会社員パラレル 後輩×先輩です

パソコンのディスプレイの隅に、封筒のマークが点滅する事がある。


それは社内メールというもので、急ぎの用がある時などに
社内の人間全員に、或いは個人に指定して送ったり出来る。

けれど相手が電話中や誰かと話している時以外なら、
内線電話で話した方が早いのであまり使われていない。



それなのに沢田綱吉の封筒はよく点滅する。



麗らかな春が過ぎて初夏に差し掛かった今日この頃、それは頻度を増している。

朝礼もそこそこに席に着くと、もう点滅している。

相手はもちろん社内の人間で、更に言うならメールを開かずとも誰だか分かってしまっている。
けれど、もしかしたら他の人かもしれないので念のために開かなくてはならない。

うー、と小さく唸って童顔と言われる所以である大きな目を半分まで閉じて
ある程度の覚悟を決めてクリックする。


to:Sawada Tsunayoshi

>今日も可愛いですね

from:Rokudo Mukuro


はぁ、とか細い溜息を吐いてから、キーボードを弾く。


>Re:可愛い言うな。そういうのは女の子に言えよバカ


>Re:Re:馬鹿はあなたですよ


>Re:Re:Re:おまえに言われたくないよバカバカ


>Re:Re:Re:Re:馬鹿ですよ。僕が愛しているのは沢田さんだけですから


ゴッ、と鈍い音が響いて自分がディスプレイに頭をぶつけてしまったと自覚するまで数秒掛かった。

「沢田、大丈夫か?」

隣の席の同僚が綱吉の奇行を案じてくれた。
綱吉は慌てて手を振る。

「あああ・・・大丈夫大丈夫!まだちょっと寝惚けてるみたい!」

あはは、と引き攣って笑って見せるも、同僚はそれならいいけど、と
納得してくれたようで助かった。


朝も早くから愛してるだの可愛いだの、
綱吉にとっては凶器になり得る言葉を並べる人間を
ディスプレイの上から半分閉じた目でじろっと見ると
少し離れた席でにっこり笑って軽く手を振ってくる。


>あまり隣の席の男と馴れ馴れしくしないでください


>Re:お前にそんな事言われる筋合いないからな!バカ


>Re:Re:僕はあなたのすべてが欲しいです


がしゃんっと遠くで音がした気がして、
一体どうしてそうなったのか分からないのだけれど、
気付いたら椅子から落ちて床に転がってた。

「さ、沢田・・・!?具合悪いのか・・・!?」

さすがに同僚も驚いたらしい。
でも綱吉だって驚いている。
だって今どういう力が掛かって椅子から滑り落ちたのか全く分からない。

「いや・・・!何でもないんだホント・・・!あっれ〜何だろうね〜」

何でもない訳ないだろう、と思わず自分で自分に突っ込みを入れてしまったが
とりあえず何事もなかったように取り繕って席に着いた。

相変わらず半分閉じた目で上から覗くと、
羨ましいとも思わなくなるくらい整った顔でにこりと六道骸は笑った。



問題なんて色々あるけれど、とりあえず一番問題なのがその六道骸が男だという事だろう。



骸はほんの数カ月前に新入社員として入社してきた。
けれど骸はこの会社には長くて一年しかいない。
綱吉が働いているこの会社は大手会社の子会社で、
骸は研修としてここに来ているだけで、ゆくゆくは本社で働く事になっている。

海外のなんとか大学を飛び級したとか何とか、
その日本人離れした手足の長さとか整い過ぎた顔とか
綱吉からしたら宇宙人に等しい。

部署も違うし、関わらないだろうと思っていたのに
無情にも教育係を仰せつかってしまったのだ。

自分が一体何を教えて差し上げられるのかと途方に暮れたが、
まあ要するに、会社のどこに何があるとか備品の場所とか、
内線電話の使い方とか、そういった基本的な事を教えるのと、
後は何か不便があったらお伺いするという教育係という名のお世話係だった。


でも綱吉はほっとした。
それくらいだったら自分にも出来る。

骸は始めは表情がなくて怖かったのだが、
どういう訳か酷く気に入られてしまったようだ、恋の相手として。


全くもって人生は何が起きるか分からないものである。


欲しいものは何でも手に入りそうなその男が、
凶器になりそうなほどの綺麗な顔と、爆弾みたいな言葉を持って
何の取り柄もなく平凡な自分に迫ってくるのだ。

骸が来てからというもの、綱吉の平凡な日々は音を立てて壊れていった。







(あ・・・財布忘れた・・・)

安っぽい蛍光灯に照らされる自動販売機の前で、綱吉は内ポケットを何度か叩いた。
叩いて何か出てくる訳でもなく、財布は恐らく机の中だ。

わざわざ階を移動して、休憩所まで飲み物を買いに来たのに財布を忘れている。
どこか抜けているのはもうずっとずっと前からだから、さして落ち込みもしないが自然に溜息は落ちる。

溜息を落とした所で横からすっと腕が伸びて来て、
コイン投入口に小銭が落とされていった。

あ、と思った時にはもうボタンが押されていた。

振り返って条件反射のように見上げると、やはりそこにあったのは整い過ぎた顔だった。

がこん、と後ろで音がして、当り前のようにどうぞ、と笑顔付きでペットボトルを渡された。
それはいつも綱吉が好んで飲む甘い紅茶だった。

「あ、ありがと。お金、後で返すから。」

僅かばかりの警戒を滲ませて一歩足を下げるがそこはもう、行き止まり。
いつも思うけど、骸は話す時の距離がやたらと近い。

「結構ですよ、それくらい。」

自動販売機と長身に挟まれて、綱吉は完全に身動き出来なくなった。
肩を竦めて両手で握ったペットボトルをせめてものバリケードに、
体を販売機に押し付ける。

「いや・・・そういう訳にはいかないから、」

「僕も一度出したものを返されるのは嫌なのですが。」

腕組みをして見下ろされたら、思わずう、と声を詰まらせるが
綱吉だって引き下がらない。

「俺のが年上なんだしさ、俺だって嫌だよ。」

「・・・。」

「・・・。」

しばらくじっと目線を合わせてから、骸がはぁ、と溜息を落とした。

「分かりました。それなら、ここにキスしてください。」

骸は体を屈めて綱吉に頬を差し出して、長い指でその白い頬を指した。

「なぁ・・・!?」

綱吉はかぁっと頬を赤くして、あまりの事に口がだらしなく開けっ放しになってしまった。

「何だそれ・・・っ!何の交換条件だよ・・・!意味分かんねーよ・・・!!」

「僕がポリシーを曲げたのですから、それなりの代償は頂かないと。」

販売機に腕を押し付けて、当然のように距離を詰められて綱吉は盛大に慌てた。
骸の長い髪が肩から滑り落ちて、さらさらと頬を掠めた。

「うぁ・・・あのじゃあご馳走になってもいいですか・・・っ」

「ええ、そんなものでよければ喜んで。」

赤くなった頬でペットボトルの陰に隠れるようにするが、
譲歩した筈なのに遠慮もなく距離を縮められ続け、
とうとう販売機の陰に追い遣られてしまった。

それでも解放して貰える気配は全くなくて、それどころか更に距離が縮まる。

壁と骸と自動販売機に囲まれて、綱吉は完全に行き場をなくしてわたわたした。

「ちょ、な、何だよ・・・」

精一杯の強がりも、笑顔で流されてしまう。

「沢田さんは細いですよね。」

大きな手がジャケットの中にするっと入り込み、おもむろに細い腰を撫でた。

「ぎゃ・・・!セクハラ、セクハラ・・・!」


抵抗して腕を押すが、びくともしない。
それどころか壁に押し付けられて、骸は顔を首筋に埋めた。

吐息が首筋に柔らかく這って、綱吉は堪らず首を竦めた。

「ちょ・・・人来るから・・・!」

「来ませんよ。」

「何その自信・・・!」

何とか押し遣ろうとしている内に、手にしていたペットボトルが骸の首筋に当たって、
それに気付いた骸は、綱吉の手からペットボトルを抜き取ると、キャップを緩めてからまた手に戻した。
綱吉は何事かと目を瞬かせたが、戸惑いながらもありがとう、と言った。

骸が嬉しそうに笑うので、拍子抜けしてしまう。

「沢田さんの力では開けられないかと思いまして。」

「な訳ねーだろ・・・!わ・・・!ちょ、」

さり気なく手を握りながら綱吉の華奢な腕を掴み上げると、
遠慮もなく二の腕を摩り出した。

「それにしても今までよく襲われなかったですね。これでは抵抗出来ませんね。」

「はぁ・・・!?」

「・・・まさかもうすでに誰かの手に堕ちてるとか?」


骸の色違いの瞳が殺意に似た不機嫌さを湛えた。

「堕ちるって何だよ・・・!俺モテないから!
つか何で六道がそこまで不機嫌になるのかも分かんないけど・・・っ」

「それならいいですが、もしそんな相手がいるなら撲殺してしまいそうです。」

「そんなに恨めしいの・・・!?」

「周りが見る目がなくてよかったです。」


ふと瞳の色を和らげた。
骸が綱吉を見る目がいつもいつも優しいから、綱吉は思わず目を伏せてしまう。

「いや・・・別に、俺取り柄とかないし・・・」

「いいえ、あなたはとても魅力的ですよ。」

「お前の言う事はよく分からないよ・・・」

そうやって好きだとか魅力があるだとか言われても、いまいちピンとこない。
骸はそれでも優しい目で、綱吉を見詰める。

「いずれ分かって貰えればいいです。ところでいつになったら食事の誘いに頷いて貰えますか、先輩?」

「俺と行ったって楽しくないって・・・六道ならほら、女の子とかいくらでも、ちょ、マジ顔近い・・・っ!」

キスでもしそうな距離で見詰めてくるから、綱吉は頬を染めて顔を逸らすが
端に追い詰められているから大して効果はなかった。

「ずっと気になっていましたが、僕と先輩の話しをしているのにどうして他の人間が出て来るのですか?
先輩が僕と食事に行きたいか行きたくないか、でしょう?」

う、と声を詰まらせた綱吉は宛てもなく視線を彷徨わせた。

「だっ、て・・・おかしいだろ、そんなの。」

「僕が男で、沢田さんも男だからですか?そんな事で?」

飄々としていた声は突然、悲しい色を含むから、綱吉は思わず視線を上げた。

「・・・え?」

「もし僕が女性なら、沢田さんは僕を好きになってくれますか?
もし沢田さんが女性なら、僕を選んでくれますか?
僕が男だから、沢田さんには選んで貰えないのですか?」

「・・・・。」

そんなに、切ない顔をされたら、言葉がなくなってしまう。

「僕は、沢田さんだから好きなのに。」

釣られるように眉尻を下げた綱吉の顔を掬い上げて、
拒否する間も与えずに唇を重ねた。

驚いて目を丸くするが骸は解放してくれなくて、
それどころか熱い粘膜の感触が唇を這った。

骸が舌を忍ばせてきたのが分かって、尖った舌先が綱吉の舌に触れたところで
思い切り骸を突き飛ばした。

突き飛ばしたつもりだったが、ほとんど効果がなくて
逆に腕を掴まれて再び柔らかく唇が合わさった。

ようやく離れた時には綱吉はぼうっとしてしまっていて
骸の赤い唇が緩やかに弧を描いたのではっと我に返った。

途端に綱吉の顔は真っ赤に染まった。

「おま、おまお前・・・!!何て事・・・ファーストキスなのに・・・!」

思わず叫んでから綱吉は更に顔を赤くして、口を押さえた。

「もう六道なんか知らないからな・・・っ!!バカ!!」

子供のような捨て台詞を吐いて、ペットボトルを凶暴に振り回しながら綱吉は逃げるように走り出した。

今度は骸がぼうっとして、逃げていく綱吉の背中を見詰めていた。


恋愛には奥手なのだろうとは思っていたが。


(ファーストキス、だったのか・・・)



ファーストキスという事は、間違いなくその体は清いままという事になる。

初めてだとか初めてじゃないとかどうでもよかったし興味もなかったけど、
綱吉に関しては例え過去の事であっても嫉妬してしまうから、訊けずにいたが。


骸はそっと唇をなぞった。


初めてだとか初めてじゃないだとかそんなのどうでもいいし
綱吉だっていい大人なんだから恋愛のひとつやふたつ、って
まだ付き合ってもいないのに自分に言い聞かせてきたが。


初めてだと知ると、どうしようもなく、ただ単純に、純粋に、嬉しかった。
こんな気持ちは知らなかった。
骸は小さく微笑んだ。




モテた事がない男はどうしようもない、と綱吉はもう自分を何回罵ったか分からない。

だってそうでもしなければ、飛び出しそうになる心臓の言い訳が出来ない。

モテた事がないから、こんなに熱烈に告白されて流されそうになっているだけで、
と今日も呪文のように繰り返す。


骸は強引だ。
けれどそうした強引さは自分にはないものだから魅力に思えてしまったり
やっぱりちょっと変わってるけど何だかんだで優しいし、
男の綱吉から見ても格好いい、というより綺麗、だし。


彼の言葉を借りるなら、本当に男だとか女だとかそういう事ではなくて
骸だからいい、と思っている自分がいるのは確かだけれど。


けれど、だからと言って、好きだと認めて素直に身を任せるにはあまりにも衝撃的な話しで、
まさか自分が男とどうにかなるなんて夢にも思ってなくて
だからその先に何があるのかとか、現実的な事ばかりが頭を掠めて溺れる勇気はなかった。



それなのに。



少し遅れてオフィスに戻って来た骸は、
通り過ぎながらその長い睫毛の陰から確実に綱吉を見詰めて来て
ふわと笑う唇に性懲りもなく心臓が跳ね上がったり。

ああ、もう、と自分を心の中で罵って、
ディスプレイの隅に点滅する封筒をうっかりクリック。


>ごちそうさまでした。


差出人は六道骸。
何の事を言っているかはもう分かり切っている事で。

耳まで赤く染めて綱吉は、ゴン、とディスプレイに頭をぶつけた。


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