「綱吉。」

ソファに座った骸は自分の膝をぽんぽんと叩いて、手招きをした。

「う・・・あ、」

膝の上に座らせる事がよくあるので、また座れと言っているのかと思って
綱吉は頬を赤くした。

「頭をここに乗せてください。」

「なぁ・・・!」

膝枕をすると言っているようで綱吉は更に頬を赤くしてわたわたした。

今はもう一緒に寝るのも骸の肌に触れるのも触れられるのも当たり前になっていたが
当たり前のになってはいるが、慣れるものではなかった。

骸の指先が柔らかく頬に触れるだけで、今でも鼓動が早くなって
骸に笑い掛けられるだけで溶けてしまいそうになる。

だから肩を抱かれるだけでも心臓が跳ね上がるから
膝枕なんてどうなってしまうか分からない。

頬を真っ赤にしたまま一向に近付こうとしない綱吉にくすりと笑って
その華奢な腕を引いた。

「ほら。」

柔らかく頭を撫でて、そっと綱吉の体を倒す。

綱吉は戸惑いながらも倒されるまま、耳をそっと骸の腿に付けた。

「わ・・・!」

「こうした方が楽でしょう?」

腰を掛けたて横になった形だから、
床についたままになっていた足を掬い上げるようにしてソファの上に乗せた。

緊張で入ってしまっていた力が抜けて、完全に頭を預ける格好になった。

骸は微笑みながら綱吉の頬を、髪を、くすぐるように撫でる。

綱吉は頬を染めたまま骸の手が滑っていくたびにぱちぱちと瞬きをして、
けれどやがて心地良さにゆったりと骸に体を預けた。

「元気がありませんね。」

「え・・・!?」

心配させたくなくて極力隠していたつもりだったのに、
驚いて顔を上げると、骸はふわりと笑って、体ごと上を向かせてしまう。

「綱吉の事は、ぜんぶ分かりますよ。」

見上げた先で骸が綺麗に笑うから、綱吉の頬は淡く染まった。

「言ってみて?」

「あ・・・、」

戸惑いに揺れる瞳を宥めるようにその小さな唇を柔らかくなぞる。

「あ・・・、ううん・・・何でもない・・・」

隠れるように顔を伏せようとするが、顎に指を添えられてやんわりと止められてしまう。

「綱吉。」

柔らかくはあるが、言わない事を許さない強引さを伝えてきて
綱吉はあ、と唇を震わせた。

綱吉を抱き起こすと、向かい合うように膝の上に座らせて
その丸い頬を大きな両手で包み込んだ。

「言ってみて。」

まっすぐに目を合わせて射抜くように強く見詰められると、
言わなければならないような、そんな気持ちにさせられてしまう。

綱吉はさんざん躊躇ったけれど、骸はじっと言葉を待っているし
自分自身どうしても気になってしまうので瞳を彷徨わせた後、
控え目に唇を開いた。

「父さん、は・・・恋人いるの・・・?」

「え?」

「あ、ううん・・・!何でもない・・・!」

骸が不思議そうに瞬きをしたので慌てて首を振ったが、
骸はくす、と笑って綱吉の顔を包み直した。

「綱吉以外に、と言う事ですか?」

改めて言い直されると、恥ずかしくて仕方なくなった。
悲しいけど別に自分は骸の恋人でも何でもないのに。

骸は大人なのだし、何の取り柄もない子供の自分より
きっともっと似合いの人がいるだろう。

頭では分かっていても、そう思うとまた寂しい気持ちになって
大きな目がじわりと水に揺れた。

骸は伏せられてしまった大きな目の縁を親指の腹でなぞった。

「誰かに何か言われたのですね?」

「あ・・・ううん!そうじゃなくて・・・」

「隠しても駄目ですよ。」

強く言い切られ、乱暴に重ねられた唇に息が止まりそうになった。
奪い尽くすようなキスに眩暈を覚えて、堪らず骸のシャツを強く掴んだ。

舌先を残して離れた唇は赤く濡れて、
同じくらい赤く色付いた舌は、呼吸を乱す綱吉の淡く染まった唇を這った。


君はいつも人の事ばかりですね、と落胆の滲む声が遠くで聞こえた。


「僕はね、綱吉。人間に興味がないのですよ。」


はっと上げた目線を捕えた色違いの瞳はまるで硝子細工のように冷たくて、
綱吉は思わず指先を小さく引き攣らせた。

引き攣った小さな指を掬い上げると、
色付いて濡れた唇で、その指先にキスをした。


「でもね、綱吉は別。綱吉だけは特別です。」

不意に熱を湛えた瞳に綱吉は目を見張り、
骸は唇を滑らせてその掌に、華奢な手首に、愛撫をして愛おしげに頬擦りをした。

「一目惚れをした、と言ったら信じてくれますか?」

「え・・・?」

手首に頬を押し付けたまま灼け付くような目で見詰められて、
綱吉の声はほとんど音にならなかった。

「施設の近くに公園があるでしょう?」

頷く事さえ出来ずに目を見張る綱吉にくす、と笑い掛ける。

「たまたま近くを通り掛かった時に綱吉が子供たちと遊んでいて、
僕は、綱吉の笑顔に目が離せなくなった。」

乱暴なキスとは正反対に、壊れものに触れるような繊細な指付きに
綱吉ははっと頬を染めた。

「見ている僕が嬉しくなるようなそんな笑顔で、
その笑顔を僕にだけ向けてくれたらどんなにいいだろうと。」

本当ですよ、と柔らかく笑って顔に擦り寄った。

「綱吉は優しくて、可愛らしくて、・・・こんな気持ちになったのは初めてですよ。」

綱吉、綱吉、と切ない声色で何度も頬擦りをされて、綱吉の胸は苦しくなった。

思わず涙が零れそうになって滲む大きな目を擦る綱吉の手を柔らかく包み込んだ。

「そんなに擦っては傷付けてしまいますよ。」

「うん・・・えへへ、」

骸が気遣ってくれたのが嬉しくて頬を染めた綱吉にそっと目を細めて
包み込むように腕を撫で下ろした。

「もう学校には行かないでください。」

「え!?」

驚いて目を丸くした綱吉に、骸は何事もないように笑い掛ける。

「妙な事を言って綱吉を傷付けるような人間がいるところには行かないでください。
綱吉には僕がいるから、学校に行く必要もないしこの先働く必要もないのですよ。」

目を見張った綱吉にじゃれるように額を合わせた。

「綱吉を、一人にはしないから。」

驚きと、嬉しさに目を見張ったままの綱吉はじわりと頬を染めた。

「あ、あの、でもね・・・!俺料理の学校行きたいんだ・・・!
だから中学も高校もちゃんと出たい・・・」

つと表情を曇らせた骸に、それでも綱吉は分かって欲しくて言葉を続けた。

「父さんが・・・美味しいって言ってくれるから・・・料理好きになったから・・・
俺、馬鹿だから・・・父さんみたいにはなれないから、だから、でも・・・
料理楽しいし、そういう仕事に就けたらなって・・・そしたら父さんにももっと美味しい料理作れるかなって・・・」

頬を染めて目を伏せたまま懸命に言葉を紡ぐ綱吉をじ、と見詰めていた骸は、
その華奢な腰を抱き寄せた。

「・・・僕のため?」

かぁ、と頬を染めた綱吉は小さく頷いて、あ、そんな理由じゃ駄目かな・・・と呟いた。

「それなら少し考えます。」と言った骸の言葉は意外で驚いたけれど、
すぐに強く抱き締められてしまったから、そのまま言葉を消してしまった。

「かわいい、綱吉・・・」

耳元で熱を孕んだ声で囁かれたら、自分を失ってしまいそうになる。

「でも覚えていて。綱吉は僕だけのものだから。」

僕も、と言って綱吉の柔らかい髪に指を通し、こめかみにキスを落とす。

「綱吉だけのものだから。この心も体もぜんぶ・・・」


喜びが大きいと、体が震える事を知った。


嬉しい、と呟き小さく震える綱吉の体を抱き込んで、背中を包むように手を滑らせる。

「会社だって、綱吉を迎えるために大きくしたようなものですから。」

骸の胸に顔を埋めていた綱吉はぱちぱちと瞬きをしてから嘘ぉ、と言って小さく笑った。
骸は釣られるようにくす、と笑ってから本当ですよ、と言った。

「財力がなければ綱吉を幸せには出来いでしょう?」

「・・・俺は、父さんがいれば・・・いいのに・・・」

言って、恥ずかしさから顔を隠すようにしがみ付く綱吉を、
そのまま柔らかくソファに倒して、短く口付けた。

「随分、可愛い事を言ってくれますね・・・可愛い僕の綱吉・・・、」

すぐそこで骸は熱に揺れる目を細めて恍惚と頬を撫でられて、鼓動が早まっていく。


でも、


「俺を、見付けてくれたのって、いつくらい・・・?」


骸はくす、と笑って随分前ですよ、とだけ言った。


緩やかに重ねられた唇から、熱く濡れた舌が忍び込んでくる。


骸はもうこれ以上は言うつもりがないのだろうと、漠然とした思いに至った。


そしてその思いから、緩やかな坂を登るように、
ゆっくりとゆっくりと、確信へと向かって行ってしまうような気持になった。

「綱吉・・・」

甘い熱を孕んだ声に胸が苦しくなる。


けれど綱吉は、骸が自分に注いでくれる愛情は確かなものなのだと信じて骸の背中に腕を回した。
そして自分が骸に向けるこの愛情も、確かなもので決して揺るがないものなのだと信じた。



例えこの先、何があろうとも。


09.05.31        NEXT
綱吉はパティ.シエがいいと思います(ポソ)