通された部屋はホールのように広くって
通ってきた道からは想像出来ないほど綺麗だった。
 
赤い絨毯も壁一面の窓もくすんでいるけど
それさえも装飾の一部に見えた。
 
綱吉は感心した。
そしてすでにめげそうだった。
 
(こ、この距離何とかなんないのか・・・っ)
 
ちょうど部屋の真ん中に置かれた長いソファは
テーブルを挟んで向かい合っていて、
綱吉と骸は向かい合って座っている。
対角線上の端と、端に。
 
よりによって端と端を使い、
このソファとテーブルを使って出来る一番長い距離を演出している。
 
だって綱吉が端に座ったら、骸はどんどん奥に歩いて行って
そんなところに座るものだから
綱吉は完全に置いていかれた。
 
確かに真正面に座られても
緊張してどうにもならないかもしれないが
この距離の方がもっとどうにもならない気がしないでもない。
 
綱吉の存在自体が見えていないかのような骸に
何て話し掛ければいいのか悩む。
悩むどころか軽く混乱し始めている。

でも仲直りしないとリボーンにボコられるから
ちゃんと謝ろう、とどちらにせよボコられる運命にある綱吉は決意した。

ちらりと骸を見遣ると、
骸はやっぱり綱吉が見えていないように前方を見ている。

息を飲み込んで意を決した時、ふわりとコーヒーの香りがした。

振り返ると千種がお盆にコーヒーを乗せて突っ立っていた。

「わっ!!」

綱吉の驚いた声に驚いた千種は
手にしていたコーヒーカップをガチャンと言わせた。

「ご、ごめん・・・!驚かす気はなかったんだけど・・・!」

千種のセリフを横取りした綱吉は慌てて立ち上がった。
綱吉の混乱を山に例えると、そろそろ頂上が見えてくるくらいだ。

「・・・零れた。」

呟く千種の目線を辿るとカップにコーヒーが幾筋か伝っていた。

「・・・替えてくる。」

「え・・・!いいよ、大丈夫だよそれくらい!
骸だってコップの下のお皿なんかいらないよな!?」

勢い込んで骸を振り返ると、骸は詰まらなさそうに前を見ながら呟いた。

「いる。」

「ええ・・・っ!?」

「いる。」

「なぁ・・・っ!?」

「・・・。」

「・・・。」

「・・・。」

三人分の沈黙が降ってから綱吉はへらっと笑った。

「・・・ホラ、骸もいらないって!」

「・・・今いるって」

「言ってない言ってない!」

綱吉はこの状況をどうにかしたくてどうかしてしまっている。
お盆の上からコップを取ると骸の所まで持って行った。

持って行ったはいいけど視界に入る勇気がなくて
腕を伸ばしてそおっと骸の前まで押し遣った。

骸は頬杖を突いたまま視線を動かしもしなかった。
綱吉はほっと息を吐いてから「ね、大丈夫でしょ?」と千種に笑い掛けた。

どこが、そして何が大丈夫なのかと千種は思うが
面倒なので綱吉の分のコーヒーをテーブルに置いて終りにした。

「あ、あの、元気だった・・・?」

綱吉が控え目に訊くと、千種は「それなりに」と返した。

「ああの、獄寺と山本君も元気だよ!」

君を付けるのは逆じゃないのかと思ったが
やっぱり面倒なのでそう、と返すと踵を返した。

綱吉は突っ立ったまま千種を見送った。


千種からも綱吉を拒んでいる様子はなかった。
一か月前の事が嘘のようだった。

(・・・今度獄寺と山本君も連れて来ようかな・・・)

混乱が頂点に達しているが、綱吉は
仲良くなれる気がしてきてへらりと笑った。
 
「・・・っ!?!?」
 
笑ったのにすぐに固まる事になった。
背中に感じる。

もうこの際懐かしくさえ思ってしまう肉を抉るような殺気。
 
(二人がいなくなった途端コレか・・・っ)
 
骸が穏やかに見えたのは犬と千種の前だったからか。
もう疑いようがなくそうとしか思えない。
 
分かり易過ぎる骸様の反応にはいっそ清々しささえ感じて
綱吉はちょっと涙目になった。
 
背中にジリジリと絶対零度の殺気を浴びながら
綱吉は骸に背を向けたままぎこちなくソファに腰を下ろした。
 
そして気持ちを落ち着かせるために骸に背を向けたまま
千種が置いていった砂糖とミルクをじゃぶじゃぶとコーヒーに入れた。
 
「実は俺コーヒー飲めないんだけど
最近砂糖とミルクたくさん淹れれば飲めるようななったんだ〜・・・
ちょっと大人に」
 
「用があって来たのでしょう?」
 
「ふぐ・・・っ」
 
せっかく(自分の)緊張をほぐそうと雑談を始めてみたのに
無情にもばっさりと斬って捨てられた。

会話がしたい。
とにかく会話がしたい。
誰かまともに会話をしてくれる人はいないのか。
 
どうしよう。
とてもじゃないがいきなりこの間は抱き付いたりしてごめんなさいなんて言える雰囲気じゃない。
 
言い逃げという手も考えたが
それでは何の解決にもならないので
綱吉はまた一人で悶々と悩む事になる。
 
とりあえず上着を渡してからさりげなく話しを持っていこう。
 
「あ〜・・・のさ、この間、上着忘れて行っただろ?持って来たんだ・・・」

緊張のあまり店頭に並べてもいいくらい綺麗に畳んでいた上着を
カバンから出してハッとした。

そういえば結局昨日一日中着ていた。

涙なら乾くが、鼻水とかヨダレとか乾いたらパリパリだ。
付いてないとは言い切れない。

綱吉は上着を手に持ったまま固まった。

どうしてそんな事をしたのかと、数時間前の自分を呪ってしまうくら綺麗に畳んである。
付いているとしたら袖が一番確率が高いのに、
これじゃあ袖を確認出来ない。
広げて袖を確認するのはおかしい。

「それ、君には大きいですか?」

「え・・・!?」

突然の問い掛けに驚いて振り向くと
骸は無言で綱吉の手に乗っている上着を顎で指した。

何で急にそんな事訊くのかと考える余裕がなくて
綱吉はちょっと首を傾けると、手を掲げた。

「こ、れ、くらいは大きい・・・・」

指先から30センチくらいの所を指してからハッとした。
着てみましたと言っているようなものではないか。

(おお、おおお・・・・)

墓穴を掘った。
袖がカピカピだったら確実に綱吉の何かがくっ付いたと思われる。

「そうだ!洗ってから返うおっ!!」

綱吉は盛大に驚いて体を跳ね上げた。
顔を上げるとテーブルを挟んだ向かい側に骸が立っていた。

大いに怯んでいる綱吉を無視して骸が上着を掴んだので
綱吉も慌てて上着を掴んだ。

ピシリと空気が凍て付いた。

(う、ぐ・・・)

でも離す訳にはいかない。

「あああ洗って返す・・・っ」

「結構です。」

きっぱりと跳ね返されて、綱吉は若干涙目になった。

「洗わせてください・・・っ!!」

「しつこい。」

「うう・・・っ」

ぎりぎりと伸びた上着の上から凶悪に光る骸の目が覗いている。

(うおおおおおお・・・っ)

「手を、離しなさい。」

一層細められた目に、綱吉は思わず手を離す。

(離しちゃったよ・・・っ)

綱吉は頭を抱えた。
だって怖いんだもんしょうがない。

こうなったら先に謝っておこう。

「ご、めん・・・あの、勝手に着ちゃった、」

何を言われるか分からないので綱吉はぎゅっと目を瞑って色々覚悟した。

「・・・・?」

反応が全くないのでそろそろと目を開けると骸はいなかった。
ばっと振り返ると骸は何事もなかったように元の場所に収まっている。

(おおおお、おおおお・・・)

何もかも完全に無視。
いっそ清々しい。
清々しくて遠い目をした綱吉はふふふ、と笑った。

溜息交じりにちらりと骸を見遣って
綱吉は思わずドキっとしてしまった。

骸は上着を膝の上に乗せて、まるで猫でも撫でるようにしていた。
そんな筈ないのに、自分が撫でられているような気がしてしまったから。

(あ、れ・・・?)

今ようやく気付いたが、骸の顔色が少し悪い気がした。

「む、くろ・・・ちゃんと寝てる・・・?」

思わず問い掛けると骸は手を止めて鼻を鳴らした。

「僕にも都合はあるので。」

言われてみると確かにそうだ。
骸もリボーンも毎日来るとは一言も言っていない。

「安心して下さい。もう行きませんから。」

「え・・・?」

「その方が君も、」

言い掛けて口を噤んだ骸は、それ以上何も言わなかった。

恐らく今のは骸の失言なのだろう。

気付いてしまって、綱吉はゆっくりと瞬きをしてから淡く頬を染めた。

「あ、のさ・・・・」

急激に鼓動が早くなって綱吉は一度大きく息を吐いて
未だに前を向いたままの骸の方に体を向けて座り直した。

「あのさ・・・その、実は俺、二日もまともに寝てないんだよね・・・」

骸は長い睫毛をそっと伏せた。
綱吉は落ち着きなく自分の手を何度も握り直した。

「・・・骸が、来ない、から・・・心配で・・・」

恥ずかしくて俯いてしまったので、
骸が目を見張ったのには気付かなかった。

こんなにドキドキしたのは初めてだった。

緊張とはまた違った鼓動の早さに少し戸惑って、
でも綱吉は俯いたまま呟くように言った。

「だから・・・昼寝させて貰えないかな・・・
その、出来れば骸も一緒に・・・・」



俯いたままの綱吉は、貴重な骸の表情を見逃してしまった。





09.03.13                                               NEXT