眩しくて目が覚めた。
目を開けるとちょうど窓から太陽が覗いていて
綱吉は眩しさで目を細めて寝返りを打った。
またカーテンを引き忘れて寝たようだ。
捲れたシャツを寝惚けながら直して時計を手繰り寄せて見たら午後二時過ぎ。
今日は予定がまるでないから寝てようと決めていた訳だが、これでは洗濯する気も起きない。
寝過ぎた。
きっと今日はこのままぐだぐだして終わるんだろうなぁ、とぼんやり思って体を起こした。
(・・・お腹空いた、)
冷蔵庫を開けると見事に何もなくて、面倒だけどコンビニまで行く事にした。
ここまで来たら家を一歩も出たくなかったけど、待っていてもご飯は出て来ない。
眼鏡を掛けて着替えようとベットの端に座ってシャツを脱ぐ。
けれど眼鏡に引っ掛かって首の所で止まると、
綱吉は力尽きるように動きを止めて溜息を吐いた。
(うう、面倒くさい・・・でも食べるものないし・・・)
中途半端に背中を出してシャツを顔に引っ掛けたまま静止してまた寝掛けたが
気合いを入れ直してようやく脱いだ。
そこまでしないと動きたくなくなる。
玄関を開ければ緩やかな日差しに青い空が高かった。
家でごろごろしているにはもったいないくらいのいい天気だったが
元々綱吉は出不精なので、これからどこかに行くような気力はない。
あくびを噛み殺してコンビニの自動ドアの前に立つ。
ふと視線を上げて、綱吉は目を見張った。
(わ!)
一気に目が覚めた。
人も疎らな店内に綱吉と同じように眼鏡を掛けた「彼」がいた。
(や、っぱり・・・あそこに住んでるんだ・・・)
この辺りにコンビニは数軒あるが、綱吉のアパートから一番近いのは今いるコンビニで、
そうなると「彼」の家からも近い訳だ。
どこか信じられずにいたが、こうして近所で会えば実感も沸く。
綱吉はこそこそと隠れるように「彼」から距離を取って店内に入る。
自意識過剰と分かっていても、部屋着のまま出て来たからなぜか気に掛かる。
「彼」はラフな格好だが、きちんとしているから。
(目、悪いのかな・・・)
視界の中に緩く「彼」を見る。
(今日、休み、なのかな、)
商品が陳列された棚を行き過ぎて、さり気なく視線を「彼」に向ける。
白くて長い指が、無造作に商品を籠の中に放っている。
(え、おか、お菓子・・・!?)
籠の中に放り込まれていくのは、籠の中を埋め尽くしているのは菓子だった。
綱吉は緩やかに視線を外した。
(意外、だ・・・)
綱吉からしてみれば「彼」がコンビニにいる事事態が意外だし、
その上甘いものばかりを選んでいるように見えたのも意外だった。
(仕事の合間に食べる、とか・・・?新商品とかチェックしてたりして)
また少しだけ、「彼」に親近感が沸く。
綱吉は無意識に小さく口元を緩めた時、女の子の騒ぐ声でふと我に返った。
顔を上げると若い女の子たちが携帯を翳して騒いでいた。
翳された先に「彼」がいる。
(あ、)
「彼」を見ると気付いていないように長い睫毛を伏せたまま、商品を眺めている。
カシャリ、と携帯が音を鳴らすほんの少し前にふわりと髪を靡かせて歩き出した。
女の子たちはあからさまに落胆の声を上げ、懲りずにレンズで追い掛ける。
雑誌に顔を出した以上、きっと「彼」もそれなりの反響を予測はしているのだろうけど
飽くまで「彼」はデザイナー。
少しやり過ぎな気もする。
レジにいる店員も何事かと顔を覗かせていた。
注意しようかとも思ったが、綱吉がそれを言うのは筋が違う気もするし
考えあぐねて足を引いた時に、後ろにいる人にぶつかってしまった。
「あ・・・!すみません、」
「いえ。」
柔らかい声が頭上から降ってきた。
少し苦い、香水の香りがした。
(え、)
目の前の女の子たちのレンズが綱吉の方を向いている。
自分を写そうとする筈はないから、
(あ、)
思い至って、後ろを振り返る。
白い肌は、陶器のようで、
硝子越しの赤と青の瞳はまるでショーケースに納められた高価な宝石のように、
長い睫毛が一度瞬きを、
安っぽい蛍光灯の光でさえ宝石のような輝きに魅せて、その双眸がゆったりと、
目が、合った。
目を見張った綱吉は(あ、笑う、)と思った。
形のよい薄い唇が柔らかくその口角を上げていく。
笑みは、写真に収まっていたような「形」ではなくて、
背後でカシャリと音がして綱吉ははと我に返った。
「すみません・・・!」
意味もなく謝罪の言葉が口を突いて出て、綱吉は駆け出した。
店を飛び出して走って、エレベーターも使わずに階段を駆け上がると部屋に逃げ込んだ。
そのままベットに潜り込む。
心臓がばくばくと音を立てて、じわりと汗が滲んだ。
あの柔らかな笑みを知っている。
でも電車の中で見た「彼」は夢じゃなかったのだろうか?
熱の籠る布団の中で丸まって、綱吉ははっとして大きな溜息を吐いた。
結局何も買わずに帰って来てしまった。
(何やってんだろ・・・)
初めて聞いた、柔らかい声。
耳の中で、響く。
綱吉はぎゅっと目を閉じた。
別にそこに「彼」がいる訳でもないのにしばらく布団から出られなかった。
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09.09.20