本当は始発に乗って行きたいくらいだったが、
そんな事したらますます嫌われそうだし
朝は機嫌が悪そうだ。

とは言っても、骸の機嫌がいつならいいのかなんて
見当も付かない。

じゃあ九時?十時?
まだ早いだろうか。

学校へ行く時よりも早く起きだして
時計ばかり見ている。
時間が経つのが遅い。

骸は目覚まし時計もないのに
相当早く起きてたなとか
やっぱり昼過ぎの方がいいだろうかとか
それはもう色んな事を考えていた。

そわそわうろうろ落ち着きなく歩き回ったりして、
そんな綱吉の様子がリボーン様のお気に召さなかったようで
ボコられた。

お陰さまで目が覚めたら
西日差し込む四時過ぎだった。

「どうすんだよコレ・・・っ!!!」

「うぜぇな〜夜は長ぇんだよ。」

「夜が長くても関係ないだろ・・・!」

まだ死にたくないので殴りたいのを何とか堪えて
靴を履き始めた。

「おい、ツナヨシ。」

何故このタイミングで綱吉呼びをされるのか分からない。
分からないけれど、
リボーン様のご命令が下るとしか思えない。
条件反射でぎちりと固まって
ぎこちなく振り返った。

ふかふかほっぺを引き攣らせている。
きらきらおめめには不吉な怒りが宿っていた。

「何で怒ってんだよ・・・!?」

「てめー・・・何もしないで帰ってきたらどうなるか、
分かってんだろうな・・・?」

「わ、分かってるよ・・・!」

二人の意図に齟齬が生じているのだが、
お互い分かろうとしないし気付かない。

永遠に堂々巡りなのだが
気付いてないので永遠に噛み合わない。
そういった面で二人は全く成長していない。

なのでリボーンは顔面を引き攣らせ続け
綱吉はボコられ続ける運命にある。

「じゃあ行って来るから・・・!」

綱吉は半ば逃げるように家を飛び出した。



休日のこの時間帯はバスが少ない。
時刻表も見ないで飛び出したのに
タイミングよくバスが来た。

ここで待つ羽目になったら決心が揺らいでいたかもしれない。

空いているバスの一番後ろに腰を下ろして
溜息を吐いた。

流れていく夕暮れの街の景色にも
緊張が高まるばかりだった。

(謝って、から)

どうしようか。
ちゃんと話してくれるだろうか。
そもそも会ってくれるのだろうか。

「おえっ」

緊張から吐きそうになった。
不吉な声にまばらな乗客がちらちらと振り返る。

綱吉は口を押さえたまま懸命に手を振って
大丈夫吐きませんアピールをした。

そうしてる間にもバスは、
綱吉を乗せて走り続ける。


最寄りのバス停から十五分程度。
ステップを降りる足がガクガク震えている。

(ああ〜・・・着いちゃった・・・)

排気ガスを撒き散らしながらバスが出ると、
バス停には綱吉しかいなくなった。

道順は何となく覚えているし、
分かり易い所にあるので迷いはしないだろう。

だけど足が重い。

少し進んではまた引き返して
頑張ってたくさん歩いてもまた引き返した。

悶々としたこの状況から早く脱出したいのに
緊張と拒絶された時の恐怖で足が竦む。

足が竦み過ぎてとうとう地面に膝を着いてしまった。

それでも進もうとする姿勢は健気だが
明らかに不審者である。

通行人は這い蹲るように進む綱吉を見て
どよめいている。

綱吉は誰か助けてください・・・!と
叫びそうになるのを堪えるのに精一杯で
周囲のどよめきは耳に届いていない。

(うう・・・どうしよう・・・)

行くなら今しかない。
このまま躊躇い続ければ日が落ちてしまう。

あの廃墟に行くのは昼間でも怖いから
暗くなったら行く勇気は全くない。

「あっれ〜?うさぎちゃんら〜!」

「ふえぇ?」

どこかで聞いた覚えがある声に振り返って
綱吉は飛び上がった。

「いぬ・・・!!!!!」

「いぬらね〜よ。」

まともな突っ込みをしながら犬は
綱吉の襟首を摘み上げて立たせた。

「何してんの〜?」

長い体を折るようにして顔を覗き込まれた。
犬と会うのは本当に「あの日」以来で
綱吉はひ、と息を詰めたが
犬は綱吉を拒絶していない気がした。

(あ、あれ・・・?)

拍子抜けしてしまうくらい友好的にも思える。

「あれ〜?」

「わ!」

犬は鼻先を擦り付けるように綱吉のカバンに顔を寄せた。

「骸さんの匂いがする〜」

「え、あ・・・!」

そうだった。
犬は名前の通り鼻も利くのだった。

もうこの際、犬に上着を渡してしまおう。
犬と出くわしてしまった事で、綱吉はますます混乱している。
こんな状態で骸となんか会えない。
仕方がないんだ、
だってどうしたって骸は、自分の事が嫌いなのだから。

胸の奥がチクリとしたけど、
今の綱吉は骸に会う勇気すらない。

「そうなんだ、骸が家に上着忘れて行って・・・」

渡しておいて、と言う言葉は
カバンに突っ込んだ手を突然引っ張られた事によって
引っ込んでしまった。

「ちょお・・・っ」

犬は綱吉の手を引いて走り始めた。
速くて着いて行けてない。
足が縺れて何度も転びそうになったけど、
制止の言葉も出てこない。

「骸さん、機嫌悪いんらよね〜」

「んなぁ・・・・!!!ふぐ・・・っ」

挙句、舌を噛んだ。

「ちょ、ちょっと待ってぇ・・・!!
俺が行ったらますます機嫌悪くなるって・・・っ」

口を押さえて痛みに耐えながら、
何とか声を上げたが、犬から返ってきた言葉は
「そうなんら〜」だった。
犬に止まる気配は全くなかった。

(おおおおおおお・・・っ)

会話が噛み合っている気がしない。
連絡係だという犬とあのリボーンの会話が
果たして噛み合っているのかと余計な心配まで過った。


「いや、ほんと無理、無理ぃ・・・!!!」

黒曜ランドの門をくぐって、
綱吉はほとんど座り込むようにして全力で抵抗したが
犬はげらげら笑いながら綱吉を引き摺る。

「うひゃひゃっうさぎちゃんマジらっせ〜!
オバケ出るとか思ってんの〜?」

オバケより怖いものなら一つ屋根の下で暮らしているし
今はオバケより骸と会う方が怖い。

「お、オバケじゃなくて・・・!
骸の機嫌悪いなら俺帰るから・・・!」

「じゃあ幽霊怖いんら〜」

オバケと幽霊の違いって何だ。

(おおおおおお、おおおお・・・っ)

噛み合わない。
全く噛み合わない。
これはわざとじゃないと分かる。
何てこった。
ここまで話しが噛み合わない人間に囲まれていると
自分が原因なんじゃないかとさえ思ってしまう。

「分かった!じゃあ幽霊怖い!
幽霊怖いから帰っていい・・・!?」

「骸さん機嫌悪いんらよね〜」

(のおおおおお・・・・っ)

犬とリボーンの会話を聞いてみたいと真面目に思った。

そうしている内にも引き摺られ続け、
どこに骸がいるのか分からないが確実に近付いている。

「ね、ほんとヤダ・・・・!!」

最後の抵抗で何かに掴まろうと手を伸ばした。
がしっと掴んだものが何だか温かい。

はっと顔を上げる。


骸の足だった。


「おおおおおおおおおお・・・・!!!!!!!」

突然現れた骸に恐れ慄いて
更に骸の足を掴んでしまった恐怖に
綱吉は綱吉と思えないほど俊敏な動作で飛び退いた。

「ぐえ・・・っ」

「うぐ・・・っ」

必然的に引っ張っていた犬も一緒にぶっ飛んで
地面に転がった。

「うさぎちゃん意外にバイオレンスらびょん・・・」

「うう、ごめん・・・」

のろのろと体を起こした所に「騒々しい。」と
斬って捨てるような言葉が浴びせられた。

(うう、う・・・)

恐ろしくて顔を上げられないでいると、
骸は踵を返して歩き出してしまった。

「あ・・・」

遠ざかって行く背中に声も掛けられず、
綱吉は座り込んだままだった。

「おら、うさぎちゃん早く来い。」

「え!?」

驚いて顔を上げると、犬がひらひらと手招きしている。

「い、いいの・・・?」

「置いてくろ。」

「あ、待って・・・!」

状況が飲み込めなかったが、
綱吉は慌てて犬の後に着いて行った。

少し前を歩いている骸に、
犬は纏わり付くようにしている。

「骸さんよかったれふね!」

犬の言葉にドキッとした。
けれど綱吉が来て骸が喜ぶ筈がないと
すぐに心の中で首を振った。

(な訳ないよな・・・)

「ほら、犬。千種の所に行ってなさい。」

「は〜い!」

犬は頭を撫でられて嬉しそうに返事をした。

「うさぎちゃん、まったね〜!」

「あ、うん!またね。」

不思議な気持ちだった。
まさか犬と「またね」なんて言葉を交わせる日が
来ると思ってなかったから。

不思議で、やっぱり嬉しかった。

千種とはまだ会ってないが骸と犬を見る限り、
三人でいる時は穏やかな時間があるのだと感じた。

綱吉は心の底から、本当に、安心した。


前を歩く骸が少し振り返って、
また歩き出した。

まるでちゃんと付いて来ているか確認してくれたようで
綱吉は頬を淡く染めると小さく微笑んだ。




09.02.24                                                   六日目・2