学校へ行って、引越しを手伝ってくれた友達二人に、
住み心地はどうかと訊かれたので自分の身に起きた事を話すと
沸点の低い友達の一人は「ぶっ潰してきますそんな不動産屋!!!」と
怒り散らかして止めるのに苦労したし
いつも温厚なもう一人の友人も「穏やかじゃねーのな。」と
静かに怒り、竹刀を持ち出す騒ぎだった。
「怒る」事に疎い綱吉は二人の反応を見て
ああこれはこのくらい怒って当然の事なのかと目からウロコが落ちた。
それは確かにそうだろう。
ホテルの部屋がダブルブッキングしたとかそういう話しではないのだ。
綱吉に八つ当たりする辺りいかがなものかとは思うが
骸があれだけ怒ったのも当然なのだろう。
綱吉は悪くないのだが、ふつふつと罪悪感が沸いてきた。
一人じゃなにも出来なかっただろうし、実際怖いけど怖がったし
勝手に阿漕な商売してるんじゃないかと決め付けたし。
謝ろうかとも思ったが明確な理由を言ったら怒りそうだし、
例え謝っても怒られそうだし、とにかく悶々としながら家に帰ったら、
意外にも骸の方が早く帰宅していた。
「あ・・・おかえり、早かったね。」
と言った途端、骸の柳眉がぴくりと動いたので
もうどうしたらいいのと泣き出したくなった。
教科書で重く垂れさがったカバンをずるずると肩から滑らせて床に落とした。
「これ、取り返して来ました。」
立ち尽くした綱吉の胸元におもむろに押し付けられた封筒を反射的に受け取ると、
結構な厚みがあって、開いた封を覗き込むとお金が入っていた。
「え・・・!?これ!」
「君が不動産屋に支払った敷金と礼金、あと今月分の家賃です。」
綱吉は感動を隠しきれなかった。
きっと自分では丸め込まれていたに違いない。
「ありがと・・・」
感動に頬を染め、封筒を握り締めてからはっとした。
全額返ってきたという事は。
「ちょ・・・!六道さん!」
「六道さん?」
ぴくりと柳眉が不機嫌に引き攣る。
「な・・・っえ、じゃあ六道くん!」
「六道くん?」
微かに笑った形の良い唇が不吉で仕方ない。
「うぇ・・・!?ろ、六道!」
高圧的に組んだ腕の上に長い指が苛立たし気に上下している。
「目上の人間に対する口の利き方が分からないようですね・・・」
「おおお・・・っす、すみません・・・!じゃ、じゃあ骸さん!」
「気持ち悪い。」
「んなぁ・・・!!む、骸くん・・・?」
「何ですかその間の抜けた呼び方は。」
「どうしろって言うんだよ・・・!じゃあ骸!!」
ヤケクソで言ってぎゅっときつく目を閉じ、頭を庇うようにした。
無言の時間が怖い。
下される裁きを待つように、綱吉の心臓は痙攣しそうだった。
「それでいいですよ。」
随分とあさっり言った。
「いいのかよ・・・!?」
じろ、と睨まれたので慌てて口を押さえた。
目上の人間どうのこうの言っていたじゃないか。
下の名前なら呼び捨ててもいいのかよ。
悶々としたが、骸はもしかしたら元からこんなんじゃないのかと思った。
無駄に高圧的。
(無駄じゃない無駄じゃない無駄じゃない無駄じゃない)
思ってから懸命に否定した。
心の声まで漏れていそうで怖い。
ここまで来るとノイローゼ気味だ。
「それで、何ですか?」
「え・・・!?あ!そうそう!!」
あまりにも衝撃的な出来事に本題を忘れていた。
「これ、これ!全額返したって事はやっぱり俺が出て行くのか・・・!?」
骸は腕組みをしたまま高圧的に綱吉を見下ろすだけだった。
「・・・・っ!?出て行かないって言っただろ・・・!?と、取り返してくれたのはありがとう!
でも、だからってちょっと一方的・・・!」
綱吉は封筒を掲げて骸に詰め寄った。
「そうだ!これ、半分こしよう!半分こしたら・・・・」
「・・・・。」
綱吉はあれ?と首を捻った。
「いやいやいや半分こする意味分かんねー!半分こしたらどっちが出て行くの!?・・・ぐふっ」
ごん、と容赦なく頭を叩かれて、うっかり舌を噛みそうになった。
はっと見上げると骸は、
唇を一文字に引き結んで思い切りため込んでから一気に口を開いた。
「この、貧乏学生が!」
「なぁぁ・・・!!!」
あんまりの言い草に綱吉は大きな目を剥いた。
いや確かに貧乏だよ。
仕送りは当てに出来ないからバイトと奨学金で何とかしてるよ、だからって!
「な、なななんで・・・・!?」
何でそんな言い方されなくちゃならないのかと言ってやりたかったが
綱吉は目を剥いて口籠るのが精一杯だった。
骸は顎で綱吉のカバンを差した。
「それ、教科書でしょう?」
開けっ放しになっているカバンから教科書が覗いていた。
「人が出て行く時間になってもぐうぐうぐうぐう高いびきで、
そんな時間までのうのうと寝ているなんて学生以外何がいると言うのですか!?」
「ふぐ・・・っ」
「どうせ朝起きるのが辛いから一限目を避けて授業を取ったりしているのでしょう!?」
「ぐ・・・」
図星だ。
何も言い返せない。
「それに昨日シフトがどうの、生活がどうのと電話していたでしょう。」
確かに昨日の夜、バイト先から電話が入ってシフトを減らしてくれと言われた。
生活が懸ってるんだとみっともなく電話口で嘆いていたかもしれない。
「聞いてたのかよ・・・!」
「はぁ・・・?」
みるみる内に骸の顔が凶悪に影掛かっていった。
「う、うぐ・・・っ」
「聞いてたのではなく、聞こえたのですよ!」
形勢は逆転して今度は骸が綱吉に詰め寄って行った。
「こんな狭い部屋であんな大声で喚かれたら嫌でも聞こえますよね!?」
「ず、ずみまぜん・・・」
「どうせ貯金もしていないようなぐだぐだな生活をしているのでしょう!?」
「う、ぐ・・・で、でも・・・」
生活だけで目一杯なのだ。
貯金なんて出来ない。
「でもじゃない!」
「う、ぐ・・・ずびばぜ・・・」
ぐいぐいと詰め寄られて、とうとう窓まで追い詰められてしまった。
「話は逸れましたが!」
綱吉はびくんと体を引き攣らせた。
そんな大声出さなくたって。
「これは何かあった時のために銀行に預けておきなさい!」
「ふええええ・・・・・?」
思いも寄らなかった言葉に綱吉は間の抜けた声を上げた。
「僕が出て行こうが君が出て行こうがそれは君のものです。
ちゃんと銀行に預けておきなさい!」
いいですね、と念を押して体を翻した骸に、綱吉はぽかんと口を開けてしまった。
「あ、ああ、あの・・・」
「何ですか?」
「あの、ありがとう・・・」
骸はふん、と鼻を鳴らす。
「無駄な買い物に使わないように。君は騙されて妙な壺とか買いそうですからね。」
やっぱり一言多い。
「だ、大丈夫だよ・・・ちゃんとクーリング・オフ出来たし。」
「買ったのか・・・!」
「だ、だからちゃんとクーリング・オフ出来たから」
「そういう問題じゃない!」
「すみませ・・・!!」
「今度妙なものを押し付けられそうになったら、すぐに連絡しなさい!
僕が潰してやりますよ・・・!」
綱吉は目を見張った。
骸なら本当に会社ごと潰してくれそうだ。
けれどそれより何より、骸の言葉が嬉しかった。
頼もしくて、嬉しかった。
怖いけど。
握り締めてしまった封筒は、それでも自分のものだと言って貰えて、
綱吉は知らずに頬を赤らめてしまった。
(貯金、かぁ・・・あ、)
「あ、あのさぁ・・・骸、」
綱吉は頬を赤らめたまま場を和ませようとへらっと笑った。
「通帳ってどうやって作るの?」
不機嫌さを滲ませた鋭利な目に、綱吉はびくんと体を引き攣らせて封筒を落としてしまった。
次の日、骸が通帳を作ってきてくれた。
誰でもすぐに信用して印鑑を預けるなときつーいお説教付きで。
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