*骸25歳×綱吉14歳の義親子パラレルです
綱吉は胸に抱え込んだカバンを抱え直して息を飲んだ。
とある高級住宅街の真ん中、一際大きな豪邸の門の前で固まっている。
「な、何かの間違いじゃないですかね・・・」
「いいえ。旦那様がお待ちですので。」
淡い期待は無情にも一刀両断にされ、先を促された。
(旦那様・・・!!)
腰が抜けそうになった。
「私はここから先には足を踏み入れられませんのでお一人で行って下さい。玄関の前に迎えの者が出ている筈です。」
この時代に足を踏み入れてはいけないって、と綱吉は強い眩暈を覚えた。
恐らく「旦那様」お抱えの運転手だろうに、それでも敷地には足を入れてはいけないとはどういう事だろうか。
促されるままよろよろと門をくぐった。
綱吉は両親の経済的な理由から三歳の時に施設に預けられ、つい先日まで施設で育った。
両親が迎えに来る気配もなく、14歳になった。
さすがにもう引き取り手はないだろうと腹を括り、
中学を出たら働こうかと身の振り方を考えていた矢先の話しだったので正直驚いた。
しかも里親は綱吉でさえ知っているような大会社の社長だと聞いて腰を抜かしそうになった。
更にその社長はまだ25歳だという。
腰を抜かしそうになった。
綱吉がわたわたしている間に話しはトントン拍子に進み、
気付いたら迎えが来て、迎えに来た車が今まで見た事もないような黒塗りの高級車だったので腰を抜かした。
捻くれる事もなく素直に育った綱吉が引き取られると聞いた先生たちは、手放しで喜んでくれたのだが
綱吉は呆然とするしか出来なかった。
綱吉は口から心臓がはみ出そうなくらい緊張していた。
実はまだ「旦那様」と顔を合わせていないのだ。
どんな人かも分からずに、いきなり家族になれるのだろうか。
引き取られていった子供たちはみんな、里親とは何度も食事に行ったり泊りに行ったりしてから
家族になったというのに。
恐らく身元は確かだし、この屋敷を見ただけでも経済的に余裕があるのだろうから
先生たちは話しを受けたのだと思うのだが、綱吉には不安しかなかった。
(こ、怖い人だったらどうしよう・・・)
気さくな人間ならいいが、聞けば一代であの大会社を創り上げたというのだから余程のキレ者なのだろう。
しかも綱吉は自分でも頭が悪いという自覚があるので、そんな人と話しが合うかも分からない。
(うう・・・気持ち悪くなってきた・・・)
整えられた庭を楽しむ余裕もない。
大きな玄関の前には使用人と思われる人々が立っており、綱吉はカバンを抱き締めた。
(帰りたい・・・)
けれど今日から帰る場所はここなのだ。
「お帰りなさいませ」と一斉に頭を下げられる。
(何コレ何コレ何コレー!!!!!)
綱吉は半泣きになった。
当然だがこんな扱い一度もされた事はない。
贅沢を知らずに育ったので、全てが夢の中の出来事のようだった。
玄関を開けて貰い、スリッパを揃えて出された。
「わ、や、止めてください・・・!そんな事・・・」
して貰う事に慣れてないので申し訳ない気持ちになって、思わず口走る。
「いいのですよ。今日から君はここの子なのだから。」
不意に掛かった声に顔を上げて、綱吉はポカンと口を開けてしまった。
目の前に立っていたのは、日本人離れした手足の長さを持つ背の高い男だった。
その体型に相応しく整った顔は、男でも見惚れてしまう程だ。
色違いの不思議な目の色が、一層顔を華やかに彩っている。
「こんにちは。」
優しく滑らかな声だった。
「今日から君の父親になる六道、骸です。」
「う、あ、・・・・」
言葉も出せない綱吉にふと優しく笑い掛けてきたので、綱吉は固まってしまった。
「クフフ、父親になる、など妙な自己紹介ですね。」
骸が少しだけ照れたように微笑んだので、綱吉はハッと我に返った。
(そ、そうか・・・この人も俺と合うの初めてなんだもんな・・・同じだよな・・・)
「あ、あの、沢田綱吉です・・・!」
勢い良く頭を下げたはいいものの、あまりにも体を折り過ぎて玄関の段差に頭をぶつけてしまい
そのままくちゃりと倒れ込んでしまった。
「うう・・・・」
玄関が階段になっている家などそうそうない。
綱吉は低く呻きながら頭を押さえた。
「大丈夫ですか?」
笑いを含む声に救われた気になって顔を上げると骸とばっちり目が合ってしまい、思わず逸らしてしまった。
差し出された手を反射的に掴んだはいいが、
余りにも細くて長い手の感触は、触れてはいけないもののような気がしてぱっと放してしまう。
「・・・わ!」
俯いてる間に脇に手を差し込まれて持ち上げられ、
ふわふわと覚束ない足はしっかりと地面に落ちた。
施設では年長だったので子供扱いされるのは慣れてなかったが、
正直、嬉しかった。
「あ、ありがとうございます・・・」
照れながら精一杯の感謝の気持ちを述べると、今度は骸が顔を逸らしてしまった。
綱吉は少しだけ寂しい気持ちになって、そんな自分に首を傾げた。
「さ、そんな所に何時までもいないで上がって下さい。」
「はい・・・!」
綱吉は慌てて靴を脱いで骸の後に着いて行った。
骸の長い髪がふわりと揺れて、その後ろ姿にやはり自分は場違いなんじゃないかと思ってまた緊張が強くなってきた。
柔らかいソファに身を沈めて所在なさ気にカバンを抱き締める綱吉を、
骸は優しい目で眺めていた。
「今日は」
「はいい・・・!?」
ビクっと顔を上げた綱吉に、骸はくすくすと笑う。
綱吉はその笑顔に一気に力が抜けてしまった。
(良かった・・・いい人そう・・・)
「今日は一緒にゆっくりしたかったのですが、仕事に戻らなくてはいけなくて。」
申し訳なさそうに溜息を吐く骸に、慌てて手を振る。
「あ、俺は全然大丈夫です・・・!だって忙しいですもんね、社長さんですもんね!」
「ふふ、敬語は止めて下さい。もっと、友達と話すように。僕のは癖なのでお気になさらず。」
長い足を組み直す骸に息を飲んでから、「う、うん・・・」とぎこちなく返した。
がちゃがちゃと忙しない音を立てて出された紅茶に手を付ける。
こうして顔を合わせたら、自分を養子に迎える事がますます分からなくなった。
顔もいいし、性格も穏やかそうだし、地位もしっかりとしたものがある。
恋人がいてもおかしくない。
そんな綱吉の疑問を見透かしたように骸は口を開いた。
「僕はね、小さい頃に両親を亡くしてからずっと家族というものに憧れていたのですよ。」
「あ・・・」
家族がいない孤独は、綱吉には痛いほどよく分かる。
骸の心情を思ってしゅんとした綱吉に、骸は微笑んだ。
「だから、子供が欲しくて。ですが、子供は相手がいないと出来ませんからね。」
「う、嘘・・・!」
目を見開いて身を乗り出してきた綱吉に、骸はぱちぱちと瞬きをしてから吹き出した。
「一人では子供は出来ませんよ?」
「あ、いや・・・あのそうじゃなくて・・・・」
「?どうしました?遠慮しなくていいですよ。」
「・・・その、恋人、いそうだから・・・・」
「恋人」という単語を発するのも恥ずかしいくらいウブな綱吉は、頬を赤くして目を泳がせる。
骸は目をしならせた。
「何故、いると思うのですか?」
「え!」
思いも寄らなかった質問に、綱吉は更に頬を赤らめた。
うう、と口籠る綱吉を促すようにじっと見詰める。
言わなければ許して貰えないような雰囲気に、綱吉は俯いてぎゅっと目を閉じた。
「いや、その、か、かっこいいから・・・!」
半ばやけくそで言ったが、心臓がばくばくしている。
骸は告白されているような気持になって、ふと口元を緩めた。
反応がないので、言わなければよかったかな、と綱吉は後悔し始めた。
そろ、と目線を上げてまた固まってしまった。
とても優しい目で見詰められていたから。
施設の人たちにはもちろん優しくして貰っていたが、
そのどれとも違う目に、綱吉はぼうっと引き込まれてしまう。
「嬉しい、ですね。そう言ってくれるのは。」
「う、うん・・・」
何だか気恥ずかしい。
でも、嫌なものではなかった。
「恋人はいませんよ。」
「そうか・・・忙しいもんね・・・」
忙しくて出会いがないとぼやいていた施設の先生を思い出して、綱吉は一人頷いた。
「そう、ですね。だから子供が欲しくても、小さい子供だと相手をして上げられないから。
自分の事は自分で出来る、ちょうど君くらいの子なら問題ないかと。」
「あ、だから俺なのか。」
やっと理解出来て、綱吉は顔を綻ばせた。
骸は綱吉の笑顔を満足そうに見詰める。
「施設の先生方も、君はとてもいい子だと言ってましたし。」
「や、そんな、事は・・・」
綱吉は照れて髪をぐしゃぐしゃとかき混ぜた。
(この人と家族か・・・)
いまいち実感はないが、上手くやっていけそうな予感がした。
「では、僕はそろそろ行きますね。」
「あ、うん・・・!」
もっと話していたかったが、仕事だから仕方ない。
「玄関まで見送ってくれると嬉しいのですが、綱吉。」
どきりと心臓が跳ね上がった。
綱吉、と呼び捨てにされたのは初めてだった。
しかも見送りが嬉しいと言った。
必要とされている気がしてとても嬉しい。
まどろぶように骸の後を付いて行く。
さっきまでの不安が嘘のように吹き飛んでいた。
「今日から六道の姓を名乗って下さい。六道綱吉、ですよ。」
「うん!」
六道綱吉か、と嬉しそうに呟く綱吉に、骸も顔を綻ばせた。
「あと、二階の奥に僕の書斎がありますが、そこには勝手に入らないように。後は好きにしていいから。
君の部屋は、後で連れて行くように言ってあります。」
「うん、分かった。」
「良い子ですね。」
大きな手で頭を撫でられる。
思い返せば綱吉の周りは小さい子ばかりで、お兄さんでいなければいけなかったから
子供扱いされるのがこんなに嬉しい事だとは知らなかった。
(甘えて、いいのかな・・・)
いざ甘えるとなるとやり方が分からないが、
それでも骸の大きな背中を見ていると、守られている気がして甘えたくなる。
「いってらっしゃい、と、父さん・・・」
しどろもどろになりながらも頑張って言うと、
骸は目を見開いてからふわりと笑った。
「いってきます、綱吉。」
「うわ!ひゃ・・・!」
突然ぎゅっと抱き締められて、頬にキスされた。
落ちそうなほど目を見開いて顔を真っ赤にする綱吉に、
悪戯な笑みを浮かべた。
「海外の暮らしが長かったので。キスとハグは挨拶ですよ。」
「おおお、お、そ、そっか・・・」
そういえばそんな事を聞いた覚えはある。
骸の唇が触れた所を押さえてわたわたする綱吉の額にもう一度キスをして小さく笑うと
「では。」とあっさり出て行った。
綱吉は頬と額を押さえて真っ赤になったまま、しばらく動けなかった。
08.12.14 NEXT