部屋の中が薄っすらと明るくなってきた。
鳥のさえずりが聞こえる。

(朝、だ・・・)

綱吉の目は天井の一点を見詰めたまま動いていない。

一睡もしてないのに何で全然眠くないんだろう、と人体の不思議に思いを馳せていた時、
骸が突然体を起こした。

叫びそうになってぐっと堪える。
反射的にきつく目を閉じて歯を食い縛った。

眠っているようには見えないが、綱吉は必死に寝たふりを決め込んだ。

視界が閉じているせいで恐怖は倍増する。
かと言って目を開ける訳にもいかない。
だって目が合ったら何て言っていいのか分からない。
「おはよう」と言ったら「おはよう」と返してくれるのだろうか。
昨日はよく眠れたかい?なんて平和な会話が交わせるとは思えない。

(うう・・・寝惚けてんのか・・・?)

骸は体を起こしたまま微動だにしない。
冷汗がつう、と首を伝った。

(怖ぇぇぇぇぇ!!!!!寝惚けてる骸怖ぇぇぇぇぇ!!!!!)

ようやく治まった震えがぶり返してきた。
殺すならいっそ一思いにしてくれとさえ思った。

「・・・・・。」

綱吉の覚悟をよそに、骸はベットを降りると乾いた音を立てて窓を開けた。
外の冷たい空気が部屋に入り込み、ふと骸の気配が消えた。

(・・・かえった・・・?)

恐る恐る目を開けると、風になびくカーテンが目に入った。
ゆっくりと部屋を見回すが、やはり骸はどこにもいない。

「・・・う」

堪え切れず声を漏らすと、一気に体の力が抜けた。

「・・・うう」

体の力が抜け過ぎて涙が出そうになった。
体が溶けて布団に広がっていくような感覚に身を任せる。

「何だったんだ・・・・」

呟きに応える声はなく。
時計を見たら起きる時間にはまだ早かったが、全く眠れる気がしないので起きる事にした。




綱吉は青い空の下、思い切り深呼吸をした。
清々しい朝だ。
心成しか何時もより空が青く見える。

(ああ、何だろうこの開放感・・・!)

自然と顔が緩む。
鼻歌を歌いたいくらい心が弾んでいる。

週の半分は走って登校するため、朝の穏やかな時間を堪能した事がない。
いいものだなぁ、としみじみ思う。

全てが輝いて見えると言っても過言ではない。
強い緊張を強いられた後の解放感はいっそ癖になりそうなほどだった。

綱吉はとうとう鼻歌を歌い出した。
周りの怪訝な視線など気にしていられるか、いや、むしろ怪訝な視線を向けられても
すれ違う人みんなに握手を求めて「ありがとう」と言いたい気分だった。

「生きてるって、素晴らしい・・・!」

穏やかな笑顔に涙を浮かべて言い切れば、綱吉の周りはどよめいた。

気になんかするものか。
だって生きてるって素晴らしいもの。


学校に辿り着いて山本や獄寺の顔を見れば、一層気が緩んで顔も緩んだ。
あの鬼の風紀委員長でさえ懐かしく感じる。

「お、ツナ朝からご機嫌だな〜」

「え、そうかな〜」

と言いながら、顔は緩みっぱなしで机にも頬擦りをした。

「凄い奇跡が起きたんだよ〜もう奇跡でしょこれ〜」

脈絡ない言葉にも山本は笑顔で「そうかそうか」と言ってくれるのでとっても嬉しい。

「十代目がお幸せなら俺も幸せっす。」

獄寺は朝から涙を流す。
普段は引いてしまいがちな獄寺の言動でさえ可愛く思えてくる。

(ああ、俺ホント幸せだな〜)

授業中も姿勢よくにこにこしている綱吉に、担任は怪訝な顔をした。
綱吉は笑顔で手を振って応えた。
一層怪訝な顔をされたが、気にもならない。

楽しい楽しい学校が終わって、帰り道を鼻歌交じりに歩く。

(そうだ!)

今日は奈々にケーキを買って帰ろう。
奈々に産んでくれてありがとうの意味を込めて贈ろう。奈々が喜んでくれればとても嬉しい。
なにせ大所帯なので全員分は無理だから、ランボたちにはお菓子を買って帰ろう。
幸せな気持ちはみんなで分けなくては。

奈々にケーキを渡したらやっぱり凄く喜んでくれて、綱吉もにっこりとする。
うざいランボに「ツナうぜぇ。」と言われるくらい遊び倒して、
いつも率先して綱吉を地獄に突き落とすリボーンは何故か今日は穏やかだし、
奈々の手料理はいつも美味しいし

(ああ、ホント幸せ・・・!)

幸せな気持ちが眠気に勝っているが、昨日は寝ていないので早めに部屋に戻った。
ベットを見ると幸せな気持ちがまた込み上げてきた。
至福の睡眠時間に胸をときめかせながら大きく伸びをして、ふとハンモックを見上げた。

リボーンがいない。

この時間ならもう高いびきの筈なのに。

(・・・いや、まさかな)

ちらりと頭を過ったものに軽く頭を振って、ふふ、と乾いた笑いを零した、時。

カラカラカラ・・・・

「窓から来たー!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!」

窓から入って来た自分を棚に上げて、骸は忌々しげに眉根を寄せた。

「普通の声量で話せないのか君は。」

ガチガチと体を強張らせる綱吉を無視して、骸は上着を脱ぎ捨てると当たり前のようにベットへ滑り込んだ。
まるで定位置と言わんばかりに壁際に体を寄せるとギリ、と綱吉を睨み上げた。

「寝ないん、ですか?」

「そうそうそうそう俺もちょうど寝ようと思ってたんだよね〜」

そうそうそうなんだよ、と言いながらぎこちない動きでベットに座るが
震えから足を上手く持ち上げられない。
仕方ないので手で足を持ち上げてベットに乗せる。
抉るような視線から不自然なほど顔を背けて体を傾けていった。

(うう・・・でも昼寝もしてないし、きっと今日は大丈夫・・・)

涙目になりながら枕に頭を落とすと、隣から短い呼吸が聞こえてきた。

(早っ!・・・よし、俺も寝る!・・・・・・・アレ?)

瞼を落とす事をも拒否するように、頭の芯が冴え冴えしている。

気付けば関節という関節に力が入り、不快な汗がじわりと滲む。

(あ、あれ・・・・)

緊張からばくばくと心臓が煩いほど脈を打つ。
眠気なんて全く来ない。



やはり骸が隣にいるのは非日常以外のなにものでもなく。

だから、眠れる筈がない。




08.12.15                                                                        三日目