どちらが出て行くかは両者一歩も譲らずに平行線のまま
奇妙な共同生活が続いていた。


けれど綱吉はただいま、おかえり、と言い合える相手がいるという事が
とても新鮮で安心出来て、やっぱり骸は怖いけど、それでも嬉しかった。


結局どちらが出て行くかは決まらないので
荷物も引越して来た時のままになってはいるけど、このままでもいいかな、なんて思い始めていた。


だけど骸がどう思っているかは分からないし、
やっぱりどっちが出て行くかで相変わらず揉めに揉めたりもする。



そんな中でも、骸は平日が仕事が休みらしくて
綱吉も土日はフルで働いているのでバイトがない日は平日だったりで
学校もない日は一緒に家で過ごしたりしていた。

骸は普段帰りが遅いから、休みの日くらいは家にいたいのだと言うし、
それは綱吉も同じだった。



けれど、どうしても骸と趣味は合わない。



「ね、ね、マジ止めて・・・!」

綱吉はリモコンの電源をぷちりと押した。

「はぁ?何故君の言う事を聞かなければならないのですか。」

骸はリモコンの電源をオンにした。

「ちょ、マジ、ホント嫌なんだけど・・・!」

「知りませんよ。」

骸の大きなテレビは画像がクリアで、その中で今まさに惨劇が繰り広げられている。

「ホラー映画見た後ってよく眠れるんですよね。」

「悪趣味・・・!!」

じろ、と睨まれて綱吉は慌てて口を押さえた。

「俺が借りて来た方見ようよ!」

「いいですよ。全部見た後でね。」

テレビから叫び声が聞こえてきて綱吉は大きく体を引き攣らせた。
その表情も存分に引き攣っている。

「あ〜・・・じゃあ、俺・・・ちょっと出かけて来る・・・」

「それならこれ、返して来てください。」

突き付けられたのは、綱吉が借りてきたDVDだった。

「なぁ・・・!!何でだよ・・・!!」

「アクションは僕の趣味ではありません。」

「何だよそれ!骸が見た後で一人で見るからいいだろ!?」

「これを見ないと言うなら見せません。」

「な・・・っうぐっ」

両腕で頭を完全にロックされて、画面に向くように顔を固定される。

ぎゅっと目を閉じて見ないようにするけれど、音が嫌でも耳に入ってくる。
どうしてホラーはこうも聴覚まで刺激するのだろうか。
そしてどうして骸はこんなに見せたがるんだ。

嫌がるのを見て楽しんでいるんだ、絶対。

「ちょっと、泣く事ないでしょう?」

泣かせる気があるとしか思えない仕打ちだったが、
綱吉はあまりの恐怖にうう、と呻き声と涙を零した。

骸は呆れながらもティッシュを何枚も引き抜いて、
ぐずぐずする綱吉の鼻に押し付けた。

綱吉はうっかりそのまま鼻をかみそうになったが、
逸早く察した骸が綱吉の頭を叩いたので思い止まって自分でティッシュに手を添えた。

「そんなんでよく一人暮らししてましたね。」

「うう・・・だってこんなん見ないし・・・」

さり気なく電源を切ると、意外にも骸は付け返さなかった。

「俺親がいないから一人には慣れてるけど・・・こういうのは・・・」

あまりにも自然に口を突いて出てしまった事実に綱吉自身気付かなかったが、
すぐにはっとした。

こんな状況で告白する話しでもないだろうに、と
後悔するよりも早く骸が言った言葉に、綱吉は目を見開いた。


「ああ、僕もですよ。」


「ええ・・・!?」

あまりにもあさっり言うものだから、一体何が「も」なのか一瞬悩んだが
話しの流れから考えるに、骸「も」親がいないと言うのだろう。

「母親は男と逃げて、父親はアル中で死にました。」

「う・・・っ」

壮絶だが骸の生い立ちとしてはどこか頷ける気もした。

「・・・俺は事故だったんだけど・・・」

「そうですか。君も親戚の家をたらい回しにされたクチですか?」

「・・・うん。大変、だったな。」

君もね、と軽く返されて救われた気持ちになった。


不謹慎、だとは思うけど、同じような境遇だったのかと思うと親近感が沸いたのは事実だった。
それでもこうして立派に社会に出ている姿を見ると、
自分も頑張ろうという気持になった時に悲鳴が聞こえた。

「な・・・っちょ、マジ止めて・・・っ!」

「話も一段落着いたので。」

「着いちゃったの・・・!?」

今度は体を抱き込むようにして羽交い絞めにし、
更に頭を掴んで綱吉の体ごとテレビに向かせて固定した。

「ちょお・・・っホントヤダ・・・っ!!」

もがけばもがくほど骸が楽しそうにしているのがはっきり分かる。

「のお・・・っ!!む、骸・・・!!ヤダ・・・!!前のアパート思い出すしやだ!!!」

「前のアパート?」

骸がぴたりと動きを止めたので、綱吉はすかさず電源を切ってから骸を見上げた。

「・・・だって、前のアパート・・・ペンキだと思うけど、ペンキだと思いたいけど
赤い雫が階段から俺の部屋の前まで落ちてたり、く、熊のぬいぐるみのお腹が裂かれてたのが
首吊りみたいにドアノブに掛かってたりして・・・っ」

うぐうぐ、と泣き出しそうになった綱吉の鼻に、骸は丸めたテッシュを押し付けた。
ふわ、と頭に乗せられた大きな手に、綱吉は目を見開いて顔を上げた。


「やりすぎですね。絞めておきます。」


よしよし、と頭を撫でる大きな手。

どこの誰がそんな事をしたのか分からないのにそれでも、
骸の言葉が嬉しくて嬉しくて嬉しくて、大きな手が心地良くて、
綱吉は大きな目からぽろりと涙を落とした。


やっぱりこのまま一緒にいたいな、って思った。


けれど骸からしたら自分は、
手が掛かるだけだから迷惑になるんじゃないかと思うと、どうしても言い出せなかった。



「そういう訳で、続き見ますよ。」

「どういう訳・・・!?」





次の休日に、珍しくインターホンが鳴った。

「あ、俺出るね。」

はーい、と玄関を開けて、綱吉は目を見開いて固まった。

骸と同じくらい長身で痩身の男が二人、突っ立っていて綱吉が影に覆われた。

「お・・・おお?」

長身の二人は妙な声を上げた綱吉を、まるで珍しい生き物でも見るように見下ろしている。

「犬、千種、来ましたか。」

いつの間にかすぐ後ろに立っていた骸を見上げてから、また前を向いた。

長身に囲まれてもの凄い圧迫感だ。

綱吉は挙動不審にきょろきょろするが、逃げ場がない。

「二人は僕の、・・・・・・友人です。」

「何今の間・・・!?」

「そこ気にする所ですか?神経質ですね。」

「いやいやいや、今確かに変な間が・・・っうお・・・っ」

骸曰く友人たちが、やっぱり綱吉を珍獣でも見るような目をしている。

金髪の男の方はうへ〜とか言いながら匂いでも嗅ぐようにじろじろ見てくる。

「・・・・っ!???」

綱吉は自分に何か付いているのかと顔を触ったりしてみたが、何も付いていないし
とりあえずこの場が何か恐ろしい事になるような予感がしたので脱出する事にした。

「あ、俺!席外すよ・・・あ、泊まって行きますか・・・?」

面倒臭そうに眼鏡を押し上げた男は、泊まらない、とやっぱり面倒そうに言った。

「それなら二人が帰ったら連絡しますよ。」

「うん!じゃあ、あの・・・」

綱吉は勢い良く頭を下げて逃げるように走り出した。

階段の所で振り返ると、骸曰く友人たちは、まだ物珍しそうに綱吉を見ていた。

(な、何だろう・・・!?)

あの骸と同居しているのが物好きだと思われているのだろうかと思い至って
心の中で否定しようとしたが、出来なかった。

やっぱり自分でも物好きかもしれないと思うから。

あの二人は舎弟なのかと思ってすぐに頭を振った。

本当に友人だったらいくらなんでも失礼だろう。

家が壊れないかな、と何となく思って、
(いやいやいや、何で家が壊れるんだよ・・・)
と思い直した。



そう、ただ何となく、そう思っただけ、だから・・・?

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