叫び声なら負けないどうでもいい自信ならある。
そんな大声出したら、骸は反射的に殴ってくるかもしれない。
骸は今日は機嫌が悪いという。
それなら尚更刺激は避けたい所だが
悲しい事に綱吉にはいつもと変わらないように見える。
綱吉は一人乾いた笑いを漏らした。
「・・・っ何でもありません・・・っ！！」
思った以上に笑い声が大きかったせいで
骸が振り返ってしまったので慌てて手を振る。
（うう・・・緊張してきた・・・）
場所が場所だし、何より骸と本当に二人きりになる。
今までだって部屋で二人きりだったけど、
自分の部屋だったし、何より綱吉はもう自覚してしまっている。
ちら、と骸の背中を見遣る。
（おおおおお・・・・）
とんでもなく大胆な事を言ってしまったんじゃないだろうか。
でも骸が何とも思ってないなら本当にただの昼寝になるし。
（いやいやいやいや俺は何を考えて・・・っ）
一人で鼻まで赤くして、赤くなった顔をぐしゃぐしゃとかき混ぜるように手で覆った。
前後不覚になった綱吉は止まった骸の背中に思いっ切りぶつかってしまった。
「ふぐ・・・っううおっ骸・・・っ！」
「さっきからいましたよね？」
今出会ったかのような反応をしてしまった綱吉をぎろ、と見下ろす。
見下ろされるにはあまりにもベストポジションで、
骸の恐ろしい角度を堪能してしまった綱吉は若干涙目になった。
けれどいつものように涙目の綱吉を完全に無視した骸は
部屋の扉を押し開けた。
扉の向こうは無機質な部屋が広がっていて、
でも大きな窓がいくつもあって全く息苦しさはなかった。
部屋の真ん中に大きなベットが置いてある。
骸がいつもそこで寝ているのかと思うと、
骸の生活を垣間見た気がして少し照れ臭かった。
骸はさっさと部屋の中に入って行って、当り前のようにベットに入ったので
綱吉もドキドキしながらにベットに近付いて、とりあえず腰掛けた。
「うわ！これ低反発ってやつじゃない！？」
ふかふかしているのにちゃんとした形を作って沈んでいく。
綱吉は感激して手の跡を付けてみたりした。
骸は千種が、とだけ言ってふとんを口元まで被って目を閉じた。
恐らく千種が眠れない骸のために揃えたのだろう。
部屋の中も必要最低限のものしかないけれど、とても綺麗だった。
ちゃんと愛されてるんだと思って、綱吉は自分の事のように嬉しくなって小さく微笑んだ。
「この部屋の方がよく眠れそうな、ワケナイデスヨネ・・・・」
ぐさぐさと刺さり始めた殺気を孕んだ視線に、綱吉は簡単に発言を撤回した。
けれど骸は余程眠いのか、またすぐに目を閉じた。
綱吉もベットに足をそっと滑り込ませて、骸の顔をちらちら見る。
眠いところに悪いと思ったけど、ちゃんと謝らないとリボーンにボコられるから
どちらにせよボコられる綱吉は意を決した。
「あ、あの・・・ごめんな。」
骸は薄く目を開けるとちらと綱吉を見上げた。
でも綱吉はやっぱり恥ずかしくて気まずくて前を向いたままだった。
「この間は〜・・・その〜・・・」
言いよどんでいると不意に苛烈な殺気が斜め下から弾けんばかりの勢いで飛んできて
綱吉は一瞬で固まって緊張からまた吐きそうになった。
この状況ではどうにも動けなし、このまま言葉を濁すのは死を意味しているような気がしてしまう。
でもこの間のあの状況を蒸し返すのも死を意味しているような気がする。
「あの！急に抱きついたりしてごめん・・・！悪気はなかったんだって・・・！」
同じ死ぬなら謝っておこうと思った。
「本気で言ってますか？」
「ええ・・・っ！？」
呆れ混じりの溜息と一緒にきつく言葉を吐かれて
綱吉は堪らず声を上げてしまったが
心のどこかではこの会話珍しくちょっと普通じゃない？とも思っていた。
「本気で悪かったと思ってるって・・・。」
大きな大きな溜息が落ちて、綱吉は反射的にびくりとした。
けれども、骸は瞼を落としたままそれ以上は何も言わなかった。
「・・・・。」
「・・・・。」
「あの〜・・・・」
反応がない。
寝てしまったのかと顔を覗き込むと、突然骸が目を開けたので
真正面から思い切り目が合ってしまった。
「ぎゃっ」
とんでもなく失礼な反応をして固まってしまったので
もう殴られても仕方ありませんと何度目かの覚悟を決めたが
骸は何事もなかったように目を閉じてしまった。
そんなに眠いのかとも思ったけど、機嫌が悪いと言う割には
今日の骸は穏やかな気がした。
だから今なら、訊ける気がした。
綱吉は小さく息を吸った。
「・・・骸は、何で、俺の所に来たの・・・？」
ずっと訊きたくて訊けなかった事。
そしたら骸が、間を置かずに答えてくれたから
綱吉は少しだけ驚いた。
「いずれ、言います。」
「・・・え？」
「君ははっきり言わないと分からないようなので。」
「あ、うん、待ってる・・・！」
骸は片目を薄く開けて見上げてきた。
その赤い目が、いつもは怖く見えるのだけれど
今はああ綺麗だな、なんて思った。
待ってるなんてそんな言葉が咄嗟に出てきてしまったものの
死ねとか消えろとか言われたらどうしようなんてちょっと怖くなったりもする。
でも何故か嬉しい気持ちになって、綱吉は体を倒すと骸の方を向いた。
「あ、あのさ、また・・・遊びに来てもいいかな・・・。」
骸は目を閉じたままお好きにどうぞ、なんて言ってくれたりして、
「あの、家にも遊びに来てよ！昼間でもいいし、俺いなかったら勝手に部屋に
上がってくれててもいいし・・・それに、あの、あんな狭いベットでよかったら
その・・・前みたく寝に来てくれても、全然構わない、し・・・」
一気に捲し立てて、恥ずかしくて仕方なかったけど
骸は目を閉じたまま「毎日でも？」なんて。
綱吉はぱあ、と頬を赤くして「うん・・・！」と勢い込んで返事をした。
（あ、あれ・・・）
反応がない。
寝てしまったのだろうか、少し寂しい気持にもなったけど
言いたい事は言えたからよかった。
「・・・・。」
綱吉は本当に少しだけ骸に顔を寄せた。
「・・・毎日、だと、嬉しい、かも・・・なんて・・・っ」
綱吉は言ってから慌ててふとんに顔を埋めた。
ドキドキと心臓が煩い。
反応がなくて安心した。
遠回しな告白は、今はまだ届かなくていい。
もっとずっと、自分に自信がついてから。
綱吉は顔を赤くしたまま、そっと目を閉じた。
骸の長い睫毛がふるりと震えた。
不意に目が覚めると、窓の外も部屋の中も暗かった。
枕元の時計に目を向けたら、針は五時を指している。
朝の五時だというのはすぐ分かった。
半日近く寝ていた事になる。
骸は小さく溜息を吐いた。
どうやら気が抜けてしまったようだ。
こんなに眠ったのは初めてかもしれない。
体を起こして隣に視線を落とすと、綱吉はすやすや眠っていた。
初めて見る寝顔だ。
いつも、眠れなかったようだから。
確か今日は綱吉は学校がある筈だ。
もう少ししたら起こそうかと思いながら綱吉の寝顔を眺めていた。
少しは好意を持たれてると思ってしまっていいのだろうか。
でも骸にはそういった事はよく分からない。
それに綱吉は誰にでも優しいから。
骸の長い指が、掻き分けるような仕草でそっとそっと綱吉の前髪に触れた。
ん、と綱吉が小さく声を漏らしたので指を離すが
やっぱり触れてみたくて、不器用な指先で柔らかく頬に触れた。
温かくて柔らかくて、そっと指を滑らせる。
滑り落ちた指先が、不意に唇の端を掠めた。
淡く色付く小さな唇は、控え目な呼吸を繰り返している。
触れてはいけないと、分かっているのだけれど。
ただただ触れてみたくって
骸は体を屈めると、唇をそっと寄せた。
「・・・・。」
けれども、綱吉の寝顔が、あまりにも無防備で。
触れずに体を起こすと、指先で綱吉の唇に柔らかく触れて
指先だけのキスをした。
朝早く起こされた綱吉は、骸がバス停まで送ってくれた。
送ると言っても、骸は綱吉の少し前を歩いていて言葉は交わさなかったけれど
バスが来るまで骸は綱吉の隣に立って一緒に待ってくれていた。
やっぱり言葉はなかったけど、綱吉は淡く頬を染めて小さく微笑んでいて
たまにちらりと見上げると、視線に気付いた骸と目が合う。
そして二人ともすぐに目を逸らしてしまうのだけど。
だけど。
静かな早朝の街にはまだ誰もいなくて
まるで世界に二人きりのような。
時間なんて止まってしまえばいいのにと思ったのは
何も綱吉だけじゃなくて。
それでもやっぱり時間は進んで、道の向こうにバスが見えた。
乗り込む時は何だか寂しい気持ちになって
プシュ、と短く音を立ててドアが閉まった時、
ガラス越しに綱吉が「またね、」と言うと
骸が、小さく、微笑むから。
綱吉は思わず息を止めて
頬が赤く染まる音を聞いた気がした。
バスがゆっくり走り出しても、二人は目を合わせたままずっと、
お互いの姿が見えなくなるまで見詰め合っていた。
09.03.29
ＮＥＸＴ