性描写アリ
裏会社社長×債権者
世間とは関係なく、六道骸が興した会社は大変景気がいい。
なぜなら裏では人様に言えないような仕事をいくつもしているから。
けれども警察のお偉方とは一通りコネクションがあるので安泰だ。
言ってしまえば六道無法地帯。
とは言え、景気がいいのを誇示するほど馬鹿ではないので
本部のビルもそこそこ、という程度で抑えている。
一般の方にはそれとは分からないように振る舞えと、部下の教育も徹底している。
骸の厳しい指導の甲斐あって、会社に関わらない方々の評判は上々。
けれども一度関わってしまえば地獄も見せる。
まぁそんな感じで今日も出来のいい部下たちが忙しなく働いている。
だから社長の骸は暇だったりする。
厄介な事案には姿も見せるが、それ以外は正直暇だ。
部下の不始末の落とし前も面倒なので随分前から側近にさせている。
暇潰しにもならない事ばかりで、骸は毎日退屈だった。
これはもう昔からだけど、何をしてもつまらない。
退屈にも飽きた日々に、それは本部の応接室の中に現れた。
応接室の前を通るとスーツを着込んだ部下たちが、ソファを取り囲んでいた。
可哀想な債権者が今日も一人嬲られているのだろうと思ったが、何やら様子がいつもと違う。
何だか空気が微妙なのだ。
怒鳴り声も聞こえなければ物を壊すような音も聞こえない。
ただ呆然と立ち尽くしているような、微妙な雰囲気なのだ。
厄介な人間でも来たのかと応接室に足を踏み入れると、
骸に気付いた部下たちが一斉に「お疲れ様です!!」と腰を折った。
男たちの隙間からソファに腰掛けている青年が見えた。
(・・・子供?)
青年はTシャツにジーンズというラフな姿で、
更に骸に気付かないほどぐじゅぐじゅと泣いていたのでとても幼く見えた。
誰にでもお金を貸して差し上げるという親切な心と
どんな理由があってもどんな手を使っても必ず回収するという強靭な精神力をモットーにしているし
高校生に貸し付けて親から回収したりもしているが、本部に高校生を連れて来ても意味がないだろう。
骸は応接室にいた側近の城島を手招きして部屋を出た。
社長室に戻って椅子に深々と腰を掛けると、骸は口を開いた。
「あの子供は何ですか?」
言うと城島はすぐに微妙な顔をした。
何だというのだ、あの子供は。
「子供っていうほど子供らないんれふが・・・」
言うと後ろに控えていた部下が城島に書類を手渡した。
その書類を骸の前に差し出す。
「沢田綱吉、24歳れふ。」
骸はぱちりと瞬きをした。
「24歳、なんれふ・・・俺らの一コ下れふ、骸しゃん。」
骸が理解出来ていないのを察するように城島が微妙な声を出す。
あの容姿で24歳なのがまず理解出来ないが、
書類に添付された運転免許証のコピーの生年月日は間違いなく骸の一歳下の24歳だった。
更に視線を落とすと貸付金が一千万になっていて、骸はまたぱちりと瞬きをした。
色々な人間を見ているので、骸はぱっと見で大体の人間の金遣いや性格が分かったりするものだが
この沢田綱吉だけはまったく分からない。
浪費癖があるようにも、ギャンブル好きにも見えないが、一千万も何に使ったのか。
それに借金をした事すらないようで、ブラックリストに載るどころか、借金履歴は真っ白だった。
可能性があるとするなら、
「・・・誰かの保証人になっているのですか?」
そうなんれふー、と城島がまた微妙な声を出す。
城島は部下が差し出した書類を受け取って、読み上げた。
「会社の上司の取引先の、その取引先の人間の部下の友達の弟の保証人れふねー・・・」
「・・・。」
「・・・。」
「・・・何て?」
「えっとれふねー会社の上司の取引先の、その取引先の人間の部下の友達の弟の保証人れふー・・・」
言い終わると骸の前に書類を差し出した。
「・・・どうでもいいくらい他人ですよね?」
「そうなんれふけど、今どきそんな他人の保証人になったらしいれふよー・・・」
城島の目は生気がなくなっている。
応接室のあの微妙な空気の理由が何となく、伝わってくる。
「それで彼は何をあんなに泣いているのですか?自分が保証人になっているのを知らなかったとか?」
「違うんれふよ・・・返済する気満々なんれふけど、
給料日が25日だから25日に払いに来るって言いに来て、すみませんって謝ってるんれふ・・・」
「・・・。」
「・・・。」
「・・・うちは確か月末締めですよね?」
「はいー」
「25日でも間に合ってますよね?」
「はいー」
「・・・。」
「・・・。」
骸は思わずこめかみを押さえた。
ある意味取り立て屋潰しだ。
だって責め立てる理由がひとつもない。
部下たちのあの呆然とする姿も納得だ。
「れもれふねー元の借主が蒸発した時に部下が会社まで行って随分派手にご挨拶したらしいんれふ。」
「処分。」
「済んでまふ。」
骸は満足そうに頷いた。
「それで会社クビになったらしいんれふよ。アパートも追い出されそうって言っててれふね
れもバイト見付けたからそれでちゃんと返すって言ってまふ。」
「・・・。」
骸は腕組みをした。
バイトと言っても高が知れているだろう。
それではすぐに利子も払えなくなる可能性の方が高い。
城島は黙り込んだ骸に歩み寄った。
「どうしまふか。保険金掛けさせまふか?」
骸は長い指をとんとん、と動かした。
「彼をここに呼んで来なさい。」
失礼します、とおずおずと入って来た少年のような青年は、
泣いていなくてもその大きな目で幼く見えた。
「どうぞ、掛けてください。」
もう一度失礼します、と言って綱吉は革張りのソファに体をちょこんと置いた。
骸は正面に腰を掛けて、コーヒーを、と部下に告げた。
「あ、あの、お構いなく・・・!」
「いえ、お客人なので。」
言うと綱吉は慌てて身を乗り出すから、骸はぱちりと瞬きをした。
「あ、あの、実は俺コーヒー飲めなくて・・・!せっかく出して頂いても口を付けないと失礼だから
あの、本当に大丈夫です・・・!!」
微妙な空気が社長室を支配する。
これか、と骸はどこかで納得する。
ここまで誠実にされてしまうと、
どんな悪人でも僅かばかりの良心を引き出されてしまうというか、要は慣れていないのだ。
こういう、利害なく誠実にされるという事に。
「それなら日本茶は飲めますか?」
「え・・・!!」
「飲めますか?」
「え、あ、はい・・・!」
部下が部屋を出て行くと、綱吉の視線が骸に向いているのに気付いた。
大きな目がうるうるとして、じっと骸を見詰めている。
まさかいい人だとでも思っているのだろうか。
コーヒー止めてお茶にしただけで?
骸は居心地が悪くなって目を伏せた。
「ところで、部下が大変失礼をしたようで、会社をお辞めになったとか?」
「あ、でも今ちゃんと働いているので、それでお金はお返しします・・・!」
後ろに立っている城島の生命力が低下したのが分かった。
他の部下たちも呆然と立ち尽くす。
「・・・そうですか。」
それしか言えない。
それなのに綱吉はどう受け止めたのか悲しそうな表情をした。
まったく分からない。
しかも寝ぐせか何か知らないが、さっきから空調の風でもみあげの辺りの髪の毛がひよひよしている。
どうしたらいいんだ。
誰でも口先でやり込める自信があるのに骸は言葉に詰まる。
社長室に微妙な空気が漂う。
「あ、あの・・・俺じゃ頼りないと思うんですが、必ず、お返ししますので・・・」
ひよひよ。
髪が動いている。
もう笑ってしまいたい衝動に駆られる。
そうか、悲しい顔をしたのはこっちが返して貰えるか不安になっていると思ったのか。
それはまったく心配してない。
回収率はお陰さまで100パーセントだから。
「・・・まぁ、それは心配してませんが、なぜ保証人になったのですか?」
ここは部下たちも気になっていたようで一斉に視線が綱吉に集まった。
城島も一歩前に出たのが分かった。
「あの、ですね・・・、」
強面の男たちの視線を一身に集めておどおどしながら綱吉は口を開いた。
「会社の前で、声を掛けられまして・・・上司の・・・えっと、取引先の取引先の・・・・」
「部下の友達の弟ら。」
記憶を辿るようにする綱吉に焦れて城島が助けを出すと、綱吉はぱあと顔を輝かせて
城島の生命力がまた低下した。
「あ、そうです・・・!それで、ちょっとだけ名前を貸してくれないかって言われて、」
後ろで城島がああ・・・と残念そうな声を出した。
骸もまったく同じ気持ちだった。
それ、上司の何とかとか全部嘘だから。
「何か月も食べてなくて凄く困ってるって言ってて、」
さっき借主の書類もついでに見たが、証明写真はまるまると肥えていた。
あれで何か月も食べていないと言うのなら、とんでもない巨漢だった事になる。
それにそもそも何か月も食べてなかったら死ぬから。
「しかしその借主は蒸発しましたね。」
「はい、あの蒸発と言うか、実家のお母さんが病気で倒れたって言ってて」
後ろで城島がうわぁ・・・と声を漏らした。
骸もまったく同じ気持ちだった。
それ、絶対嘘だから。
「連絡は付くのですか?」
「いえ、でも携帯買えるようになったら連絡くれると言ってました。」
「骸しゃん、すみませんしゃがんでもいいれふか・・・?」
「・・・どうぞ。」
普段なら絶対許さないが、これは仕方ない。
立っていられなくなるのも仕方ない。
「それに俺が返済した分も返してくれるって言ってました!
だから今は俺が保証人だから、ちゃんとお返しします!」
「ですが、アパートも追い出されそうだと聞きましたが?」
「はい!でも家賃の分も返済に充てられるのでよかったです!」
後ろで城島がころんと転がったのが分かった。
いい。今日は許す。
微妙どころか社長室全体に重い空気が落ちてくる。
綱吉はその重い空気をまた自分が不甲斐ないせいだと思ったらしく、しゅんとした。
分かり易いが、理解が出来ない。
何だかむずむずしてくる。
「・・・沢田さん。」
「はい・・・!」
「今はバイトと聞きましたが、言わせて貰えるなら返済は滞ると思いますよ。」
「あの、頑張ります・・・!」
「頑張っても限界はあります。」
「何でもするつもりです・・・!!」
「何でも、ですか。」
「はい、何でも・・・!」
骸はその色違いの瞳でじっと綱吉を見据えた。
「それなら保険に加入して死んでください。」
ざあ、と綱吉の顔が青褪めた。
骸は背凭れに寄り掛かって足を組んだ。
「と、言われたらどうするつもりですか?」
「え・・・!」
「あまり軽々しく何でもすると言わない方がいい。特に、こういう場所では。」
青褪めていた綱吉の頬にじわじわと色が滲んでいって
大きな目がゆらゆらと骸を見詰める。
「・・・。」
まさかまたいい人だとか思ってないか?
からかっただけなのに?
骸は大層居心地悪くなって視線を流した。
「とりあえず、」
骸が仕切り直す声を上げると、部下が綱吉の前に書類を差し出した。
「そこにサインしてください。」
「あ、はい。」
部下が差し出したボールペンを、すみませんと言って受け取って
綱吉はサインを始めた。
「印鑑を持ってますか?」
「あ、今日は、持って来てないです・・・」
「それなら名前の横に母印を。」
「はい・・・!」
差し出された朱肉にすみませんと言って親指を押し付けて、名前の横に押す。
差し出されたテッシュをすみませんと言って受け取って親指を拭う綱吉の前の書類を、
骸は摘み上げた。
「これ、何の書類だと思いますか?」
「えっと・・・」
綱吉は書類に顔を寄せた。
「死亡保険、加入申し込み、しょ・・・・」
ざあ、と顔を青褪めさせて固まった綱吉に書類を掲げたまま骸が目配せすると
部下たちは一礼をして部屋を後にした。
城島も何とか立ち上がってぴょこんと一礼すると部屋を出て行った。
部屋に二人きりになったのにも気付かず顔を青くしている綱吉の目の前で
骸は書類をふたつに折った。
「これは母印では受理されないものなので、ただの紙切れです。」
灰皿の上に書類を置いて火を点けると、燃え上がる書類に綱吉は顔を青くしてわたわたした。
それからその大きな潤んだ目で骸を見詰めた。
小さな灯に照らされて、綱吉の目がきらきら。
「・・・。」
いい人じゃないからね?
ここがどういうところか少し分からせようと思っただけだからね?
本当にやり辛くて骸は思わずこめかみを押さえる。
「どうぞ、」
苦し紛れのように出されてそのままになっていたお茶を勧めると、
綱吉ははっとしていただきます・・・!と口を付けた。