綱吉はがちがちに緊張していた。

今日から通う学校は、スポーツでも名門の私立中学校だった。
まさか自分が、という出来事が続き過ぎていて、
頭がパンクしそうだ。
だってほんの数週間前まで、こんな生活が待っているとは
夢にも思っていなかったのだから。

「緊張してますか?」

さっきから微動だにしない綱吉に、小さく笑い掛ける。

「う、うん・・・でも父さん本当に良かったの?こんなに早く家出て。」

「ええ。綱吉のいない家にいてもつまらないので。」

これからも毎日、出勤する骸と一緒に車に乗って登校する事になった。
一生懸命辞退したのだが、通り道だからと押し切られた。
でも本当は、骸と一緒にいられる時間が増えるから嬉しかった。

「そんなに緊張しなくても、大丈夫ですよ。」

柔らかく髪を撫でた手が腕を滑り降りて、そっと綱吉の手を握った。
たったそれだけの事でドキドキとして、

「大丈夫ですよ。」

骸に大丈夫と言われると、不安が全て吹き飛ぶ気がした。

「うん・・・ありがと・・・」

淡く頬を染めて、躊躇いながらも骸の腕に体を寄せた。
とても温かくて、重ねた手が、溶けてしまいそうだった。



転校初日に車で横付けするのはさすがに目立ち過ぎる。
少し離れた所に車を止めて貰って、あとは歩く事にした。

「ああ、綱吉、待って。」

出て行こうとしたら腕を軽く引かれて、
ぽすりと簡単に骸の胸に収まってしまった。

驚く間もなく、頬にキスを落とされた。
柔らかく濡れた温かい唇に、そわりと心が波を打つ。

「いってらっしゃい。気を付けて。」

「う、うん、いってきます!」

恥ずかしくて逃げるように車を飛び出して走った。
そんな綱吉を、骸は微笑んで見詰めていた。

(俺やっぱおかしい・・・!)

何でこんなにドキドキするんだろう。
相手はまだ一週間しか一緒にいないけど、父親だ。

ドキドキと高鳴る胸は、淡いものではなく
綱吉でも分かるくらい欲望を滲ませていた。

自覚してすぐに綱吉は大きく頭を振った。

(いや、俺は父さんを父親として好きなんだ。絶対そう!)

自分に言い聞かせて足を止めた。

「おはよう、六道君。」

校門の前で待ち構えていたのか、校長と教頭だった。

(え、えええええ!?)

何かしでかしてしまったのかと、
まだ通ってもいないが条件反射でそんな事を思った。

ホームルームが始まるまで校長室に通されて、お茶まで出された。
私立ってやっぱり違うのかなぁ、と思ったが
教室に向かう前に校長に「お父様にくれぐれも宜しくお伝えください。」と
言われたので、骸のお陰だったのかと納得した。

寄付金だの何だの、その他諸々の事情がある訳だが
綱吉にはそこまで分からない。
改めて骸の存在を頼もしく思い、誇らしかった。


骸に大丈夫と言われて落ち着いていたが
担任の後に着いて教室へ向かう時に、また緊張がぶり返してきた。

ここに骸がいて、また大丈夫と言われたら落ち着くだろうが
骸がいる筈もない。

転校生が来ると噂になっていたのだろう。
教室からそわそわとした声が漏れていた。

新しい教室、新しいクラスメイト。

(駄目だ・・・!緊張する・・・!)

馴染めるだろうかとか勉強に付いて行けるだろうかとか
不安が先立つ。

「わ!」

悶々としていた所に急にブレザーの中で携帯が振動したので
綱吉は小さく飛び上がってしまった。

「どうしました?」

教師に敬語を使われるのが落ち着かないが
「何でもありませんっ!」と慌てて返した。

渡された携帯は骸しか番号を知らないので、
綱吉は期待に胸を弾ませながらそっと画面を確認した。

メールで一言
「がんばって!」

ばあっと顔が赤くなるのが分かった。

たったそんな、一言で。

嬉しくて顔を綻ばせた。

自分には骸がいる。

それがどれほど歓ばしく誇らしい事か。



「六道綱吉です・・・」

ぎこちなくではあるが、笑顔も出せた。

「よろしくな、六道!」

見るからにスポーツ推薦で来たのだろう隣の席の山本は
人好きのする笑顔を向けてきた。

(よかった・・・いい人そう・・・)

綱吉はほっと息を吐いた。
やはり名門校と言うべきか、あからさまに素行不良の人間はいないように見えた。
山本と反対側の隣の席は空席で、ちらと視線を向けると
それに気付いた山本がに、と笑った。

「あ、そっちは柿本ってヤツが座ってんだ。朝は大体来ねーの。」

「重役出勤!?」

「そうそう、それそれ。見た目がちょっと怖えーかもしんねーけど
悪いヤツじゃねーからさ。」

(でもそれって・・・)

確実に不良だろう。

見たまんま人の良さそうな山本が悪い人じゃないと言うなら信じようと思ったが、
見た目が怖くて朝来ない、と言ったら不良しかいないように思う。

そして綱吉はとても高い確率でそんな人たちに目を付けられる。

(うう・・・)

出来れば早く来て欲しい。
そして山本の言う通り悪い人ではないと確認したい。

そしてそんな綱吉の願いが通じたのか、
一時間目が始まって少ししたら教室の後ろの扉が音を立てて開いた。

「お、柿本!今日は早ぇな!」

山本が明るく声を掛けるが、返ってきた答えは

「あ?煩ぇんだよてめー。」

不機嫌を丸出しにした声に、綱吉は思わずびくりと肩を揺らした。

教師も遅れて来た柿本を注意しなかった。

(先生にも怖がられてるのか・・・っ!絶対不良じゃん・・・!)

綱吉は教科書に顔を埋めてがっくりと項垂れた。
柿本は近くまで来たが、一向に席に着く気配がなかった。

(わ・・・っ見られてる・・・!?)

見ない顔だと睨み付けているのかもしれない、と綱吉は顔を引き攣らせた。
恐ろしくて顔を上げられない。

「今日転校して来た六道。」

柿本の視線はやはり綱吉に向いているようだった。
山本が紹介をしてくれた。
せっかく山本が紹介をしてくれて、顔を上げるチャンスをくれたので
怖かったがゆっくりと顔を上げた。

「あ、あの、六道綱吉です・・・・・・、?あ!」

綱吉は目を丸くした。

「やっぱり!綱吉さんスよね!?
俺、隼人です!覚えていらっしゃいますか!?」

さっきの不機嫌な声とは打って変わって
隼人は少し頬を染めて笑った。

聞いた事もないような隼人の明るい声に、
生徒たちはちらちらと振り返った。

「お前ら知り合いだったのか?」

「るっせ!黙れ馬鹿!野球馬鹿!!」

(相変わらずだな・・・)

綱吉は懐かしむような苦笑を浮かべた。






09.01.24                                              NEXT