生命の危機を感じると超直感が冴えに冴えて、すぐに捕まってしまうかと思ったが何とか逃げ切れたようだ。

綱吉は目に付いた小さな公園に足を踏み入れた。
ブランコに座ったら走り過ぎたせいで足ががくがくして、後ろにそのまま倒れ込んだ。

なので大人しくベンチに座った。

公園の大きな時計の安っぽい蛍光灯がじじと音を立てる。

(う、うそ・・・!!)

時計を見たらもう12時前だった。どれだけ走っていたのか。
疲れがどっと押し寄せて来る。

「・・・。」

(むくろ・・・)

骸に、嫌な思いをさせてしまった。
せっかく誕生日なのに、勝手に怒ったり逃げたり。

綱吉はじわりと瞳を濡らした。

骸に好きな人がいるのなら、応援すればいいじゃないか。
元々骸が自分のことを好きになるはずなんかないんだ。

「・・・っ、」

濡れた瞳からとうとう涙が伝った。
頭では分かっていても、胸が痛い。

「ブッコロスブッコロスブッコロスブッコロスブッコロスブッコロスブッコロスブッコロスブッコロス」

聞き慣れた声が壊れたスピーカーのように物騒なことを繰り返すので、
はっと声のする方を見ると、リボーンが公園の入り口の真ん中にぽつんと立ち、口をがくがく痙攣させていた。

「マジで怖ぇ!!!!!」

ホラー映画のワンシーンのような顔面のリボーンは、空を飛ぶ勢いでジャンプすると青褪める綱吉の頭に踵落としをした。

「てめぇマジぶっ殺すぞ俺様の手を煩わせるなんていい度胸じゃねえか地獄の底の底の更にその底の底まで落としてやるよ這い上がってきても底からまた落としてやるよ俺今上手いこと言ったよな大体てめぇは」

「ちゃんと息継ぎして・・・っ!!」

怒りのあまりノンブレスで喋りまくっていたリボーンを心配したのに、再び踵落しを頂いた。
綱吉は頭を押さえてううと呻いた。

「そもそも何でここが・・・?」

リボーンは顔面を引き攣らせながらびしっと綱吉を指差した。

「てめぇには発信機が付いている。」

「なあ!?ど、どこどこどこ!?」

慌てて服をぱたぱたするがまるで分からない。

「どこだよ!?ど、」

綱吉は手を止めて目を見開いた。

リボーンのすぐ傍に、骸が立っていたから。

「てめぇ綱吉、帰ったら覚えてやがれ。」

青筋を立てながらもリボーンはぺっとツバを吐いて公園を出て行ってしまった。

引き止めたかったけど骸の目がそれを許していなくって、
綱吉は泣きそうな顔で観念したように瞼を伏せると席を詰めた。

骸は何も言わずに隣に座った。

「・・・出掛けてたんじゃないの。」

少し責めるような口調になって、綱吉は自分が嫌になった。
骸がどこに行っていようが恋人でも何でもない自分には関係がないのに。

「散歩に行っていただけです。」

(何でこういうときだけ、普通に答えるかな・・・)

罪悪感と恥ずかしさで瞳が滲む。
骸が前を向いたまま、緩く溜息を落としたのが分かった。

「なぜ、逃げたのですか?」

「それは・・・!」

骸が前を向いたままなのをいいことに、濡れた瞳を拭きもしなかった。

「それは・・・お前が般若」

綱吉は言葉を飲み込んだ。
一瞬ぴりっと空気が辛くなった気がした。

「先に俺を避けたのは、骸じゃないの・・・?」

「確かに避けてます。」

「な、ちょ、え、なあ、え、はっきり言い過ぎじゃ、ちょ、・・・えぇ?ろ、露出狂の変質者だから?」

「否定はしません。」

「あ、うん、そうだよな。」

綱吉は諦めの良い子である。さらっと頷いた。
骸は少し考えるように長い睫毛をふわりと瞬かせた。

「ですが、嫌で避けている訳ではありません。」

「え!?じゃ、なんで!?」

「・・・僕も男だから、とだけ言っておきます。」

「それって・・・どういう、意味・・・?」

「分からないなら永久に分からないままでいなさい。」

「・・・!!!」

とてもいい雰囲気で普通の会話が出来ていたのに、やっぱりぶっつり切られた。
綱吉は考えるように何度も瞬きしたが、瞬きしたからって分かるものでもない。

「ヒント、ヒント、」

食い下がってみるが駄目だった。
じろと睨まれてすみませんと素直に謝ったが、それよりも綱吉はほっとした気持ちの方が大きかった。

「・・・でも、嫌いじゃないならよかった。俺、てっきり骸に嫌われたと思ったから。」

骸がそっと綱吉を見下ろすと、綱吉は下を向くようにして笑っていた。

「枕じゃないよな。」

「何なんですかそれ。」

何か言い掛けた骸の唇は、綱吉が「あ!」と嬉しそうに上げた声にまた引き結ばれた。

「骸!12時だ、12時!!ちょうど、あ、10秒、あ、12秒くらい過ぎてるけど12時・・・っ」

思わず骸の腕をばんばん叩いた綱吉は、じりじりと灼け付くような殺気に青褪めて固まり、
そろおっと大人しく手を引っ込めた。

でもめげずに骸の方を向いて笑った。だってやっぱり骸の誕生日は嬉しい。

「誕生日おめでとう!」

無視だった。

「う、ぐ、」

骸は前を向いたまま平然としている。でも綱吉は今日ばっかりは無視されてもへらっと笑う。
綱吉もベンチに背中を預けて前を向いた。

「一番に言えた。」

骸が長い睫毛の下から綱吉を見遣ると、綱吉は少し俯くようにして、でも微笑んでいた。

「骸は、誕生日とかあんまり気にしないみたいだけど・・・俺からしてみたら結構大事なんだぞ。

上手く言えないんだけどさ、骸が生まれて来たから俺は骸に会えた訳で、生まれてなかったら会えなかったんだって思うと、
やっぱり骸の誕生日って特別な気がするんだああああああああああよおおおおおおおおおおおおおおおお!?!?!?」

引っ張られて回るように視界が流れて、温かさに包まれて息苦しくなって、
抱き締められていると気付くまで少し時間が掛かった。

強く感じる骸の体温に、切なさを孕むような腕の力に、綱吉はただ目を見開いて、
酸素を乞うように呼吸をすることしか出来なかった。

温い風が吹き抜けて、骸が唇を開いた。


「僕と結婚してください。」


世界が回るような錯覚に、綱吉は呼吸を忘れた。

「すぐは無理なのは分かってます。だから、それを前提に」

骸の肩の向こうに見える星空が滲んでいく。

「僕のものになってください。」

少し乱暴な告白はそれでも、喜びに変わるのは容易いことで、綱吉の瞳はゆるゆると水分を孕ませていく。

ぱちりと瞬きをしたら、涙が一筋頬を伝った。

綱吉は骸がそうしてくれたように、勇気を出して骸の背中にそっと、腕を回した。
二人の体温はもうどちらのもか分からないくらい、重なっている。

「・・・そしたら、毎年骸の誕生日が記念日になるな。」

静かに離れた体温に少し寂しさを覚えて、でも骸の白くて長い指先が、そっと柔らかく、綱吉の前髪を分けた。

晒されたおでこに緩い風が吹き付けて、そして、柔らかな唇がそっと触れる。


骸がおでこに優しいキスをくれた。


また抱き締めて、大切にします、なんて。
柄にもない台詞はとても優しい声で囁かれた。

とうとう涙がぽろぽろと落ちてきた。

「むくろ・・・うれしい、」

泣くのを許してくれるような掌が背中に添えられて、綱吉は嬉しくて声を出して泣いた。

ぶえええええと色気のない声でも骸は、綱吉が泣き止むまでずっと、抱き締めてくれていた。


骸のシャツの肩の部分がびしょびしょになってしまったことが大変申し訳なかった。

「送ります。」

「う、うん・・・ありがと、」

骸のシャツに鼻水付いてなければいいなぁと淡い願いを抱きつつ、綱吉は手の甲で鼻を拭った。

いつものようにすたすたと歩いて行った骸はふと振り返った。
不思議そうにしている綱吉の前に、手が差し出される。

「またいなくなると面倒なので。」

「うう、うん・・・!」

どきどきとして、そっと重ねた掌は、離れない強さで握られた。
じんわりと頬が染まる。

「押し入れじゃないよな?」

「だから何なんですかそれ。」

それでも前を歩くような骸に引っ張られるようにして、綱吉は骸の背中を見詰めた。

いつも怖いけど、根っこの部分が優しいのを知っている。

強くて頼りになる背中、この先もきっとずっとこうして手を繋いで生きて行くんだ。
こうして手を繋いで、同じ家に帰るんだ。それはきっと、遠くない未来。

「ふへへへへ」

思わず漏らした笑い声に、骸がきっと後ろを振り返ったので綱吉はびくっと体を引き攣らせた。