綱吉は学校に馴染めずにいた。

やはりと言うべきか、名門と言われる学校に通う子供達は
子供ながらにステイタスを重んじるようだった。

あの六道骸の子供である綱吉には
機嫌を取るような接し方か、
敵対心を剥き出しにされるかのどちらかだった。

教員も綱吉に対しては殊の外丁寧で
綱吉の存在を面白くないと思う子供達には
それがますます気に入らないようだった。

今のところあからさまな苛めを受けている訳ではないが
時折確かな悪意を持った言葉を投げられる事はあった。

隼人はもういないし、綱吉に普通に接してくれるのは山本くらいだ。
山本も少なからずそうした空気を察しているようで
何かと気に掛けてくれて、だから山本のお陰で学校はちゃんと通っている。

それに家に帰れば骸と一緒にいられる。

だから、気にしなければいい、そう思っていた。

けれど実際は綱吉の意思とは関係なく起きてしまうものだった。


いつも通りの放課後に、昇降口で待ち伏せをされていた。
何度も経験してきたこの状況は、それでも慣れるものではなかった。

恐らく上級生なのだろう、何人か付き従えて完全な悪意を持った目をしている。
運悪く周囲には誰もおらず、逆らえば状況が悪化するのはもう嫌という程知っているので
強く腕を引かれるまま、校舎の裏側まで連れて来られた。

ここまで来てしまうと、この先は何が起きるかもう決まっている。

「お前、六道の子供だからって調子乗ってんなよ。」

強く肩を押されてカバンが落ちて、体が竦んだ。

怖い。
こんなの絶対に慣れない。

綱吉は骸の事を思った。
骸なら絶対助けてくれる。

綱吉の大きな目が滲んだのに気をよくしたのか胸倉を掴まれた。
殴られる、と思った時、横から延びてきた手がそれを遮り、
胸倉を掴んでいた手を掴み上げた。

「別に調子なんか乗ってねーと思うけど。」

「山本・・・!」

山本は腕を捻り上げたまま綱吉に向ってに、と笑ったが
すぐに眼光を鋭くさせた。

「妙な言い掛かりつけんなよ。六道に謝れ。」

ぎり、と更に腕に力を込める。

「謝れ。」

完全に気圧されて負け惜しみのように舌打ちをすると、
乱暴に山本の腕を払い、取り巻きを連れてその場を去って行った。

綱吉はまだ体が竦んで動けなかった。

「あ・・・山本、ありがとう・・・」

「おお。」

山本は普段の山本に戻っていて、
中身がばら撒かれている綱吉のカバンを拾い上げた。

「お、料理なんかすんのか?」

拾い集めていた教科書の中に料理の本が混ざっていて
山本は興味深そうに料理の本を手に取った。

山本の明るい言葉にはっと我に返った綱吉も教科書を拾い出した。

「・・・うん、そうなんだ。興味、なかったんだけど・・・
作れた方がいいかなって・・・」

へえ!と山本は感心した声を上げた。

「すげぇな!俺もたまにやらされっけど細かい事が出来ねーからさ。
いっつも親父に怒られる。」

「え、山本も料理すんの!?」

「たまにな〜家が鮨屋なんだよ。」

「そうなんだ!・・・でも俺もまだまだ失敗ばっかだし
とてもじゃないけど人には出せない・・・」

「俺も同じようなもんだよ。」

顔を見合せて笑った後、山本ははい、とカバンを渡してくれた。

「ありがと。」

「ん。この学校ってさ、スポーツ推薦以外はいいトコのお坊ちゃんが
通う学校みてーだからさ、ひがみとかもすげーらしい。」

不安そうに見上げてきた綱吉に、山本は笑い掛けた。

「俺は商店街のただの鮨屋の倅だからはなから相手にされねーし、
だから六道の辛さとか分かってやれねーかもしんねーけど
何かあったら言ってくれよ。力になれる事はするからさ。」

「・・・山本。」

心強かった。
山本がいてくれて本当に良かったと思った。

「あ、あの、俺」

「ん?」

だから山本には、本当の事を知って欲しいと思った。

「実は俺、父さんの本当の子供じゃないんだ・・・
ついこの間まで施設で育ってて・・・だからそんな大層なものじゃないし
父さんが引き取ってくれなかったらこんな所にいられるような人間じゃなくて、」

自分が何を言いたかったのかよく分からなくなってしまったのだが
山本は大きく瞬きをした後、に、と笑った。

「そっかぁ。でも今はちゃんと家族なんだからいいんじゃねーかな。
だってその料理だって、親父さんのためなんじゃねーの?」

「あ・・・」

確かにそうだ。
骸と出会わなかったら料理なんて興味を持たなかっただろう。

山本は小さく頷いた綱吉の頭をがしがし撫でた。

「気に、しないの・・・?」

「ん?」

山本はきょとんと笑った。

綱吉からしてみれば、施設で育った事をからかわれたりする事の方が多かったから
それでも普通にしてくれる山本が新鮮で、戸惑って、でもとても嬉しかった。

「ううん!何でもない・・・部活、行かなくていいの?」

体操着姿の山本は、部活に行く途中のようだった。

「おお。でも、帰り大丈夫か?」

「うん、大丈夫!・・・父さん、迎えに来てくれるから。」

少し照れて笑った綱吉に、山本は破顔した。

「仲良いな〜!じゃあ気を付けてな!また明日。」

「うん、じゃあね!」

手を振って山本を見送ると、不意に視線を感じた。
振り返るとそこには校舎がそびえ立っているだけで誰もいなかった。

そわり、と鳥肌が立った。

不気味だった。

もしかしたらさっきの上級生かもしれないし、違う人間かもしれない。
まさか自分がひがまれる日が来るなんて思いもよらなかった。

やはり、見られている気がする。
怖くなって、骸が待つ場所に走り出した。



骸は今日も迎えに来てくれていた。
優しい笑顔で迎えられて、綱吉はほっとした。
やっぱり骸の傍は安心する。


会社に戻るまでの時間、ソファで手を繋いで話していた。
骸の手は大きくて、綱吉の手をすっぽりと包み込んでしまう。
長い指が絡まるように綱吉の指の間に滑り込んできて
思わずどきりとしてしまう。

「あ、あのね、やっぱり俺、料理したいんだ。」

綱吉はどきりとしてしまったのを誤魔化すように言った。

「気を遣わなくていいのに。」

骸が少しだけ寂しそうに笑ったので、綱吉は慌てて首を振った。

「気なんか遣ってないよ・・・!ただ、俺が作りたいんだ・・・
その、父さんに食べて欲しくて・・・」

「本当に?」

恥ずかしくて俯き掛けた綱吉は、まさかそう訊き返されると思ってなくて
弾かれたように顔を上げた。
骸に揶揄している様子はなかったから余計戸惑った。

「本当だよ・・・あ、でもまだ全然下手なんだけど・・・」

告げると骸があまりにも嬉しそうに笑ったので
綱吉は思わず呼吸を忘れて魅入ってしまった。

「新婚みたいですね。」

「んなぁ・・・っ」

耳まで赤くしてしまった綱吉を見て、骸はくすりと笑った。

本当にどこまでが冗談なのか分からない。
冗談なら冗談と分かるように言って欲しい。
じゃなきゃ心臓が持たない。

開いている手でふわりと髪を梳かれて
まだ赤味が引かない顔を上げた。

「学校は、どうですか?」

「あ・・・うん、」

急に現実に引き戻された気がして、答えに詰まってしまった。

「言ってくれて構わないのですよ?綱吉の事は全部、知りたい。」

くすぐるように頬を撫でられて、綱吉はまた頬を赤くした。

「・・・あ〜・・・、正直に言うと・・・」

「正直に言うと?」

優しい声に促されても、綱吉は目を泳がせてしまう。

「・・・うん、あんまり、馴染めてないかも・・・」


そろっと視線を上げると骸は、とても、嬉しそうに、笑った。


目を見張る暇もなく腕を引かれて、
引かれるままに立ち上がると、骸は正面から綱吉を抱き竦めた。

立ち上がった綱吉の、丁度胸の辺りに骸は顔を埋めた。

甘い香りがする。

柔らかい髪が頬をくすぐって、綱吉は思考を止めてしまった。

「・・・綱吉、」

熱っぽく囁かれて心臓が跳ね上がる。

鼓動の早さが伝わっていそうで恥ずかしくて身じろぐけれど
骸は離すどころか余計に強く抱き竦めた。

「綱吉はそのままでいて。」

「父、さん・・・」

「だって綱吉は僕だけのものだから。」

まるで愛でも囁くように言われて、鼓動は早くなるばかりだった。

骸の大きな手が熱を呼び起こすように背中を滑る。

「父さん・・・」

「僕に触られるのは嫌ですか?」

戸惑って呼べば、すぐに遮られた。

胸に擦り寄るようにされて、シャツの中に忍び込んできた手が短く背骨をなぞった。

綱吉は堪らず息を詰めた。

「嫌ですか?」


嫌じゃない。


けれど嫌じゃないと思う自分に戸惑う。
それに骸は義理とはいえ父親だ。

重ねて問われるが、どう答えていいか分からない。
触って欲しい。
心の奥では確かに思っている。

だけどそれは許される事なのだろうか。
一体骸はどういう思いで自分に触っているのだろうか。
 
戸惑って答えられない綱吉に焦れるように
乱れた襟元を解放して、その細い首に吸い付いた。
 
薄く皮膚を吸い上げらて、
そこからぞわぞわと背中を這い上がってくるものがあった。
 
「・・・っ」
 
思わず息を漏らした綱吉に
骸の濡れた唇が弧を描いた。
 
その笑みにまたざわざわと体中に熱が走った。
 
骸の熱い舌が首筋をくすぐるように滑って
綱吉は堪え切れずに膝を落とした。
 
「おっと。」
 
抱き止められて見上げて目が合って、
綱吉は動きを止めて呼吸さえ止めてしまった。

心臓の音がやけにうるさい。


「・・・綱吉、かわいい。」


緩やかに弧を描く唇が艶やかで
薄っすらと色付いた眼尻は色を乗せていて
心臓どころか全身を強く掴まれた気さえした。

綱吉はあ、と小さく口を動かすのが精一杯だった。

ふわり、と体が浮いてソファの上に柔らかく体を落とされた。

「綱吉、」

「・・・っ」

呼ばれたかと思ったら、首筋に顔を埋められて
ちゅ、と濡れた音を立てて耳を甘く噛まれた。

「父さ、・・・ぅ」

首にも歯を立てられ、骸の大きな手がシャツの中に滑り込んで
体を撫で上げるから、綱吉は唇を震わせた。

経験のない綱吉にも、これは体を繋げるための行為なのだと本能で分かった。

分かったからと言って、綱吉にはもう拒む気はなかった。

昂り続ける心と体は完全に思考を消してしまった。

きゅう、と骸のシャツを掴むと、骸は緩やかに顔を上げた。


綱吉、と。


緩やかに微笑む骸の唇が、ゆっくりと近付いてきて
ソファがきし、と切ない音を立てた。

吐息が混ざり合った瞬間、骸の携帯が音を立てて
綱吉ははっと我に返った。

唇が触れる前に体を起こした骸をただ視界の中に入れていて
綱吉は動く事さえ出来ずに自分の心臓の音を聞いていた。

吐き出す呼吸が心成しか荒く聞こえて
ずっと息を止めていた気さえした。

骸は何事もなかったように携帯を耳に当てたので
夢を見ていたような気持になった。

「分かりました。すぐ戻ります。」

感情のない声は、綱吉と向き合っている時とは大分違った。

戻るのだと分かってどこかほっとしたような、それでも

「行っちゃうの・・・?」

本心はきっとそれだった。

骸は申し訳なさそうな、それでいて少し嬉しそうに笑った。

「寂しいですか?」

「・・・うん、」

素直に告げると柔らかいキスが頬に落ちた。

「なるべく早く帰ります。」

乱れた綱吉のシャツのボタンをひとつずつ丁寧に合わせていく。
綱吉は頬を染めたまま骸の手を見詰めていた。

「出掛ける時は連絡してくださいね?僕も連絡は入れます。」

「・・・うん、分かった。でも、出掛けないよ。」

褒めるようなキスが額に落とされた。

「見送りはしてくれますか?」

「うん!」

こんなに普通にされてしまうと、ついさっきまでの事が本当に夢だった気がする。
少し寂しい気持ちになって骸の背を見詰めていると
靴を履き終えた骸が不意に振り返った。

心臓が跳ね上がったところに骸の腕が伸びてきて
掌が綱吉の頬を包み込んだ。

骸が瞼を落としたのが凄く近くで見えて
気付いたらとても柔らかい唇が、綱吉の唇を包むように押し当てられた。

僅かな体温を残して離れた唇を、
綱吉はぼうっと見詰めていた。

骸はくす、と笑うと、綱吉を抱き竦めた。

「戸締まりはきちんとしてくださいね。
君にもしもの事があったら僕は、生きていけませんから。」

大きく瞬きをした綱吉に、骸は「本当ですよ。」と甘く囁いて再び唇を重ねた。

「・・・・うぁ、」

耳の先まで赤くした綱吉の頬を撫でて、いってきます、と
骸は出て行ってしまった。

一人残された綱吉はぼうっと玄関に取り付けられている鏡を見遣った。

首筋に骸が付けた赤い痕があってますます顔を赤くした。

(キス、しちゃった・・・・)

何してるんだろうと混乱したものの、
胸の中にある気持ちは消せそうになかった。

今日起きた怖かった事さえ、ぜんぶぜんぶ消えてしまったというのに。



09.03.18                                              
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