大した興味もなく返して、シャンパンに花びらを浮かべた。
ひとつ綱吉に渡して手を差し伸べると、綱吉は微笑んでその手を掴んだ。
引き起こしたついでに腰を抱き寄せてキスをすると、
甘いチョコレートの香りが舌の上で混ざった。
「お前ベットに土足で上がる癖、どうにかならない?」
情緒もなくグラスを傾けて喉を潤した綱吉は、
すでにベットヘッドに凭れかかって寛いでいる骸のブーツを脱がしに掛かった。
ベットに上ると骸に背を向けて足を跨いだ。
紐を解いて渾身の力でブーツを抜き取る背中を、骸は悠然と見ている。
協力する気がちっともないよな、と軽く文句を言いながらも両方脱がせて満足そうに笑った。
小動物に例えられていた日はもう遠いが、それでも名残はまだまだある。
ボンゴレ内で平素の綱吉がどんなものなのかは、人伝に聞いていたが
真っ白いラウンジに馴染むように座っていた綱吉は、間違いなくボンゴレ十代目だった。
正直、嫌いではないと思った、そんな綱吉も。
けれどこうやって年よりも大分幼く、甘い甘い砂糖菓子が溶けるように笑う綱吉の方が気に入っている。
「あなたがいるといいですね。靴が自動で脱げる。」
「それだけかよ!」
大きな目を更に大きくした綱吉の腹に腕を回し、強引に引き寄せる。
軽い体はシーツを引き攣らせながら簡単に足の間に収まって、
大きな目がちらりと色違いの瞳を見上げた。
ふわふわと睫毛を漂わせてから綱吉は、少し照れ臭そうに骸の胸に顔を寄せた。
「本当は、お前の事自慢したいんだけどな。」
その存在を確かめるように頬を擦り寄せて、柔らかく目を閉じる。
「え?」
「いいだろ俺の恋人なんだぞってさ。」
肩を越して伸びた深い夜の色の髪をそっと撫ぜて、幼い指先に絡んだ髪に唇を寄せた。
骸が引き寄せられるように丸い瞼の上にキスをすると、
はっとして見上げてきた淡い茶色の瞳はやっぱり砂糖菓子のようだった。
その目元が柔らかく赤を含む。
「あ、い、言っておくけどな・・・!
俺の純潔を捧げた以上、責任はちゃんと取って貰うからな?」
「・・・。」
頬に掛かる髪の陰で赤い唇が笑いを堪えている。
「ちょ、笑うなよ・・・!」
「あなたが言う事はいちいちおかしい。」
「・・・褒め言葉として受け取っておくよ。」
すでにほんのりと上気した頬を膨らませて、
些か子供っぽく拗ねる綱吉の顎を持ち上げて唇を合わせると
口に含んだ果実のアルコールを流し込んだ。
は、と息を詰めた微かな呼吸にさえ果実の香が溢れる。
ゆるゆると瞼を持ち上げて露わになった綱吉の瞳はすでに水分を滲ませていた。
今にも割れそうな華奢なグラスの淵に指を滑らせてから、長い指がシャンパンの表面を掻くように滑った。
零れるのを厭いもせずに伸ばされた指先が、
微かに息の上がった綱吉の小さな唇をなぞって濡らした。
「そんな事を簡単に言ってしまって大丈夫ですか?」
水の中のような室内で、骸の唇が緩く弧を描き、果実の香りが滴る小さな唇をちらりと舐める。
綱吉の濡れた瞳はいつもと変わらず骸を見詰めていた。
「あなたが僕を裏切るようであれば、あなたを殺しますよ。」
綱吉は大きく瞬きをしてからゆっくりと表情を崩していって、
最後は骸が一番気に入っている顔で笑った。
「全く問題ないよ。俺は絶対骸を裏切らないから。」
この世に「絶対」はない。
分かっている筈だが、綱吉の「絶対」は「絶対」だった。
こうも容易く世界を壊されては堪ったものではないが、悪い気はしない。
わざとらしく音を立てて首にキスを落として、綱吉のジャケットを脱がせると
綱吉は自ら向かい合う格好で骸の膝の上に座ってその唇を重ねた。
伏せられた砂糖菓子の瞳は恥じらいが強く、
色めく頬をそのままに、己のシャツのボタンをひとつひとつ外していく。
骸は黙って、ただただその淡く染まる指先を、
吐息が零れる唇を、水を湛えた瞳を見詰めている。
やがて骸の膝の上ではらりとシャツを落とすと、
骸が揶揄するように眉を持ち上げたので、抱き付いて唇を奪ってやった。
キスをしながら形勢は逆転して、骸が綱吉を自分の体の下に敷いてしまう。
甘い果実とカカオの香りがした。
すぐそこで波の音がする。
骸のしなやかな舌が、綱吉の輪郭をなぞっていく。
は、と息を詰めて込み上げる浮遊感に目を閉じれば、
「海の中みたい・・・、」
体を滑る掌の熱にはぁ、と甘い息を落として水に揺れる瞳をゆっくりと開いていった。
途端綱吉は大きな目を更に大きくしてあ!と叫んだ。
滑らかな肌を這っていた舌を止め、色気がないですね、と
さして咎める風もなく視線を起こした骸の目の前を、赤い魚が泳いでいった。
追うようにゆったりと体を起こすと、部屋には水が満ちていた。
潮の香りが強い。海水だろうか。
まるで部屋が水槽のように、燃えるような赤い魚が、鮮烈なレモンイエローの魚が、目が覚めるような青の魚が、
緩やかに波打つ水の中で泳いでいた。
「・・・ね、熱帯魚・・・??」
戸惑いがちに指を差し出すと、
淡く色付いたままの指先に赤い魚がちょこんと口を付けて離れていった。
「わ・・・!キスした・・・!」
「餌と間違えただけですよ。」
「お前なぁ・・・現実的過ぎるよ・・・」
波が強く揺れる音がして顔を上げればそこには天井はなく、
波間に星が浮かぶ空が透けて見えた。
「骸がこうしたのか?」
柔らかく指を宙で動かすと、小さな青い魚が寄ってくる。
「・・・これは、あなたの中のものですね。僕はこんなもの持ち合わせていない。」
「え、俺!?」
驚いて目を丸くした綱吉の胸に、長い指が添えられた。
「あなたの中のものが、僕を媒体に現れたのですよ。」
長い指はまるでそこに心があるかのように円を描いた。
青い魚が群れをなし、頭上で一斉に体を翻した。
「・・・そんな事、出来るんだ、」
「普通は出来ませんよ。しかも互いに無意識なら尚更。」
「そうなの!?」
「僕とあなたは繋がり易い。たまに、記憶を共有してましたね。」
柔らかい星の光で淡く染まる骸の頬にそっと手を添えて微笑んだ。
「そうだな。俺の炎だって、お前が引き出したようなものだしな。」
頬に添えられた手に擦り寄って、その手を包み込むと綱吉に視線を落とした。
骸はわざと「色々な意味で」と前置きをしてから
「僕とあなたは相性がいい。」と言った。
「あなたもそう思うでしょう?」
そんなに淡々と事実を告げるように言われると、
体の相性も、いいと言われているようだ。
恐らくそういう意味で、さすがの綱吉もそれが分かったから、ばぁっと頬を赤くした。
「肯定したと受け止めます。」
赤い頬に同じくらい赤い舌を這わせて、
綱吉の中に体を挿し入れると綱吉は、しなやかに背中を反らした。
淡い音を立てて水飛沫が散った。
細やかな飛沫に柔らかく濡らされて瞬きをすると、そこはもう元の部屋に戻っていた。
「次は、何が出て来ますかね。」
はぁ、と熱を増した吐息を混ぜるように額を合わせて呟くと
綱吉は切なく濡れた瞳をゆったりと彷徨わせ、
マグマとか出てこなきゃいいけど、と恥じ入って呟くものだから
やっぱり可笑しくて笑いを堪えた。
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