初めて人を愛しているのだと思う。


家族のようだった施設の子供たちとも、先生たちとも、友達とも違う愛情。


だから、と言うには言い訳がましいのかもしれないけれど、
手の伸ばし方が分からなかった。


どうしたら骸が喜んでくれるのかとか、笑ってくれるのかとか、
いっぱいいっぱい考えるけれど、結局明確な答えは出ない。

学校を休んで家に戻ってから、広くて静かな家の中で一人でずっと考えていた。

(もっと、小さい家に、引っ越せないかな・・・)

そうしたら掃除だって、ぜんぶ綱吉一人で出来るし、
食事の時間だって、もっと二人きりの時間が増えると思う。


きっともっと、今よりずっと、色々な話しが出来る筈。


骸が帰って来ると分かっていてもやっぱり、
広過ぎる家の中に一人で待っていると心細くなってくる。

綱吉は骸の寝室にそっと入って行った。

必要最低限のものしかない寝室の、大きなベットに体を埋めた。

今は骸は綱吉の部屋で一緒に寝ているから、ここはもう使っていないのだけれど
それでも骸がずっとここを使っていたのだと思うと、
骸を感じていられる気がした。

枕に顔を寄せると、骸の甘やかな香りがした。

(・・・父さんは・・・ずっと、ここに一人でいたんだ・・・)

シーツにそっと手を滑らせた。


寂しくは、なかっただろうか。


幼い頃から家族はいないと言っていた。
骸はほとんど自分の話しをしないから、触れてはいけない事のように思っていたけれど
もしかしたら綱吉が自分から尋ねれば答えてくれるのかもしれない。


骸の事を、もっと、知りたいと思った。


自分の感情で手一杯になってしまっていたから、
骸の心をもっと、知りたいと思った。

「・・・父さん、」

骸の悲痛な顔を思い出すと、胸が抉られるように痛くなる。

もしも骸がどうしても嫌だと言うのなら、思い出だって捨てる覚悟はある。
でもすぐにすべてを忘れる事なんて出来ないから、
もう忘れたと口だけの言葉は言いたくなかった。


会いたかった、どうしようもなく。


けれど骸からふつりと連絡が途切れた。

こういう時はいつも、骸がどうしても席が外せない時や忙しい時だから、
邪魔だけはしたくないから、綱吉から連絡はしなかった。

だけど、今日は何故か心細かった。
朝、あんな別れ方をしたからかもしれない。

心細さを誤魔化すように目を閉じると、
やがて緩やかに眠りに落ちていった。





柔らかくて、優しい感触で緩やかに意識が覚醒していく。

その時に、ああ寝てしまったのだとぼんやりと思った。

頬に、額に、首筋に、柔らかい唇が吸い付いて落ちていく。

「・・・父さん?」

寝惚けた唇に、キスが落ちてきて、甘く噛まれる。

「ん、あ・・・!!!」

綱吉はがくんと背中を跳ね上げた。

「あああああ・・・・っ」

突然奥まで貫かれたと思ったら、有無を言わせぬ強引さでもって
ベットが激しく軋み上がる音と一緒に一気に絶頂へと引き上げられる。

眠っていた体を急激に昂らせられて、思考も何も追い付かない。

手首を強くベットに押し付けられて、縋り付く事さえ許されずに
呼吸を忘れた唇から頬に唾液を伝わせる。

「あ、あ、あ、」

ぐ、と奥に押し込んで動きを止めたから、疼く体の芯に無意識に短く途切れた声を漏らす。

「・・・綱吉、綱吉」

骸は綱吉の上気した頬に擦り寄るようにして舌を這わせ、
愛おしく頬を合わせる。

「あ・・・う、父、さん・・・」

は、は、と短い呼吸を繰り返す綱吉は行き場のない熱にとうとう涙を零した。

薄い腹がひく、ひく、と痙攣した。

「今日、施設に行ったでしょう?」

「あ・・・!」

はと濡れた目を開いたが、中を強く擦り上げられて綱吉は体を跳ね上げた。

焦らされるように肉を引くように体内を往復する熱に、
細く白い肢体が細かく震えて宙を掻く。

何故ですか、と問い掛ける声が答えを求めているように思えなくて
荒い呼吸を唇が塞ぐから、声を出す事も出来ずに体が震えた。

「そんなに大切ですか?僕より?」

「っ・・・ぅ、」

薄くしか開けない瞳の中で、水に揺れる視界の中で、
鋭利なまでに悲痛な骸の顔を見た。

胸が刺されたように痛くなって、懸命に頭を振ると目尻からばたばたと涙が落ちた。

話しをしたくとも、どうしてと問い掛けする声は一向に応える事を許さずに
意識までをも白濁に飲み込んでいく。





薄っすらと目を開けると、部屋の中は仄かに明るいだけだったから、
朝もまだ早いのだとぼんやりと思った。

何が起きたかあまり覚えていないほど溺れて、泣いていたように思う。

最後はほとんど気絶するように意識を手放していた。

体を小さく身じろがせると重くて、そして隣には誰もいないのに気が付いた。

いつも目が覚めると当たり前のように骸の長い腕が自分の体を抱き締めてくれていたのに、
おはよう、と微笑んでキスをしてくれたのに。

心細くなって体を起こすと、体は綺麗に拭かれていて
骸の大きなカッターシャツが着せられていた。

ふと階下で物音が聞こえた気がして、綱吉は慌ててベットを降りた。
下着を探したけれど見当たらなかったので、ボタンを合わせるだけで急いで部屋を出た。

あまりにも急いだので階段を踏み外しそうになって体制を崩した。

「わ!」

「おやおや。」

落ちそうになった所で骸に抱き止められた。

優しい腕が体を支えて壊れ物でも置くようにそっと床に足を落とす。

「あ、ありがとう・・・」

骸はもうきっちりとスーツに身を包んでいて、今まさに出掛ける所のようだった。

見上げれば骸は微笑んだ。

その瞳の温度も、優しい腕も、何もかも変わらない。

けれど、

「起こしてしまいましたか?」

「ううん・・・!あ・・・もう、行くの・・・?」


ゆっくりとその腕は体を離れた。


「ええ。昨日は結局戻れず仕舞いだったので。」

「あ・・・ごめんなさい・・・」

骸はくす、と笑った。

「何故綱吉が謝るのですか?」



柔らかい、優しい、けれど、



けれど綱吉は、触れてこない指先を知らない。

抱き締めてこない腕を知らない。



「父さん・・・、」

振り向いた骸の、綱吉を映す瞳の温度は何も変わっていないのに。

「ううん・・・あの、いってらっしゃい・・・」

「はい。いってきます。」


小さな音を立てて閉まった玄関から、早朝の風が吹き込んですぐに途切れた。


かたかたと震えた小さな膝は、とうとう力を失ってその場に体を落としてしまった。

血が、すべて落ちていくような感覚にひやりとして綱吉は涙を零した。



呆れさせて、しまったのだろうか。

結局何も話せなくて、泣いているばかりだったから。



綱吉は息を詰めて涙を堪えたが叶わずに、
嗚咽と共に涙を零した。



なぜ、伝わらないのか、ではなくて。



伝わらないならどうして伝えようとしないのだろう、と。

思い返せば、抱き締められるだけで、抱き締め返すだけで、
自分から骸を抱き締めた事があっただろうか。

愛されるばかりで、自分から好きだと告げた事があっただろうか。

自分なりに、精一杯愛していたつもりだった。

けれど、伝わらなければ意味がないのだと、綱吉は小さな胸で初めて知った。



09.07.12                              NEXT