悪く口角を上げた。

「見たいですか?」

ベルトを外して隙間に親指を掛けると、
しなやかな下腹部の筋肉と腰骨が露わになった。

途端綱吉の頬は赤く染まって慌てて後ろを向いた。

体なんてもう何度か見ている筈だし、触れていない箇所なんてないだろうに
未だにそんな反応をしてしまうから、もしかしたら綱吉はずっとそんな反応なのかもしれない。
だからついついからかってしまうのだけれど。

濡れたスラックスを耳まで赤くなった綱吉の頭に掛けるとそろそろと腕の中に落とす。

「あ、これ・・・洗濯出来ない。コートも無理かなぁ・・・
やっぱり何でも洗濯出来るやつ買おうかな・・・って、お前今笑ってるだろ。」

コートをひっくり返しながら綱吉は振り向きもせずに呟いた。

「ええ。相変わらず染みったれた話しをしていると思って。」

「うるさい!う〜んでもどうしよう。身長が違うから俺のは貸せないし・・・」

「それなら、乾くまでここにいます。」

「・・・え?」

「どうせ外へ出れば濡れますが。駄目ですか?」

「いや・・・!駄目とか、そんな訳ない、だろ」

服が乾くまで。
それがどれ程の時間かは分からないけれど
いつもよりは長い時間一緒にいられるような気がして綱吉は嬉しさに頬を染めた。


いつもそんなに長い時間、一緒にいられる訳じゃないから。


頬を染めた綱吉は頭に乗せられた下着も腕の中に落として骸の皮靴を拾い上げた。

「あ、洗濯しておくから・・・!ご、ごゆっくり・・・」

振り向きもせずにバタバタとバスルームを出て行った綱吉の背を見送って、
骸はシャワーに腕を差し入れた。

綱吉がシャワーを出しっ放しにしておいてくれたお陰で体は大して冷えてなかった。


雨のように降り注ぐ水を喉元で受けて、骸は瞼を落とした。



綱吉はまだ幼い。

その体さえまだ未成熟で、ほんの何年か前まではきっと
こんな生活を送るなんて夢にも思っていなかっただろう。


それなのに背負うものが大き過ぎる。
元よりこの世界に捕らわれている自分とは訳が違うのだ。



だから、という訳ではないし、今更それを思うのは下らないのだけれど。



何のしがらみもない場所で、綱吉と二人だけで生きていけたらと思った骸は
タオルここに置いておくね、とバスルームの外から掛かった綱吉の声でふと我に返った。



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