綱吉はぼんやりと天井を見詰めていた。

泣く気はないのに未だに頬を涙が伝う。

開け放たれた窓から
早朝の凛とした空気が流れてくる。

骸のあの冷たい目を思い出すと
胸の奥がじくじくと痛んだ。

考えたくなくて無理矢理体を起こしたら
壁に掛けられたままの骸の上着が目に入った。

(あ・・・忘れて、行ったんだ・・・)

無意識に手を伸ばすと、
ハンガーからずるりと落ちた。

大きな上着。

手を通してみる。

(・・・やっぱ、大きいな)

綱吉の手の先から30センチくらいは長い。
手が出ないままの袖にそっと顔を埋める。

意識してなかったけど、骸の匂いがした。


何でこんなに泣けるんだろう。


綱吉は力なくベットに横たわって、
なびくカーテンの隙間から白み始めた空を眺めた。

(もしかして、俺・・・・)

気付いてももう、遅いのかもしれないけど。


 


何もする気がしない。
今日が土曜日で良かったと思った。

時間の感覚が分からないままずっとベットに横たわっていて
どれくらい経ったか、部屋の扉が開いた。

少し期待したけど、骸じゃないのは分かっている。

「辛気くせぇ。マジきのこくせぇ。」

リボーンの意味の分からない言いがかりにも
綱吉は全く反応せずにベットに横たわったままだった。
 
「うぜぇなぁ。」
 
背中を向けたままの綱吉の頭を足でごろごろ転がすようにするが
綱吉はされるがままだった。
 
「首の骨折るぞ。」
 
「止めろって・・・」
 
頭に乗っていた足を払うと、こめかみに
空中三回転からの踵落しを決められた。

「ふぐ・・・っ!!!」


「あ、きのこと間違えた。」

イラッとした。
そりゃイラっともするさ。
綱吉だって人間だもの。

でもイラっとしたおかげで少しだけ
目が覚めた気がした。

「・・・骸、今日来る?」

心のどこかでは来ないのだろうと分かっていたが
訊かずにはいられなかった。

「知らねー。」

リボーンから返ってくるだろう言葉も何となく分かっていたが
分かっているのと納得出来るのは全く違うものだった。

綱吉は一気に体を起こして振り返った。

「お前・・・知らない知らないって、嘘吐くなよ!
じゃあ何で最初の日は来るって分かってたんだよ!ごは・・・っ!!」

空中五回転からの両踵落としが綱吉の脳天に炸裂した。

「生意気なんだよ。クソっかす野郎が。」

マシュマロフェイスをぐしゃっと歪めて
ケッっと鼻を鳴らした。

「ひでー罵り言葉だな・・・!」

「俺が骸と連絡取ってたらおかしーだろが。
城島と連絡取ってんだよ!」

犬と連絡を取ってる方が確実に違和感があるが
話しをややこしくしたくなかったので
聞かなかった振りを決め込んだ。

もうこれ以上精神的にも肉体的にもダメージを受けたくない。

「じゃ、じゃあさ、犬に訊いてみてよ・・・」

「はあ?」

はあ?じゃないだろ。
と言ってやりたいが、逆らえば望みは絶たれる。
綱吉は我慢の子だから、頑張って我慢した。

「骸の事を城島に訊くのはお門違いだろ。
骸の事は骸に訊け。」

「いや、分かってんだけどさ・・・骸の連絡先知らないし・・・
だから今日来るかどうかだけ・・・」

「骸が来たら連絡先訊いて骸に連絡すりゃーいいだろ。」

「いや、だからさ、今日の事を訊きたい訳で・・・
今日来るか分からないのに今日の事訊けないだろ?」

「だから骸が来たら骸に今日来るのか訊けばいいだろ。」

「いや、だからさ、今日の事訊きたいんだって。
今日来たら今日来るのか訊いても意味ないだろ?」」

「はあ?だから骸が来たら今日来るのか訊けばいいだろ。」

「あ、あのね、今日の事訊きたいんだってば」

「あ?だから骸が来たら骸に訊けばいいだろが。」

「いや、あの、あのね、だからね」

ここはどうしても引き下がれない。
何とか分かって貰おうと
不毛なやりとりを根気強く十分ほど続けてから
綱吉は「そうだ!」と声を上げた。

「じゃあさ!犬の連絡先教えてよ!
犬から骸の連絡先訊けばいいだろ?」

「ざっけんな!!」

「何で・・・っ!?」

横面を張り飛ばされて壁まで吹っ飛んだ。
今のはかなり理不尽だと憤って顔を上げると
リボーンが愛らしい唇をわなわなと引き攣らせていた。

「俺が簡単にあいつらの情報を漏らすと思うか?あ?」

「そんな大げさな・・・ごはっ」

「寝言は寝て言え!!」

渾身の平手打ちが綱吉の頬にめり込んだ。

「そこらの中坊が携帯番号交換するのと訳がちげーんだ。
まさかてめー、あいつらが置かれてる状況忘れた訳じゃねーよな?」

「あ・・・」

「あいつらは腐るほど恨み買ってんだ。
しかもあいつらの能力を喉から手が出るほど欲しがってる連中だって
いるんだぞ。てめーがうっかり情報を漏らしてあいつらに何かあったら
どーすんだオラ。」

「うう・・・でも」

「でももへったくれもねーんだ。クソは死ね。」

「言い過ぎじゃね・・・?」

綱吉の訴えを鮮やかに無視して
リボーンは仁王立った。

「だからリーダー格の骸とは連絡取らねーんだよ。
城島はぶっとんでっからマークされにくいんだ。」

まさかリボーンがそこまで考えていたとは思わなかった。
綱吉は言葉を失くした。

「城島は動物以下だが骸のためならやるときゃやるんだよ。
だからあいつに任せてんだ。」

何だかとんでもない罵り言葉が混ざっていたが
リボーンの言う事は正しい気がした。

「まぁ、城島には定期連絡入れさせてっから
こっちからは連絡できねーんだけどな★」

正直殺意が芽生えた。
だったら初めからそうおっしゃって欲しいものだ。
少し見直した自分が恥ずかしいし、
踵落としされ損じゃないか。
恨みの籠った眼差しを向けるが
そんなものはリボーン様には通用しない。

「で?何なんだよ。何でそんなに骸の事気にしてんだよ。」
 
綱吉には何故リボーンのご機嫌が良くなったのか全く分からない。
リボーンはとってもニヤニヤしている。
綱吉の怒りなんて微塵も気にしてないふかふかほっぺを
引っ叩きたい衝動にも駆られる。
 
けれどそんな事したら棺桶に入る事になりそうなので、我慢。
 
リボーンなんかでも話せば少し楽になるだろうか。
一人で抱え込むには大き過ぎる。
 
「・・・じ、実は骸の事怒らせちゃって・・・」
 
「下手だからか?まあそりゃあ仕方ねーよな。
初めてなんだから大目に見て貰えよ。
 
「は、はあ・・・???」

「ただでさえ色気ねーんだからよ。
ぶりっ子しろ、ぶりっ子。そしたら骸も喜ぶっつの。」

「え・・・??お前、何の話ししてんだよ・・・?」

ぽかんとした綱吉の反応に、
ご機嫌でベラベラ喋っていた筈のリボーンの愛らしい唇が
わなわなと引き攣り出した。

「・・・てめーら・・・昨日何、してたんだ?」
 
「な、何って・・・驚いて骸に抱き付いちゃって
そしたら怒っちゃって・・・」
 
「くっせぇ!!!」

ボゴン、と有り得ない音を立てて頭突きをかまされた。
綱吉はその場にくちゃりと潰れ、かましたリボーンも千鳥足になった。
けれどリボーンの怒りは痛みなんかに負けない。
 
「どこまでくせーんだ、てめーら!」
 
綱吉は思わず自分の体のにおいを嗅いだ。
 
「そんなに言うほどじゃ・・・」
 
「そのくせぇじゃねぇ!!」
 
「分かんねーよ・・・!」

跳び蹴られて吹っ飛びながらも抗議は忘れない。

「あああああああああ!!!うっぜぇっ!!!!!!!」

ぶるぶる震えながらドスの利いた声を出すリボーンの目は
完全にイッている。
さすがの綱吉も綺麗に引いた。

「ちょ、おま、目がイッちゃってる・・・」

「るっせぇ!!!!」

この十数分の間に、一体何回殴られただろう。
もう起き上がる気力すらなく、
綱吉はごろごろと転がった。

「謝れ。」

「・・・はあ?」

「俺様に謝れ。」

「な、何でだよ・・・」

ジェットコースターのようなリボーンの機嫌は、
もう理解の範疇を越えているので諦めているが
意味も分からず謝るのはさすがに嫌だ。

なけなしの気力を振り絞ると、
リボーンはニヤリと不吉な笑みを浮かべた。

嫌な予感にぎしりと固まる。

「ほほう。嫌か。嫌なら骸に謝って来い。」

「はああ!?交換条件になってねーだろ!」

「じゃあ俺様に謝るか?
這い蹲って謝るのか?」

理不尽にもほどがある。
それより先に床と天井に穴を開けた事を
謝って欲しいくらいだ。

だが、どんなものであれ理由がなければ
骸に会いに行く勇気はなかった。

放っておいたらきっともう来ないだろうとか
悪い方向にしか考えられない。

会ってくれないかもしれないけど、
それでも理由があるなら、会いに行ける気がした。

「それにその上着、骸のなんじゃねーのか?」

「あ・・・!」

着てしまっているのをすっかり忘れていた。
意味がないとは分かっていても、
綱吉は自分を抱き締めるようにして隠そうとした。

「パクってんじゃねーよ!」

「ちが・・・っ!」

何故か上機嫌に横面を張り飛ばされた。
もうどうでもいいから殴らないで欲しい。

「どうでもいいがメシくらい食えよ。
ママンを心配させんな。」

どうでもいいとはこっちのセリフだ。
骸の上着ごとずるずると引っ張られていく。
このままだと階段から落とされるので
何とか自力で立ち上がった。

「・・・じゃあ食べたら行って来る・・・」

「あ?もうバスねーだろ。」

「え?だって」

時計を見たら十時を過ぎていて、
ハッとして窓の外を見たらもう真っ暗だった。

「う、うそ・・・!夜の十時!?」

一日中ベットの上で固まっていた事になる。
余程ショックだったのだと思い知って
やっぱり今日は骸は来ないのだと改めて思った。

「明日行って来い。」

「・・・うん。」









骸は待っていても来ない。
こんな気持ちのまま、一人じゃいられない。
目を閉じても考えるのは骸の事ばかりで



やっぱり今日も上手く眠れない。




09.02.11                                                   六日目