「沢田さん!最近変な奴とか周りにうろついてませんか?」
「えぇ!?な、ど、どうしたのいきなり・・・!」
病室に入って来るなりその造形の良い顔をもったいないくらい顰めた獄寺は、綱吉に詰め寄った。
その横で山本がベットの縁に腰を掛け、気安くするなと獄寺に叩かれた。
山本は叩かれた頭を摩りながら、んーと間の抜けた声を出した。
「まぁ、なんつうか・・・ずっとツナが何か怖がってるように見えてさ。この間もそんな感じしたし、」
「え・・・?」
まだ何か言おうとした山本の言葉を遮るように獄寺が体を乗り出した。
「とにかく!知らない変な奴がうろついてたらすぐに仰ってください!!」
「えぇ!?う、うん・・・!」
山本があ、と暢気な声を漏らした。
「ツナからしたら俺らも知らない変な奴らじゃね?」
「なぁ・・・!おま、なぁ・・・!てめぇはそうかもしれねぇが、俺は沢田さんにとって知らねぇ奴でも変な奴でもねぇよ!!取り消せよ!!」
「ん?何泣きそうになってんだよ?」
「うっせー!!」
いつもながら騒々しいふたりに、綱吉はぱちりと瞬きをしてからぷっと吹き出した。
声を出して笑い出した綱吉に山本も獄寺も動きを止めて、そして釣られるように笑った。
「いつも煩くて悪ぃな。」
「ううん!楽しいよ。」
「とにかく沢田さん!」
「はいいい!?」
ぐっと詰め寄って来た獄寺に驚いて小さく体を跳ね上げてしまったが
思った以上に真摯な瞳に、綱吉は言葉を詰めた。
「本当に、変な奴がいたら仰ってください。」
*
「あら、随分枯れちゃったわね。」
言って母親は枯れた花を花瓶から抜き取った。
「あ・・・!ゴミ箱には捨てないで・・・」
母親はぱちりと瞬きをすると嬉しそうに微笑んだ。
「そうね、枯れちゃってもゴミじゃないわよね。花壇にでも置いておきましょうね。」
綱吉はほっとして笑って、頷いた。
「あ、あのさ・・・母さん。」
「ん?」
言い出し辛そうにして視線を彷徨わせてから、綱吉はそっと口を開いた。
「・・・俺って、昔はどんな性格だったの?」
母親は屈託なく笑ってすぐに答えた。
「今と同じよ。」
綱吉は大きな瞳を揺らしてから、そう、と言って静かに微笑んだ。
けれど、すぐに震えてしまった唇を誤魔化すようにペットボトルに口を付けた。
医者にそう言うように言われているんじゃないかとか、
優しい嘘を吐いているんじゃないかとか、疑心暗鬼になってしまう。
綱吉はベットに座って膝を抱え、枯れていくばかりで増えなくなった花束をそっと見詰めた。
骸が病室を訪ねて来たのは、最後に来てから4日後のことだった。
出来る限り今まで通りにと思っても、
骸が寂しそうに見えてしまってどこかぎこちない空気に、
居た堪れない気持ちになった。
意味も分からず心がじわりとささくれ立つ。
「・・・六道さん、俺といて楽しいですか?」
「沢田くん?」
その呼び方でさえ距離を感じる。
「俺のこと沢田くんって呼んでたんですか?」
「え?」
「付き合ってたならもっと違う呼び方してたんじゃないんですか?」
どこか責めるような口調に骸はただ唇を引き結び、
言葉を選ぶようなそんな表情に綱吉は怒りに似た感情を覚えた。
「・・・そうなんですね。六道さんは今の俺と昔の俺を分けて考えてる。だから」
「沢田くん!」
骸がはっと口元を押さえるから、綱吉はぎゅっと唇を噛み締めてしまった。
咄嗟に出た呼び名はやはり、別人として捕えているからなのか。
綱吉は何とか気持ちを鎮めようとしたが、ゆるゆると瞳に涙が滲んできて、惨めな気持ちになった。
ぎゅっと掌を握るも、気持ちは波立つばかりだった。
「俺と六道さんは本当に付き合ってたんですか・・・?俺、六道さんのこと全然覚えてない・・・」
言ってはいけないと分かっていた言葉は、それでも音になり、どうしてそんなことを言ったのか自分でも理解出来ないまま、力任せに倒された体にベットが軋んだ。
はっと気付けば、押さえ付けるように骸が綱吉の体に乗り上げていた。
「体は覚えてるはずです。思い出させてあげますよ。」
淡々と言って引き千切るように開かれたシャツからボタンが弾けるように飛び散って、
床に散らばる音を遠くで聞いた。
吐息を掛けるように首筋に埋められた唇に、
綱吉は目を見開いたまま睫毛を震わせた。
押さえ付けられた手首は潰されるような力で押さえ付け、
黒い赤。
綱吉は息を詰めて目を見開いた。
「やだ・・・っ!!」
はっとしたときにはもう骸の胸を強く押し遣っていた。
骸は顔にかかる髪を振り払いもせずに、ただ呟くように言った。
「こんなことになるなら、ぜんぶ残しておけばよかった・・・写真も、何もかもぜんぶ、」
ゆったりと体を起こした骸は、泣き出しそうに顔を歪めた。
「あんなに愛し合ったのに・・・!」
骸が病室を出て行く音を聞いても綱吉は目を見開いたまま天井を見詰めていた。
瞬きも忘れた瞳から、つうと涙が滑って落ちる。
骸の言葉が胸に刺さって痛かった。
骸を傷付けてしまった。
その事実だけが綱吉の涙の理由だった。
*
骸に謝らなければならない。
けれども会いに来てくれると甘えていて、気付けば連絡先も知らない。
携帯も事故のときに壊れてしまったらしいから、
頼りになるのは自分の記憶だけだ。
どこに勤めているかとか、どこに住んでいるかとか、以前の自分なら知っている筈だ。
思い詰めた綱吉は、まだ外が暗い朝早くにナースステーションに向かった。
煌々と明かりが灯る部屋の前にそっと立つと、
看護師は些か驚いたように顔を上げたがすぐにおはようございます、と笑った。
「沢田さん、どうされました?」
「あの・・・先生はどちらにいますか・・・?」
「具合が悪いですか?」
「いえ・・・あの、俺の記憶、戻して欲しいんです・・・」
「え?」
綱吉は乗り出すようにして、懸命に訴えた。
だって思い出さなければ、骸に会えない。
骸は綱吉に呆れて、もう会いに来てくれないかもしれないのだから。
「思い出さなきゃいけないんです・・・!」
「沢田さん、落ち着いてください。」
「今すぐ思い出さなきゃいけないんです・・・!!」
*
重い体の感覚が強くなってくる。
霞むような視界の中で、鎮静剤を打たれたのを思い出した。
恥ずかしいことをしてしまった。
それでも覚醒を始めた胸にじわじわと押し寄せるものは焦燥感しかなくて、
離れて行った骸を想った。
ゆっくりと視線を動かすと、窓の脇に母親が立っていた。
少し俯いて目元を擦る仕草に、泣いているのだとすぐに分かった。
きっと朝方の騒ぎのことを聞いたのだろう。
「・・・母さん、」
はっとして綱吉の方を向いた母親は、赤くなった目元を誤魔化すように笑った。
「起きた?喉渇いてない?」
言うと綱吉に背を向けて、ポットから急須にお湯を落とした。
「・・・母さん、ごめんね。」
「あら、何で謝るの?」
「だって・・・、」
自分が、一体どんな人間だったのか分からない。
「母さん・・・俺、どんな性格だったの・・・?今とどこが違う・・・?」
ゆるゆると涙を滲ませて、とうとう涙を落した綱吉に、
母親はゆっくりと笑ってベットに腰を掛けた。
「つっくんはね、泣き虫でちょっとだけ弱虫で、でもとーっても優しい子だったのよ。」
抱き寄せられた頭に、綱吉は目を見開いた。
綱吉をそっと胸に抱いた母親は、綱吉の髪に愛おしく頬を寄せた。
「今と何ひとつ変わらないわ。母さんにとってつっくんは、世界でたったひとりなの。」
「・・・ありがとう。」
柔らかい背中に腕を回して、綱吉は涙を落した。
血を分けた家族に、長い付き合いの友人に、愛を誓った恋人に、
「覚えていない」と言われたらどんな気持ちなのだろう。
それはきっと、想像を遥かに越えた絶望だろう。
辛いのは自分だけじゃないのだ。
頭では分かったふりをしていたけど。
今更、分かっても何もかもすべて、遅過ぎるのだろうけど。
(・・・俺、六道さんのこと・・・)
記憶を失くす前の自分の気持ちが今なら分かる。
きっと性別を越えてまで、優しい骸に惹かれたのだと。
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