「沢田さん、これっすよ。」

会社に行くと、すぐに獄寺が雑誌を広げた。
目の前に広がったのは煌びやかなアクセサリーのカタログだった。

「アクセサリー?」

「ええ。沢田さんが隣の会社、気にされてるようだったので。」

「え!わざわざ買って来てくれたの!?」

「笹川が持ってたんで分捕って来たんすよ。」

「さ、笹川さんが!?」

女性のファッション誌を持っている笹川に驚きだが、
そういえば結婚を考えている恋人がいると聞いたから、その子に贈るために買ったのかもしれないと思い至った。


綱吉は雑誌のページに視線を落とした。


柔らかなラインのリングは女性が好みそうなモチーフに彩りも鮮やかな宝石が散りばめられていて
柔らかく白い指を連想させ、華奢なチェーンのネックレスはそれだけ見ていても、
女性の艶やかな鎖骨をラインを思い浮かべてしまう。


自分では想像力が乏しいと思っている綱吉でさえ、そんな思いに駆られる。


「・・・な、んか凄いね・・・こういうの、よく分からないけど、」

俺もよく分かんないっす、と獄寺は眉間に皺を寄せた。

「あ!何でそんなの持ってるの〜?私も買ったんだ!」

雑誌を覗き込んでいる二人の後ろを通った同期の女性が、
そう言って手に持っていた雑誌の表紙を見せてきた。

「あ、これ・・・隣の会社のなんでしょ?」

「そうそう!新作買っちゃったんだ〜」

げ、金持ち、と獄寺が潰れた声を出した。
アクセサリーはどれも当然のように二桁で、たまに三桁のものも混ざっていた。
確かに二十代も前半の女の子が持つにしては些か高価かもしれない。

「ボーナス注ぎ込んだんだ。」

得意気に胸元に光るネックレスを抓んで見せるから、
獄寺は女って分かんねぇ、とぼやいた。


綱吉は興味深くページを眺めた。


どれも豪奢で人目を惹き、けれどいやらしさは全くなかった。

きらきらと輝く光の粒は綱吉は見慣れなくてでも、
これのどれかに「彼」がデザインしたものが混ざっているのかと思うと
不思議な気持ちになる。


「それでね、私が買ったネックレスもそうなんだけど、
このブランドのトップデザイナーが
初めて顔出したんだよ。」

二人の間に腕を伸ばして、つけ爪の先で器用にページを捲る。

「うわ!」

「どうしました!?」

「いや、ごめん、何でもない!」


綱吉は口元を押さえた。


だってそこに載っていたのは、間違いなく「彼」だったから。


一面の広告の、左端に小さく彼の経歴が記してあって
その更に下に控え目に名前が載っていた。

(ろくどう、むくろ・・・)

「え、この人・・・モデルなの・・・?」

「ううん、デザイナー。カッコいいからさ、いい宣伝になるんじゃない?私も思わず雑誌買っちゃったし。」

はぁ、と綱吉は思わず感嘆の息を吐いた。


異国の女性と一緒に写っている。


緩く背中の開いたドレスから覗く女性の淡い褐色の肌の上に「彼」の白い手が添えられていた。


まるで恋人のように向かい合って柔らかく体を合わせている。


「彼」の肩に乗せられる女性の指には、きっと「彼」がデザインしただろうリングが嵌められている。


リングに焦点が合っているものの、「彼」の存在は大きい。


伏せられた切れ長の瞳は、赤と青の瞳が、睫毛の下でこちらを向いている。


綱吉は瞳を揺らした。


「あ!沢田くん、こういう女の人が好みなの?顔赤くなってる〜!」

「え・・・!?あ、ちがうよ・・・!?」

またまた〜と揶揄する女性に、獄寺は面白くなさそうな顔をした。

誤魔化すように視線を落とすが、写真の中の「彼」と目が合ってしまってどうしようもなくなる。

女性も過剰に肌を露出している訳ではないし、
いやらしく絡んでいる訳ではないのに、綱吉はなぜか居た堪れない気持ちになる。

恥ずかしいのに視線を外せない。


「彼」は笑っている。


笑っているけど、綱吉が見た柔らかい笑みではなかった。


笑っている口の形をしている、と言うのが合っているかもしれない。


だから電車の中で見た「彼」はやっぱり夢の中でだったのだと思った。
大体、綱吉が使っている電車を使っているかも分からないのだし、
随分と飲んだから、夢だったと思う方が自然な気がした。

それに綱吉が思ってた以上に有名なデザイナーだったから、
電車なんか使わないかもしれない。

「この雑誌発売されてからまだ一週間なんだけど、話題作りのCGじゃないかって噂も出てるんだよね。
他のプロフィールは一切伏せてるし。」

不意に声が降ってきて、綱吉ははっと我に返った。

「・・・CG?」

「うん。だって整い過ぎじゃない?」

「・・・まぁ確かに、人間ぽくないよな。」

獄寺は雑誌をまじまじと見詰めながら呟いた。

「・・・。」

(でも・・・)


確かに「彼」は隣のビルの中にいる。


この写真のままの姿で。


(ああ、でも・・・)


動く時間帯が違うのかもしれない。
だから誰も知らないのだろう。

朝も早そうだし、もしかしたら徹夜もざらにあるのかもしれないし、
普通の会社とは違って明確な昼休みもないのかもしれない。

もう何年もこの会社にいる綱吉だって「彼」に気付いたのはつい最近の事だったから
みんなまだ気付いていないだけなのだろう。



綱吉は「彼」が隣のビルにいる事を言いそびれてしまった。



それに自分だけが知っているから、教えてしまうのは何だかもったいない気もしたから。


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09.09.06