放課後になっても骸は迎えに来なかった。

教室で10分待って、20分待って、30分待っても来なかった。

10分でも遅れるなら連絡が入るはずだけど、携帯は鳴らないまま。


綱吉ははぁと溜息を落として窓の外に視線を投げて、目を見開いた。


骸が女生徒に囲まれて校門へ向かって歩いていた。


僅かに横を向いた顔には優しい笑みが浮かんでいる。



その顔を見てかあ、と顔に血が上るのが分かった。



乱暴にカバンを引き寄せて階段を駆け降りるが、
このまま行ったら骸に会ってしまう可能性があったので昇降口で思い留まりぺたりと座り込む。

「・・・。」


(俺にあんな顔、したことないくせに・・・)


何だろう、胸の辺りが痛い。いたい。


「ぐ・・・、」

座り込んだ綱吉に足が思い切りぶつかってきた。

もやもやするので綱吉にしては珍しく文句でも言ってやろうとばっと顔を上げた、が。

「失せろ、カス。」

「うぐ・・・、」


怖い上級生にカス言われた。


「・・・。」

カスですみません。

中学生らしからぬ、いっそ暗殺者なんじゃないかと思うような上級生の背中に深々と頭を下げて、
どうしようもなくなった綱吉は上履きを履き替えて何もなかったように帰路に着いた。

けれども頭の中をぐるぐると回るのは骸の姿ばっかりで、綱吉は知らずに足を速めた。

(何だよ、女の子に興味ないようなこと言ってたくせに・・・!結局好きなんじゃん!!)


骸は頗るモテる。

それはもう男子から妬みまくられるほどモテる。

綱吉に話しかけてくる女子は大抵骸のことを聞いてくる。



それなのに浮いた話は一度もなくて、本人も付き合うことに興味がないとまで言っていたはず。



(それなのにさ、何だよ、デレデレしちゃってさ・・・!)


無性に腹が立つ。


今なら頭で湯を沸かせそうなほど頭にきている。

(みんな骸がトイレも行かないアイドルみたいに思ってるけど、俺の前じゃゲップもするし
梅干しの種ずっと舐めてるし、それを飛ばして俺にぶつけてくるし、足なんか女の子よりつるつるなんだからな・・・!)

「・・・。」

(・・・俺もだけど・・・)

足は人のこと言えなかったと反省しながらも、綱吉はプンプンして歩いていた。

何がそんなに腹が立つのかも分からないけど、胸の奥の痛みを誤魔化すようにとにかく怒っていた。

そしていつも以上に注意力が散漫になっていて、家の前で転んだ。
ちなみに何もない所で。

「うぐ・・・っ!」


反射的にはっと横を見上げる。


間抜けですねぇと言って、大丈夫ですか?と手を差し伸べてくれる骸はいない。


「・・・。」


綱吉はぐずぐずと起き上がると、制服に付いた砂を払った。


隣の家を見上げれば、すぐそこなのに遠く感じる。


(・・・骸なんか房の部分だけハゲればいいんだ!)

また転びそうになりながらも、綱吉は家に駆け込んだ。

「ただいま!」

「おやつあるわよ。」

「いらない!」

とてもじゃないがそんな気分ではない。

もっとデリケートな痛みがあるんだ、のん気にお菓子なんか食べられない。

「そう?ツッくんの好きな抹茶プリンなんだけど・・・」

綱吉は階段を駆け上っていた足をぴたっと止めた。

「・・・。」

そしてそろそろと後ろ向きのまま階段を下りてリビングを覗き込む。

「・・・食べる。」

淹れられた緑茶と一緒にプリンを頂く。

最高に幸せな気持ちになるが、綱吉は痛みを抱えたままだ。

「母さん、」

「なあに?」

「もういっこ食べていい?」

「ご飯ちゃんと食べるのよ。」

真っ白い皿の上に乗せられた抹茶プリンにデレっと鼻の下を伸ばしながら綱吉は階段を上がって行った。

これは宿題をしながら食べよう。

何ならいつも手伝ってくれる骸に分けてあげてもいい。

(・・・あ、)


そうだった。骸は口を利いてくれないんだった。


「・・・。」


じくじくと胸の奥が痛んだ。


このプリンを売っているカフェに行きたいと言ったことがあった。
骸は行こうと言ってくれたのに。

(・・・もう、覚えてないかな・・・)

あんな洒落たカフェだ。男同士で行くより、デートで行く方が合っている。


ずきん、と胸の痛みが増して息が苦しくなった。


もしかしたら骸は、あの女の子たちの中の誰かといつかデートをするのかもしれない。

今だって、もしかしたら楽しくお喋りをしているかもしれない。


増していく痛みを抑える術も分からずにただただ痛みに飲まれていく。


じわと滲んだ視界を擦って、溜息と一緒に部屋の扉を開けた。


開けたらちょうど骸が向かいの部屋の中にいて、綱吉を見るなりシャッとカーテンを閉めた。


「な、あ」


白い皿の上のプリンがぷるぷると震え出した。



もう、あったまきた。



綱吉は後で食べるつもりのプリンを丁寧に机の上に置き、そして勢い込んで窓を開けると
靴下のまま屋根に下り、そして、空を、飛んだ。


びたん、と向かいの屋根の上にへばり付いて、ずるずると落ちかけたが
綱吉は無我夢中で屋根を駆け上った。

形振りなんて構ってられない。


綱吉は骸の部屋の窓をどんどん叩いた。


「むくろ!お前、ふざけんなよ!!ハゲろ!!」

がんがん窓を叩きながら怒鳴れば、近所の犬がわんわん吠える。

気になんか出来ない。骸に言ってやりたいことなんて山ほどあるんだ。

「房のとこだけハゲろ!むしろまだらにハゲろ!!そんでそんで、前髪のとこだけハゲろ、ハゲ!!!」

スパーンと勢いよく窓が開いたので、綱吉はぎょっとしてその場にぺしゃんと座り込んだ。

見上げれば骸が大層不機嫌に眉を吊り上げている。

「語彙が乏しい!君の父親の方が髪が薄い、故にハゲるのは君だ!!」

スパーンとまた窓が閉められ、近所の犬がまだわんわん吠えている。

「・・・。」

今会話のようなもの、会話的な、今の会話なのか?みたいなものはしたので、今日のところは許してやろう。

言いたいことはぜんぶ言ってやった。
その内絶対謝らせてやると心に決めて、綱吉は帰るべく後ろを振り向いた。


そして顔を青褪めさせた。


お隣さんといえど、屋根と屋根の距離は1メートル強はある。

よく飛べたな、とごくりと息を飲んだ。

自分の身体能力なら、屋根から飛び降りたら良くて複雑骨折だ。


助かる道はただひとつ。


骸の部屋から六道さん家の玄関を通って沢田家に戻るというコースだ。

謝らせてやろうと決めたばかりだから、ここは曲げられない。


綱吉は振り返ってぷるぷる震え出した。


「むくろ、むくろさーん・・・」

弱弱しく窓を叩き、消えそうな声を出す。

「あの、腰が抜けてしまいましてー・・・そのー・・・開けてくださーい・・・すみませーん・・・」

先に謝ってしまったが、命には代えられない。

溜息のような音を立てて窓が開かれて、綱吉は不覚にも目が潤んだ。


骸はいつものように呆れた顔をしていて、それでもいつものように優しく、
今日は手を差し出すのではなくて、

(わ、わ・・・!)

小さな子供を抱き上げるように綱吉を持ち上げた。

腰が抜けていると言ったからだろう、しっかりと支えて抱き上げられる。

胸に受け止められるような形になって、綱吉は思わず息を止めた。



何て、広い胸なのだろう。



しっかりと綱吉を支える、力強い腕。



そこには、綱吉の知らない骸がいた。



知らぬ間にこうして大人に近付いていくのだ。



綱吉を置いて。



「・・・いで、」

「え?ちょっと、」

腰が抜けたままの綱吉にぎゅうと抱き付かれて、
骸はバランスを崩して綱吉を抱えたままその場に座り込んでしまう。

それでも綱吉は骸にしがみ付いて離れなかった。


「俺を置いていかないで・・・!」


骸は答える代わりに目を見開いた。

骸のシャツをぎゅうと掴んだ手に、涙がぱたぱたと落ちる。


「俺、骸じゃなきゃダメなんだよ・・・!骸じゃなきゃ嫌なんだよ・・・!」


堰を切ったように溢れた涙と言葉は、止まらなかった。

綱吉はいやいやをする小さな子供のように泣いて、声を上げた。


「骸と手を繋ぐのは俺だもん・・・!他の人と繋いじゃヤダ・・・!!」


しんと静まり返った部屋に綱吉のしゃくり上げる声しかしなくて、
間を置いてようやく骸が呟いた。


「・・・君の、それは、恋愛感情・・・ですか・・・?」


綱吉はほとんど叫ぶように言った。


だって、気付いてしまったから。


「そうだよ、悪いかよ・・・!!!」


どうせ嫌われているならもうどこまでも嫌われてもいい。
そんな思いで告げた言葉。


けれど小さく震えるような背中に優しく添えられた手に綱吉は目を見開いた。


はっと顔を上げれば、入れ違うように顔を伏せた骸はこつんと綱吉の肩に額を置いた。



夢みたいだ、と骸は呟いた。



「む、くろ・・・」


瞳を滲ませた綱吉の手が、骸の背に回されそうになったとき、
部屋の扉が壊れんばかりの勢いで開いた。


そしてそこには、般若の形相の二人の母親が腕組みをして仁王立っている。


「あんたたち、近所迷惑を考えなさーい!!!」


隣五軒をぶち抜きそうなくらいの大声が響く。


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