昼休みの屋上に並び立って、よく晴れた空を見上げた。

「五年振り、かぁ。」

しみじみと呟くと、隼人も大きく頷いた。

「ええ。五年振りっす。」


隼人とは施設が一緒だった。

施設にいる子供の事情は皆似たり寄ったりだが、
隼人はいわゆる問題児で行く施設で必ず問題を起こし、
施設を転々としていた。

暴力行為はもちろん
小学生ながら喫煙もして犯罪まがいの事もしていた。

最初は怖くて仕方なかったのだが、
元からお兄ちゃん気質の綱吉は何かと隼人を気に掛けていた。

始めは綱吉を邪険にしていたのだが、
同年代の子供に気に掛けて貰える事などなかった隼人は
次第に綱吉に懐いていった。

同い年にも関わらず綱吉さん綱吉さんと言って
親うようになっていた。

それはそれで怖かったが、そこは子供の柔軟性が手伝って
すぐに仲良くなった。

けれど、隼人と過ごした時間は半年ほどだった。


「綱吉さん、六道ってもしかしてあの六道っすか?」

「あ、うん・・・そう、なんだ。俺もびっくりしたんだけどね。」

綱吉でも知ってるのだから、隼人が知らない訳がない。
綱吉は少し照れ臭そうに頷いた。

「柿本のヤローなんも言ってなかったな。」

「柿本のヤローって・・・」

恐らく養父の事を言っているのだろうと分かって、
綱吉は苦笑いした。

「あいつ、六道の秘書してんすよ。」

「えっホント!?父さんも何も言ってなかったな・・・」

「マジすか?ああ、でも忘れてんのかもしれないっすね。
俺が六道と会ったのってすげー前にちょろっとだけですから。」

仕事で忙しくしている身だからお互い子供の話しなどしないのだろう。
しかも骸はまだ若い。
養子を取った事も公にはしていないのかもしれない。

「でもよかった。隼人君元気そうで。
お父さんとも上手くやってそうだね。」

「まあ・・・ユルイ奴なんで。」

そう言って隼人は顔を顰めたが、
綱吉には何となく上手くやってるだろうなという
確信めいたものがあった。

綱吉がそう思う時は大抵当たっているので安心した。

隼人が本気で嫌がっているのなら
もうとっくに家にはいないだろうから。

「六道ってまだ若いんすよね?」

「え、あ、うん!」

骸の話題が出るとどうにも心臓が跳ね上がってしまう。

顔が赤くなってないか心配で、
思わず頬を抑えた。

「五年も一緒にいると父さんって呼べるんすね。
俺なんか何年経っても絶対呼べないですよ。」

「そう?でも俺が六道になったのってつい一週間前なんだけどね。」

「え!?」

「ん?」

隼人が目を丸くしたので綱吉は首を傾げた。

「一週間前っすか!?
・・・・じゃあ、その前にどこかに行かれてた、とか?」

「ううん。急に決まったんだ。
その前はずっとあの施設にいた。」

「マジっすか!?」

「え?」

そんなに驚く事だろうかと不思議に思って更に首を傾げた。

「五年前、俺も急に決まって綱吉さんに挨拶もしないで
施設から出されたんで、あの後施設に行ったんすよ。」

「そうなの!?・・・誰も言ってなかったな・・・」

思い返しても隼人が来た事を誰も言ってなかったように思う。

朝目が覚めたら隼人はもういなくて寂しい思いをしたのだが
引き取られたと聞いて安心したのを覚えている。

それから五年間隼人とは音信不通で、
でも引き取られた先で施設の事を引き摺るのも良くないと
先生たちにも隼人の事は聞かないようにしていた。

隼人は眉間に皺を寄せた。
その様は全く変わってなくて、少し笑いそうになった。

「俺は綱吉さんが引き取られたって聞いたんすけど。」

「ええ!?俺ずっといたのに!」

「あんのセンコー共・・・嘘吐きやがって!
ブチのめして来ます!」

「ちょ、待って待って!」

今にも駆け出しそうにな隼人を懸命に抑えた。

「いや、ホラ、勘違いだったかもしれないじゃん!俺影薄いし!」

「綱吉さんをそんな扱いする連中はブチのめします!」

「ぎゃあ、待って待って!!落ち着いて!!」



相変わらず沸点の低い隼人を何とかなだめて
元の場所に落ち着いた。
綱吉は叫び過ぎて喉が痛いし肩で息をしていた。

「ああ、でもホントよかったよ。
隼人君全然変わってないし、
新しい学校だから不安だったんだ。」

息を整えながら苦笑い混じりに言うと
隼人は照れ臭そうに笑った。

「俺もまさかまた綱吉さんと同じ学校に
通えるとは思ってなかったので嬉しいっす!
これからもよろしくお願いします!」

勢い良く頭を下げた隼人に釣られて
綱吉も思わず頭を下げた。

「こちらこそ!」

「お、何やってんだお前ら!
俺も混ぜてくれよ。」

「あ!?山本てめーはすっこんでろ!」

どうやら山本は隼人の暴言には屈さないようで
にこにこしている。

心の中で山本を尊敬しつつ、
これからの学校生活が楽しくなりそうで
綱吉は心の底から安堵した。




放課後は、山本は部活があると言って
グラウンドにすっ飛んで行った。

やっぱりスポーツ推薦だったんだなぁと思いながら
山本を見送った。

綱吉と隼人は自然と一緒に教室を出た。

「家は近いんすか?」

「うーん・・・20分、くらいかなぁ」

車で来てしまったので正確な時間は分からないが
恐らくそのくらいだろう。

朝は骸と一緒だが、帰りに一人で20分も歩くのかと思うと
正直めげそうになった。

「お送りします!」

「え!?隼人君の家はどこなの?」

「ああ、電車通学なんすけど」

「ええ!?いいって!大丈夫だから!」

一緒に帰れるのは嬉しいのだが
駅は綱吉の家と正反対だ。
そこまでして貰うのは気が引ける。

「いえ!朝もお迎えに上がります!」

「いい、いい、いいから!
あ、そう!朝は父さんと一緒だから!」

「そうなんすか・・・」

あからさまに肩を落とす隼人を見て、
一体どっちが隼人のためなのか分からなくて苦笑いしてしまう。

「あ・・・っ!」

階段で生徒とすれ違い際に肩がぶつかって
カバンが腕から落ちてしまった。

「あ、ごめんな〜」

見上げると恐らく上級生なのだろうが
悪意のある笑みを浮かべて軽く謝られた。

「てめぇ」

隼人が凄むと、鼻を鳴らして階段を上がって行った。

「シメて来ます!」

「あ!いいんだホント!
・・・慣れてるから」

「・・・綱吉さん・・・」

両親がいないというだけで、施設にいるというだけで、
心無い言葉を浴びせられたり、
いじめられたりするのはもう慣れていた。

隼人も少なからずそういった経験があるので
綱吉の気持ちは痛いほど分かった。

ただ、この学校には今日初めて登校したから
そういった情報が上級生にまで伝わっているとは
思えなかった。

だったらもう、綱吉のその儚げな姿だけで
目を付けられた事になる。

綱吉はそれにももう慣れていたし諦めていた。

隼人は綱吉の穏やかな気持ちを汲んで、
カバンを拾い上げると埃を払って綱吉に差し出した。

「やっぱり綱吉さんが何と仰ろうと、お送りしますから。」

真摯な表情で告げられれば、
断る理由がなくなってしまう。

「・・・うん、ありがとう」

控え目に呟くと、隼人は嬉しそうに笑った。



校門を出てしばらく歩くと、見覚えのある車が止まっていた。

(あ・・・!うそ・・・!)

ゆっくりと窓が開いて、骸が軽く手を振ってきた。

「あ!?あれ六道じゃないっすか!?」

綱吉は自分の顔が赤くなるのが分かった。

「あ・・・迎えに、来てくれたのかも・・・」

「綱吉さんのお父さんにご挨拶します!」

(ひえええ・・・)

友達を家族に紹介するシチュエーションなど初めてだから
どうしていいか分からない。

頬を赤く染め上げて近付いていくと、
骸がすっと目を細めた。

「おや、もうお友達が出来たのですか?」

「柿本隼人っす。」

「・・・柿本」

骸は思い出すように口の中で呟いた。

「ああ、柿本隼人。覚えてますよ。
ここに通っていたのですね。」

「はい。綱吉さんと同じクラスになりました。」

律儀に頭を下げた隼人に、綱吉は些か驚いた。
恐らく綱吉の養父だからという理由で
ここまで丁寧にしているのだろうが、
こんな隼人見た事がない。

「父さんも知らなかったの?俺もびっくりして」

「綱吉。」

綱吉の言葉を遮って、骸は自分の隣をぽんぽんと叩いて微笑んだ。

「あ・・・」

乗れ、という意味なのだろう。
骸の微笑みはいつもと違って
有無を言わせない強引さがあった。

「じゃあ、隼人君も・・・」

「いえ!恐れ多くて乗れません!」

「よく躾けてありますね。」

骸の言葉に驚いた綱吉が目を見張ると、
骸は目を細めて笑った。
それは綱吉が見た事がない骸の顔だった。

隼人は僅かに眉を動かしただけで
何も言わなかった。

一瞬凍り付いた空気に、綱吉は動けなくなった。

沈黙を破るように骸は自ら扉を開けて、
綱吉の腕を掴んで車に引き入れた。

その動作が荒くて、綱吉は息を詰めた。

「出して。」

運転席に告げると、エンジンが静かに動き出す。

「あ・・・!隼人君・・・また、明日!」

慌てて体を乗り出すと、
隼人はにかっと笑った。

「ええ、また明日!」

掴まれた腕が痛くて、綱吉はまた動けなくなって息を詰めた。

「父さ・・・あ・・・」

バックミラーに映る隼人の姿に居た堪れない気持ちになるが
それを遮るように骸に顔を掬い上げられてしまう。

柔らかく頬にキスをされて、
それだけで綱吉の思考は消し飛んでしまった。

鼻先を甘く吸い上げられて体が痺れた。

「父さ、ん・・・」

「僕の事、考えてくれてましたか?」

間近で柔らかく細められた瞳に、思わず見惚れる。

「うん・・・メール、嬉しかった・・・すごく」

「よかった。」

そのまま瞼に口付けられて、
その唇は頬に、額に、目元にキスを落としていく。

「・・・ん、」

体の芯が疼いて、
綱吉は声が漏れてしまったのにも気付かず身じろいだ。

「ああ、いけない子ですね。そんな顔をして。」

夢を見ているような気持で顔を上げたら、
濡れて揺らめく瞳に捕えられて息が止まりそうになった。

骸は柔らかく微笑んだ。


「可愛いですよ、綱吉・・・」


骸に抱き締められると、
酷く安心して、それ以上に胸が熱くなる。


「父さん・・・」




そして何もかも、消し飛んでしまうようだった。






09.02.15                                                     NEXT