昨日と同じくらいの時間に骸は突然起きだして
やっぱりじっと動きを止めて
その間綱吉は必死に死んだふりを決め込んだ。

骸が出て行った後はさすがにうとうとしてしまって、
結局いつもと同じく走って登校する羽目になった。


昨日とは打って変ってぐったりする綱吉は、ずっと机に突っ伏したままだった。

「ツナ?大丈夫か?何かあったか?」

「山本・・・」

日常の崩壊には慣れているつもりだったが、今回の事はレベルが違い過ぎる。
なんせあの六道骸が隣で寝ているのだ。

話せば少しは楽になるかなと、「実は」と口を開きかけてハッとした。
山本の隣には心配顔の獄寺が綱吉を覗き込むように立っていた。

山本はともかく、獄寺に「骸が一緒のベットに寝てる」なんて言ったら
隣三軒吹っ飛ばすくらい大量のダイナマイトを持って乗り込んで来るに決まってる。
それだけは避けたい。

「あ、え〜と・・・実は寝れなくて・・・あ、そうそう!チビたちが騒いじゃってさぁ」

ふふふ、と不自然な笑みを浮かべて適当な言い訳をしてすぐに後悔した。

「あんのアホ牛〜!!!十代目にご迷惑を・・・消してきます!!」

「ちょ、だめだめだめ・・・!!!落ち着いて、大丈夫だから・・・!!!」

ランボに対してもこれだ。
(絶対言えない・・・)
綱吉は顔を青くした。


授業中は寝る事にした。
けれど教師がそれを許す筈もなく、ことごとく妨害される。
五時間目辺りには、俺は眠いんだ寝かせてくれよ!と叫び出したい衝動に駆られた。

あまりにも机にしがみ付くので、放課後は担任に呼び出されて説教を食らった。
「ただでさえ頭が悪いのに」とまで言われた。
普段の綱吉ならすみませんすみませんと平謝りなのだが、寝不足で気が立っている。

じゃあ何ですか、死刑執行前日に脱獄した人間が隣にいて眠れるんですか
やれ畜生道だやれ地獄道だと言って蛇出したり幻覚見せたりする人間ですよ
世界大戦だ血の海だと言う奴に体乗っ取るとか言われて殺されかけたんですよ
そいつが何故か俺の隣で寝てるんですよそれはぐうぐう寝てるんですよ
しかも無駄に顔がいい上に背が高いんですよ意味分かりませんよそんな人間が隣にいて眠れるんですかあなた

言ってやりたい。
言ってしまおう。
なんせ気が立っている。

普段は温厚な綱吉が、まるで血に飢えた獣のような目で睨み付けてくるので
担任は大いに怯んで思わず顔を逸らした。

「あ、あまり反抗的だと親御さんを呼ぶからな・・・」

負け惜しみのように漏らした言葉は、しかし綱吉には十分な効果があった。
たちまちしゅんとしてしまう。

奈々には迷惑も心配も掛けている。
きっとこれからはもっと迷惑も心配も掛けてしまうだろう。
だからこんな小さな事で心配は掛けたくなかった。

綱吉はすみませんでした、と呟くと職員室を後にした。

夕暮れの廊下をとぼとぼと歩く。

(何で、俺のトコ来るんだろ・・・)

リボーンはまともに答えてくれないし、骸には怖くて訊けない。

(人がいないと寝れないとか・・・?)

思ってすぐに首を振る。
大体骸はいつも綱吉を見る時は虫でも見るような目をするので
人としてカウントされているかは甚だ疑問である。

(そうだよな・・・きっとあの二人も一緒にいるだろうし・・・)

千種と犬を思い出してから、綱吉は小さく首を捻った。

(一緒に、いるのかな・・・)

ずっと気にはしていたが、リボーンがまともに答えた試しがないのではっきりした事は分からない。

(・・・俺、骸の事何も知らない・・・)

思い至って、なぜか酷く取り残されたような気持ちになった。
溜息と一緒に教室のドアを開けると、そこには山本と獄寺がいた。

「え、あれ・・・待っててくれたの!?」

「もちろんっすよ!」

(うわ〜友達っていいなチクショー!)

素直に嬉しくて、半泣きになりながらもにやにや笑って近付いていく。
「説教オツカレ!」と山本に頭をぐしゃぐしゃされ、獄寺が「てめー!!!!」と怒鳴るいつもの光景に
心底安堵した。

「ツナ、今日さ、チビたち連れてウチに泊まりに来いよ。」

「んなぁ!!!」

妙な声を上げたのは獄寺だった。

「これから一杯遊ばせれば夜は大人しく寝るだろ。もし騒いじまっても俺が相手するからよ。」

「え、で、でも悪いよ・・・」

「いや、俺一人っ子だろ?たまには兄弟気分味わいてーんだよ。親父も賑やかなの好きだしさ。な?」

綱吉を気遣ってそう言っているのは分かったが、そこまで気遣ってくれているのを無下には出来ないし
純粋に嬉しかった。

「あ、うん・・・じゃあ、遊びに行ってもいい?」

「もちろん!」

「俺も行く俺も行く俺も行く俺も行く俺も行く俺も行く俺も行く俺も行く俺も行く」

「ちょ、獄寺君、壊れたスピーカーみたいになってるけど大丈夫!?」

友達の家に泊まりに行くのは初めてだ。
絶対楽しい。知らずにウキウキしてきていた。
またにやにやしていたが、ふと我に返った。

(骸・・・今日も来るのかな)

不眠と言う割にはぐっすり寝ているから少なくとも昨日と今日はたっぷり寝ている筈だ。
もしかしたら不眠は治ったのかもしれない。

来たとしても綱吉がいなければ帰るかもしれないし、
あのベットが気に入っているなら勝手に寝て帰るかもしれない。

(いや、でも・・・捜しに来たらどうしよう・・・山本はともかく、獄寺君と顔を合わせたら)

半径100メートルくらい被害があるかもしれない。
ぞっとしたが、すぐに思考を止めた。

(・・・骸が俺を捜しに来る訳ないか・・・)

「ん?何かしょげてっけど、どうした?」

「え!?あ、ううん!何でもない!」

(あれ・・・?俺しょげてた?)

咄嗟に誤魔化したものの、自分がしょげていた自覚はなかった。
骸と獄寺を憂いての事だと自分を納得させて、綱吉は笑った。




寝る前にみんなでカードゲームでもしようとか、他愛のない会話を楽しんで
小さな旅行気分を満喫していた。

ふと顔を上げて、幸せに綻んだ綱吉の口角はみるみる下がっていき、
きらきらしていた顔は急激に青褪めていった。

傾いた橙の日差しを受けた校門の上に、何か立っている。

嫌というほど見慣れたその不吉な小さな影。

「ぃよう、ツナ。」

「ぐふっ・・・!」

ドスの利いた挨拶と共に、柔らかおててが綱吉の横面を張り倒した。
小さな体のどこにそんな力があるのか、綱吉はそのまま地面に吹っ飛んだ。

とことこと歩み寄る可愛らしい足は、死神のように見えて綱吉は目元を引き攣らせた。
リボーンは無情にも転がった綱吉の顔面にその愛らしい足を乗せる。

「どこ行く気だって?ああ?」

マシュマロフェイスにくっきり青筋。

「よう、小僧!」

山本は見慣れた光景に動揺もせずに、にっこり笑った。

「ちゃおっす山本。悪ぃがツナは今日から夜は外に出られなくなっちまったんだ。」

「え?そうなのか、ツナ?」

「ええええっつか何でリボーンが今日の事知ってんの・・・!?」

奈々にはまだ連絡していないし、リボーンには言わないように口止めしようと思っていた。

「あ、俺俺。ツナをどっか連れてく時は連絡してくれって言われててさぁ。」

帽子の陰でにやりと不吉に笑ったリボーンに、綱吉は身震いした。

「ツナ大事にされてるよな〜」

「違う違う、大事じゃなくて監視ぐは・・・っ!!!」

顎を蹴り上げられて転がった。

「十代目渋いっす!俺も転がっていいっすか!」

少し遅れて校舎から出て来た獄寺は綱吉に倣って転がり始めた。
獄寺の奇行に綱吉はうう、と呻くしか出来ない。

「よう、獄寺。気持ち悪ぃとこ悪ぃんだがとりあえず転がるなや。」

「リボーンさん・・・!何時の間に!?気配感じなかったっす!さすがっす!」

二人のやりとりに綱吉は最早呻く以外何も出来なくなった。

「つー訳で、今日のお泊まり会は俺が行く。」

「ええっ!?ずるっ」

「リボーンさんが!?十代目とはご一緒出来ないんすか!?」

「ああ。ツナは大事な大事な用があるんだよな、なぁ?ツ・ナ・ヨ・シ〜?」

(ヤバイヤバイヤバイヤバイ・・・!)

リボーンが綱吉呼びをする時は決して口応えしてはいけない事を意味している。
もう嫌というほど体に叩き込まれているので、綱吉はぶるぶる震えながら何度も頷いた。




こうして綱吉はリボーンに文字通り引き摺られて家路に着く羽目になった。

赤子に襟首を掴まれて引き摺られていく中学生の姿に周囲がどよめいているが、
綱吉にはもう恥ずかしがる気力もない。

カバンを胸に抱え込んで夕暮れの空なんか眺めてしまっている。

(あ、飛行機雲)

遠い目でうっそりと目を細める。現実逃避でもしてないとやってられない。

「パジャマどれがいいかな〜」

うきうきとしたリボーンの声は、嫌がらせではなく思わず漏れてしまったようなものだった。

「楽しそうだなコノヤロー!!!」

「だって楽しいもん。」

(っちくしょー!!!)

言ってやりたい罵詈雑言は山ほどあったが、綱吉は我慢の子である。
せっかくリボーン様のご機嫌も麗しいので、ぐっと唇を噛んで言葉を飲み込んだ。

大体理不尽過ぎる。
何で自分ばっかり骸の相手をしなければならないんだ。

「・・・骸の奴、ホントに寝れないの?ぐうぐう寝てるけど。」

「良かったな。」

「俺は良くない!」

「一か月くれーまともに寝てなかったらしーぞ。」

「はあああ!?一か月!?!?それ人間じゃねーよ・・・!」

言ってからハッとした。
一か月という期間には覚えがあった。

「一か月って・・・・」

「そうだ。ちょうどてめーらが骸たちと戦り合ったくれーだ。」

もう遠い過去の出来事のように思えるが、黒曜で死闘を繰り広げたのはまだ一か月前の話だった。
綱吉はきゅっと唇を噛んだ。

「・・・もしかして、俺の炎にあたった後遺症、とか、なのかな・・・?」

「知らねー。」

「でも、そうだとしたら何で俺のトコに来るんだろう・・・」

「知らねー。」

「なぁ・・・!?お前知らない知らないって・・・!」

リボーンはふん、と鼻を鳴らした。

「俺は骸じゃねーんだ。骸の気持ちなんて分かる訳ねーだろ。骸の事は骸に訊け。」

綱吉は一瞬目を瞠ってから、カバンをぎゅうと抱き込んだ。

「・・・・まともな事、言うなよな・・・・」

リボーンは「分かればいいんだ。」と言って帽子の陰でふと笑った。




2008.12.29                                                                 三日目夜