もともと学校をさぼったりした事がなかったので、
病気でもないのに休むのは気が引ける。

それに学校だって骸が授業料を払ってくれているお陰で通えるのだから
無駄にはしたくない。

骸が出て行った後、一人で随分泣いてしまって
気付けば一時間目が終わる頃だった。

それでも腫れた瞼を冷やして、学校に行って、昇降口に辿り着いた所で
携帯が内ポケットに入ってないのに気が付いた。

慌ててカバンの中も探すが見当たらない。

(・・・もしかしたら、)

懸命に掘り起こしても携帯を持って出た記憶がない。
見ればネクタイも忘れていて、心ここに在らず、という様だった。

「・・・。」

骸を待ちながらうとうとしていた骸の寝室に置きっ放しになっているのかもしれない。

(・・・連絡付かなかったら、父さん心配するだろうな・・・)

連絡が付かなかったら、もしかしたら学校に掛けてくるかもしれないけど
それまでの間心配させたくないし、

それに、これ以上骸と距離が出来るのは、本当に苦しい。

「・・・。」

綱吉は俯いて唇を噛んだ。

携帯を取りに家に帰って、そこで学校に遅れてしまった事を連絡しよう。

脱ぎ掛けていた靴を履き直して、
ふと山本の下駄箱の中が上履きのままになっているのに気が付いた。

(・・・休み、なのかな、)

昨日は元気そうだったが、体調でも悪くしたのだろうか。
山本は昨日も色々心配してくれていたから、学校に戻って来てから話せるかと思ったのに。

ちょうど下駄箱の横をクラスメイトが通り掛かったので
話した事はなかったが綱吉は思い切って声を掛けた。

「あ、あのさ、」

「え、あ、六道、くん」

突然話し掛けたから、クラスメイトはとても驚いて戸惑っているようだったけど
立ち止まってくれた。

「あの、今日は・・・山本休みなの・・・?」

「山本くん、昨日の帰りに事故に遭ったらしいよ。」

「え・・・!?」

「でも、あ、六道くん・・・!?」


綱吉は、礼を言うのも忘れて駆け出した。


もし山本が入院していたら、教員に訊いても病院を教えて貰えるとは思わない。
それなら直接山本の家に行った方がいい。

遊びに行けるとは思ってなかったけど、家の場所は聞いていた。


綱吉ははただ走った。


頭がぐらぐらする。

まさか、まさかとは思う。

けれど骸は山本に対していい印象を抱いてなかったように見えた。
けれどそれだけで、そんな事だけで優しい骸がそんな事する筈ない。

信じる気持ちの方が大きい。

けれどほんの僅かな疑念が胸を焼く。

(そんな事ない、父さんがそんな事する筈ない、)

そしてそんな疑念を抱く自分も大嫌いだと思った。

とにかく今は、山本が心配だ。

商店街のちょうど真ん中辺り、山本が教えてくれた店を見付けて縋るように引き戸を開いた。

「す、すみません・・・っ!」

傾れ込むように店内に足を踏み入れると、山本の父親らしい男性が
カウンターの中で仕込みをしていた。

息を切らせる綱吉に大丈夫かい、と柔らかく声を掛けてから微笑んだ。

「お?武んとこと同じ制服だな。友達かい?」

「は、い!あの、山本、山本くんは・・・っ」

「あれっ?六道?」


二階に続く階段からひょっこり顔を出したのは山本で、
綱吉に驚いたように目を丸くしていた。

「やまも、と・・・!事故に遭ったって聞いて、大丈夫なの・・・!?」

店に下りた山本には、怪我らしい怪我も見当たらず、
いつもと変わらない様子で立っていた。

「おお!怪我らしい怪我はここだけ。」


笑って指差した肘には小さな絆創膏が貼られているだけだった。

「ちゃんと避けらんなかったのかよ!」

咎める父親の口調に避けたじゃねーか、と山本は苦笑いをする。

「念の為休ませてるだけだから、心配ねぇよ。」

父親は馬鹿だから頑丈なんだ、と綱吉に笑い掛ける。

「そうそう。朝練は出たかったんだけど。」

「朝練出て学校休む馬鹿いねぇだろ。」

明るい遣り取りに、色を失くしていた綱吉の頬にゆったりと赤味が注していった。

「よ、かった・・・」

「おい!六道!?」


ただ体中の力が抜けて、目の前が黒に染まっていき、ゆるやかに視界が下がっていった。
意識が途切れる前に、骸を想った。





骸が柔らかく笑ってくれている。
優しい指先が頬に触れて、綺麗な瞳が綱吉を映して微笑む。
とても、幸せだと思った。
骸が大好きだと思った。

骸の腕の中はいつも温かくて優しくて、涙が出るほど幸せな気持ちになる。

骸が笑って抱き締めてくれた。



けれどそれが夢だと分かったのは、薄く開いた視界に見慣れない天井が映り込んだから。



「よ、起きたか?」

はっと視界を横にずらすと、山本が小首を傾げて心配そうに笑っていた。

「・・・あ・・・、俺・・・、」


握り締めた布団はいつも骸と一緒に寝ていたベットのものではなくて
気が緩んで店で倒れてしまったのを思い出した。

「悪かったな、心配掛けちまったみたいで。」

「ううん・・・!あ、あんまり寝てなくて、朝ご飯も食べてなかったから、気が抜けちゃったみたい・・・」


ゆっくりと体を起こすと、外が暗い気がしてすぐに時間が気になった。

「あ・・・ごめん、今何時・・・?」

「ん?ああ、」

山本は長い体をほとんど畳に倒して置時計を手繰り寄せた。

「六時半だな。」

「え、え・・・!?ごめん・・・!俺そんなに寝てた・・・!?」

「寝てなかったんだろ?疲れてたんなら仕方ねぇよ。」

気遣ってくれたのが嬉しかった。
けれど本当は今は、山本の心配をしなければならないのに。
綱吉はごめんね、とせめて笑顔で返した。

「お店ももう始まってるんでしょ?ごめんね、もう帰るから!」

「大丈夫か?顔色悪いぞ。」

「ごめんね!返って心配掛けちゃったね・・・」

「もう少し休んでけよ。」

「あ、ううん・・・大丈夫!」


立ち上がると少しふらりとしたけれど、心配を掛けたくなかったから急いで勝手口に向かった。
けれど、山本は心配そうにしていた。

「送ろうか?」

「ううん、本当に大丈夫!ほら、一緒に歩いてたら、学校サボって遊んでたと思われたら
山本も大変でしょ?」

「何かあったら言えよ?」


真摯な表情の山本に、ちくと胸が痛んだ。

「・・・ありがと。じゃあ、またね。」

おう!と明るく見送ってくれた山本に、救われた気持ちになって手を振り返す。

骸な訳がない。
微かな疑念を振り払うために綱吉は小さく唇を噛んだ。


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