美容師×カットモデル
両耳を掴み上げられた兎を思い浮かべた。
何でそんなことを思い浮かべたかというと、現在そんな感じだからだ。
綱吉は人数合わせの安全牌として無理矢理合コンに借り出され、
滅多に来ないようなお洒落な街にやってきて、
大通り沿いをびくびく歩いていたら高そうな外車が道を塞ぐように止まって、
車から出てきた大きな男が突然髪を掴み上げてきたのだ。
男は薄い色のサングラスを掛けていて、綱吉の苦手なタイプの人間だった。
簡単に言うと美形なのだ。
大学の同級生の女子に「何でダメツナの周りばっかり!」と理不尽な怒られ方をするくらい
友人には美形が多いので、慣れたと思ったけどやっぱり駄目だった。
美形というだけで自分とは違う生き物のような気がして何だか怖い。
しかもなぜか背の高い男は憮然として見下ろしてくるから尚更怖い。
いやいや、そもそも何で土に埋まった野菜を引っこ抜くように髪の毛掴み上げられてるんだ?と
そこでようやく至極当然の疑問に行き当たった。
「えっと・・・あのー・・・、」
「何ですかこの頭。」
「え・・・っ!?」
勇気を振り絞って声を出してみれば、いきなり頭を全否定された。
「か、髪のことですか・・・?」
「頭の中もごわついてそうですよね。」
「・・・っ」
理不尽なことには慣らされていたるけど理不尽過ぎる。
呆然と目を見開いているところに、男は仕方がない、というような声を出した。
「特別に僕が切ってあげます。」
更にだらしなく口を開いてしまった綱吉は、はっと我に返り
髪を遠慮もなく掴んでいる手から逃れようと頭を引いてみるが、容赦ない手は離してくれない。
「い、痛い・・・!」
「君が暴れるからですよ。」
「ち、ちが・・・あの切ってくれなくていいです・・・!」
一生懸命逃げようとするが体だけが前に行って、髪が付いて来ない。
「いだい・・・!!」
「暴れるからですよ。」
「いや、違うと思う・・・!つか切ってくれなくていいんで・・・!何だこれ切ってあげます詐欺!?
のこのこ付いて行ったら法外な値段要求されるとか・・・!?」
「失礼ですね。」
「うぐ・・・っ!!」
急に手を離すものだから綱吉は存分に前にすっ飛んで行って、転んだ。
行きかう人の視線が痛い。
綱吉は慌てて立ち上がって逃げようとしたが、襟首を掴まれてぐふ、と息を詰まらせた。
ずるずると引き寄せられて、首が絞まって涙目の綱吉の前に名刺が差し出された。
名刺にはこう書かれている。
「Bloody Moon 代表取締役 六道骸」
「え、な、ブラッディー・・・?むくろ・・・って、お化け屋敷みたいですね、」
英語ならなんとなく分かる。
あはは、と場を和ませようと笑ってみたが、逆効果でキンと冷えた空気が降ってきて
綱吉はあは・・・あは・・・と引き攣った笑みを零すしか出来なかった。
「僕の店もまだまだ、と言う事ですかね。」
「へ!?」
思いの外素直な声がしたので驚いて振り返るが、すぐにぴきんと固まる。
顔が陰っている。本気で怖い。
「携帯。」
「え・・・!?」
「携帯を出しなさい。」
凶悪な脱獄囚か何かに拳銃を突き付けられているような気持になって、綱吉は思わず携帯を差し出す。
骸は綱吉の携帯のボタンを長い指で手早く押した。
すると骸のポケットの携帯が音を立てた。
「名前は?」
「さ、沢田綱吉です・・・、」
骸はふん、と鼻で笑った。
鼻で笑われるような名前なのだろうかと、綱吉は落ち込みそうになった。
「8時には手が開きます。店はこの大通り沿いです。馬鹿でも君でも分かるような店なので、」
「ちょ、ちょっと待ってください・・・!!途中も引っ掛かるんですけど、でも俺これから合コ、ン、」
何でこんな殺戮現場にいるような恐怖を覚えさせるような顔が出来るんだろう。
綱吉は当然のようにざあ、と顔を青褪めさせた。
「10分前行動は常識ですからね。」
言い捨てるようにして車に乗り掛けた骸だったが、肩越しに緩く振り返った。
「ああ、言っておきますけどね、僕の携帯は着信拒否は出来ませんから。」
「・・・ ! ?」
どういうことなんだと恐怖で体を強張らせた綱吉に排気ガスを掛けるようにして、外車は走り去った。
電源を切っておこうかとも思った。
思ったけどでも、すべてを無視して本当に着信があったら確実にトラウマになるので止めた。
それに元々早目に帰ろうと、むしろ早目に帰りたいと思っていて
適当な理由を考えられずにいたから調度いいかもしれない。と、思うようにした。
だって、合コン、なんて・・・
友人の美形その1の山本とか美形その2の獄寺とか、その辺りを誘ったら惨敗が目に見えているから
自分が無理矢理借り出されたのは分かっているし、場違いになるのも分かっている。
ああそうか、だから早目に消えても大丈夫か、と思い至ってから落ち込んだ。
(別にいいけどさー・・・)
遠い目でうふふと笑いながら目的の店に辿り着く。
もうすでに揃っていると店員に言われて慌てて個室に向かった。
部屋に入るなり沢田遅ぇよーと言われ、早速コイツ本当にダメでさーと綱吉の説明が始まった。
けれども予想外だったのは女性陣の反応だった。
「女の子みたーい!」
「かわいいー!」
「沢田くんこっち座りなよー!」
固まったのは綱吉だけじゃない、男性陣もだ。
何と言ったって一番の安全牌と思われていた綱吉が、一番いい席を確保したのだから。
(うわー・・・)
同級生の視線が痛い、女の人のいい匂いがする。
何だかもう訳が分からなくなっていた。
けれども両脇を固める綺麗なお姉さんたちが言う「かわいい」は
小動物を愛でるそれとまったく同じことを綱吉は分かっているのだが
男性陣からしたら、それでも面白くないらしい。
(は、早く帰ろ・・・)
飲み物が揃って乾杯してすぐに、携帯が鳴った。
綱吉は色々いっぱいいっぱいで気付かなかったのだが
綺麗なお姉さんに「携帯鳴ってるんじゃない?」と言われて慌てて出た。
『二十分前行動です。』
それだけ短く言われて通話は切れた。
忘れてた。ついさっきのことなのに、いっぱいいっぱいで忘れてた。
危なかった。綱吉は顔色を悪くする。
でも二十分前って、十分減ってないか?と思いながら携帯をテーブルの上に力なく置いた。
「沢田くん、もしかして彼女いるんじゃないのー?」
「え!?」
いる訳ないよ、という同級生の声は無視され、綱吉はますます肩身の狭い思いをする。
「ねーだって携帯鳴ったら凄く慌ててたじゃん。言わないで来ちゃったの?」
揶揄する声に本気で涙目になった。
あの怖い人が彼女とかありえないし、誤解もして欲しくない。
「やだー!泣きそうになってる!」
かわいいー!とお姉さんたちの歓声が上がる。
いじるにはもっていこいの存在なだけなのに、綱吉は同級生の突き刺さる視線にとんでもなく肩身が狭い思いをする。
話しが進むに連れてますます男扱いして貰えていないのを痛感するのに刺さる視線も痛いし、
結局この後もあの怖い人のところに行くのかと思うと訳が分からなくなる。
と、そんな時になぜかぞくっと悪寒が走って、その後再び携帯が鳴った。
この着信、誰からなのか何となく分かってしまった。
綱吉はごくりと喉を鳴らした。
「あ、彼女じゃない!?」
「ち、違います・・・!」
廊下に出ようとした綱吉の服は女性の綺麗な手でぐいぐい引っ張られる。
「彼女じゃないならここで出なよ。」
うぐ、と声を詰まらせて、仕方ないので腰を下ろしてしぶしぶ出る。
「あ、あの・・・なんでしょう・・・?」
「何でしょうだって!」
「やー白々しいー!!」
きゃっきゃと話す女性の声はきっと向こうに筒抜けだろう。
でも聞こえたところで何だって言うんだ、と開き直るが
無言のままの受話器の向こうの人物が怖くてびくびくする。
「も、もしもし・・・?」
『右腕を上げてください。』
「え!?」
『いいから。』
「はい・・・?」
綱吉は言われるままに右腕をぴんと伸ばした。
『そのまま一気に力を抜いて横に振り下ろしてください。』
言われるままに一気に腕の力を抜いて横に振り下ろした。のと同時に、右手に衝撃が走って、
隣から「いた!」とお姉さんの声がした。のと同時にぶつりと通話が切れた。
綱吉の右腕は操られてお姉さんの頭の上にばっちり命中した。
「うわああああ!!す、すみません・・・!!!!」
どこからから室内を覗かれているんじゃないかという錯覚に捕らわれて思わずきょろきょろするが
そんな気配はない。
「何やってんだよ、沢田ー」
同級生の不機嫌な声にはっと我に返り、慌てて頭を事実的に叩いてしまった女性の方を向くが
女性たちは「沢田くん面白ーい!」と楽しんでくれていた。
更に突き刺さる視線は痛いが、もう一度ごめんなさいと謝っておいた。
一体何がしたいんだ、あの人は。
ぞくっと悪寒が走った時に、テーブルの上の携帯が再び鳴った。
「あ、また彼女じゃない?」
「え!?」
「もしもーし!」
「うわぁ・・・っあの・・・っ!!」
どういう訳か最悪の事態だと思ってしまったが、女性の手から携帯をむしり取る訳にもいかずに
ひたすらわたわたする綱吉だったが、みるみる内に女性の表情が真摯なものに変わっていって、
ええ、とかはい、とか相槌を打つものだから、綱吉は「?」と首を捻ってしまった。
「分かりました、そのように伝えておきます。」
「・・・???」
すっかり別人のように落ち付いた返答をする女性は、通話ボタンを切ると綱吉に向き直った。
「駄目じゃない、沢田くん!」
「え・・・!?」
「病気のお兄さん放っておいちゃ!」
「え、な、ええええ・・・!?!?!?」
一体どんな設定なんだ。
綱吉は零れそうなほど目を見開いた。
渡された携帯の着信履歴を見るとやっぱり六道骸になっていて、
そうなると骸が何か吹き込んだことになるのだが、何なんだ、病弱な兄って。
「でも沢田くんも偉いよね、ずっとお兄さんの看病してるんだって?」
「え、な、」
「沢田、きょうだいいたっけ??」
「い、いや」
「ずっと秘密にしてたんだってよーそれが原因でいじめられないようにってさ。お兄さんも優しい人だよね。
今日だって本当は呼び戻すのは忍びないけどって言ってたし・・・」
「な、あ・・・、」
完全に信じ込んでいる。
無駄に演技力が高いようだ。あの男は一体何者なんだ。
綱吉はごくりと喉を鳴らした。
早く帰ってあげて、と背中を押され、男性陣は違った意味で早く帰れと背中を押してきて
呆然としたまま店を出るとすぐに携帯が鳴った。
『五分以内。』
それだけ言うとすぐに切れた。
やっぱりどこかから見られているような錯覚に陥って、辺りをきょろきょろしてしまうが
それらしき影はない。
とりあえず急ごうと、綱吉は走り出した。