「あー、もう!旦那またこんなに買って来て!」

淡く濡れた桃の唇を不機嫌に尖らせて、大きな目で睨み付けるのだが
骸には一向に効果がないようで、くす、と笑うと綱吉に着物を羽織らせた。

「ほら、とても似合う。」

「人の話し聞いてないね!?」

「可愛らしいから少しも怖くないですよ。」

白い頬を淡く染めて、それでも抵抗するように頬を膨らませた綱吉の体を
引き摺るように手繰り寄せて足の間に納めてしまうと、後ろから抱き締めて顔を覗き込む。

「男から贈られた着物はすべて捨ててください。」

長い睫毛をぱちと瞬かせてから少し笑った。

「何言ってるの。贈ってくれた人の気持ちも考えなよ。俺はとてもじゃないけど捨てられないよ。」

「それなら燃やして天に送ればいい。」

「馬鹿。同じ事だよ。」

骸の胸に背中を預けた綱吉がくすくす笑うたび、柔らかな振動が胸に伝わってきて
くすぐったくて、滑らかな頬に頬擦りをした。

「それなら質に入れたらどうですか?捨てるよりかはいいでしょう?
それに、そうすれば多少なりとも君の年季が明けるのが早くなる。」

綱吉はふと長い睫毛を伏せて体に巻き付いた骸の腕をそっと外すと体を離した。

「俺の年季と旦那はひとつも関係ないよ。」

猫のようにしなやかな腰に腕を絡めると、逃げないようにまた体を抱き込んでしまう。

「いつでも肩代わりしますよ。」

「それだけは絶対止めてよね。そんな事したら旦那の事嫌いになるから。」

強気に閉じられた目元にくす、と笑って白い項に頬を寄せた。

「それなら今は
僕を好いていてくれてると思って構いませんね?」

水を含んだような憂いを乗せた睫毛が揺れて、
そっと顔を伏せてから綱吉は明るく笑った。

「うん。好きだよ。だーいすき。」

「・・・何ですかその軽い言い草は。」

くすくすと笑って不機嫌に眉根を寄せた骸に背中を預けると、
揶揄するように白い指が骸の頬を撫ぜる。

「色んな人に言ってるとね、言葉も薄くなっていくんだよ。ん・・・、」

骸が襟口から覗いたほっそりとした項に緩やかに歯を立てると、
綱吉は甘い声を漏らした。

項を噛んで、赤い舌はそのまま首筋を辿り、耳を食んだ。

ちら、と耳の縁を舌で撫ぜて、またその耳を口に含むと
綱吉の瞳がゆったりと水を含んでいった。

「・・・俺を食べる気かい?」

「食べて君の戯言が止まるなら、食べてしまおうと思って。」

「ん、」

白い手が骸の腕を滑っていって、胸元を弄るような大きな手に重ねられた。

桃の唇からはぁ、と濡れた息が漏れて、足先がじれったそうに擦り合わされる。


腕を離れていった綱吉は、濡れた目で骸を見上げてゆったりと畳に体を倒していって
畳に付いた背中を緩やかに反らせた。


さらりと袂が滑って落ちて、ぱさりと小さな音を立てた。



「それなら食べてよ、旦那・・・」



水に光を孕む飴色の瞳がじわと濡れた。


蝉の鳴く声がする。

外は暑くて馬鹿みたいに晴れているのに
日の光が差さない部屋は背徳的で、畳に投げ出された白い腕が薄暗い部屋によく映えた。

吹き込む温い風に風鈴がりり、と音を鳴らしたけれど
二人の耳には届かない。


ゆったりと立てた膝からする、と着物が滑り落ちて
その白い肢体が露になる。


骸は目を細めると、空の青まで吸い込みそうな白い膝にゆると歯を立てた。

ふと息を詰めたのが分かって、骸の唇は柔らかな内腿を滑っていって滑らかな肌を食む。

「旦那・・・」

甘えて掠れた声に体を起こして
見下ろした先のとろりと熱に熟れた飴色の瞳に激情が沸く。

腿を包むように手を這わせて辿り着いた秘部をくすぐるように指を添わせれば
綱吉は緩く爪を噛んで濡れた瞳を細めた。

「・・・綱吉、」

熱っぽく囁いて、折れてしまいそうな細い首に顔を埋めて舌を這わせると
熱を孕んで上気した肌から微かに花の香りがした。

「綱吉、」

衣擦れの音を響かせて、強引に帯を解いてその胸元を露わにする。

淡く色付く胸の先端に歯を立てると、熱い吐息が頬を掠める。

「他の男にも戯言を囁くのですか?」

苛立たしさを隠しもせずに言って、濡れた胸の先端を爪で掻く。

ん、と声を漏らして綱吉は白い肢体を骸の腰に擦り寄せた。

「心配症だね・・・心配ならちゃんと食べてよ、残しちゃ嫌だよ・・・」

「そうすれば君は僕のものになりますか?」

顔に掛かる宵の髪を柔らかく梳き上げられて、
顔を上げた骸の瞳に、少しばかり泣きそうに笑う綱吉の瞳が揺れる。


「馬鹿だね、旦那は。もうとっくに旦那のものなのに・・・」


りり、と風鈴の音がする。

火炎のような激情を孕む瞳を合わせて、骸の薄い唇が綱吉、と名を呼ぶ。

きつく体を抱き締めて、体を擦り合わせるように手を這わせると
綱吉が首を反らせて、かんざしがしゃら、と音を立てた。

骸は片眉を上げて、大きな菊のかんざしを忌々しげにねめつけた。

「そのかんざしも捨ててください。」

くす、と笑う声さえも甘さを秘めている。

「駄目だって。これは大切なものなんだから。」

「番頭から贈られたものでしょう?」

大きな目を瞬かせてから、楽しそうに笑った。

「よく知ってるね。そうだよ。」

「・・・本当に、体の関係はないですよね?」

綱吉はきょと、と目を瞬いた後にようやく言葉を飲み込んで
目が落ちてしまいそうなほど瞼を持ち上げた。

「な、何言ってんの・・・!?番頭さんと俺が!?」

「そうですよ。そうじゃなければ大切なものだなどと言わないでしょう?」

不機嫌さを睫毛に乗せて緩やかに目を細める骸に、
綱吉は更に目を丸くした。

「番頭さんはね、この遊郭に入った子全員に、まず着物とかんざしを見立ててくれるんだよ!
俺だけじゃないからね!?」

「でも、大切なのでしょう?」

それでも食い下がる骸に、綱吉は些か拗ねたように長い睫毛を伏せた。

「・・・だって、」

「だって、何ですか?」

つと顔を寄せた骸にはっと顔を上げてから、すぐに顔を逸らした。

「何でもない・・・」

「ほらまたそうやって誤魔化す。本当に、体の関係はないのですね?」

「止めてよ・・・!番頭さんとだなんて、本当に気持ち悪い・・・!」


「気持ち悪ぃとはこっちの台詞だ。」

ちょうど頭一つ分開いた襖に寄り掛かるようにして頭だけを部屋の中に入れた番頭は
けっ、と口を歪めた。
頭を仰け反らせた綱吉は逆さまに番頭の不機嫌な顔を視界に入れた。

「あ、番頭さん。」

「あ、じゃねぇよ。イチャつくなら奥の部屋に行けや。つか襖くれぇ閉めろ。声漏れてんだよ気持ち悪ぃ。」

矢継ぎ早に悪態を吐く番頭に、骸はゆらりと顔を上げた。

「・・・わざと邪魔を?」

「頭の病気か?まぁいい。ちょっと面貸せや。イチャつき終わるの待ってたら日が暮れちまう。
俺もそんなに暇じゃねぇんでな」

「いいでしょう。受けて立ちます。」

体を起こせば綱吉の胸元は大きく開き骸の唾液で淫らに濡れていて、
白い肢体も艶やかに光り、露わになっている。
骸は自分でそうしたのに眉を顰めた。

「ちゃんと隠しなさい。」

綱吉はきょと、とする。

「だって番頭さんだよ?見られたって何も思わないよ。」

「俺だっててめぇの裸なんぞ見たって勃たねぇよ。」

「・・・。」

それはそれで問題があるように思う。
それなら無頓着に裸を晒したりもするのだろう。
着替えだろうが何だろうが、下心があろうがなかろうが
綱吉の肌が人目に触れるのが腹立たしくて仕方ない。

綱吉の着物を整えながら、骸はひとつ溜息を吐く。

まさか自分がこんな感情を抱くとは夢にも思わなかった。

「少し、待っていてください。」

うん、と綱吉は微笑むと小さく手を振って見送った。


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