骸は運び込まれる家財道具を見ながら、気持ちを落ち着けるために大きく呼吸をした。
今日は新居に綱吉が越して来る日。
喜ぶのは綱吉の誤解が解けてからと思うものの、抑え切れない感情が込み上げてくるのは否定出来ない。
綱吉と戸籍が同じになった。
喜ぶなという方が無理だ。無茶だ。滅茶苦茶だ。
へらへらしていては不謹慎なので表情を引き締めるが、
込み上げてくる感情に抗うあまり表情が鬼気迫るものになっていて、
可哀想に使用人たちは恐ろしくて骸に近付くことさえ出来ないでいる。
骸はそんなことに気付きもせずに氷の美貌を鋭くさせて、宙を一点睨んでいる。
祝言はとりあえずは挙げないことになっている。
「綱吉はお嫁に行きたくありません。」あの日綱吉はそう言ってしくしく泣いていた。
「それなら僕が婿入りします。」そう言うと綱吉は人の形をした生ゴミでも見るような表情で骸を見て
恭弥が「そうだね、財産目当てだから婿入りの方がいいかもね。」と地中深くに埋めてやりたくなるくらい余計なことを言った。
そういう意味ではないのにと奥歯を食い縛って耐えていると恭弥が
「沢田のままの姓でいられるんだから家畜が一匹増えたと思えば気にならないだろ?」と
主に頭頂部の髪を毟ってやりたくなるようなことを言い出した。
後半部分は思ってもないが、沢田の姓のままでいられるならまだ嫁に行く不安は少なくなくなると思ったから婿入りするって言ったのに。
恭弥と同じことを考えて更に先に言われてくそ、と思うがここは堪えなければならない。
綱吉は奈々の膝に顔を埋めて泣いて「この男と結婚してると思われたくないから祝言は挙げたくない。」と言った。
奈々は「我儘言っては駄目よ。六道さまの御家にもご都合があるのだから。」と言って宥めたが
骸はすかさず「両親には僕から話します。」と言った。
奈々はでも、と申し訳なさそうな顔をするので骸は「綱吉さんの嫌がることを無理にするつもりはありません。」と言い切った。
本心だからこそ微妙な空気になったのは言うまでもない。
だって綱吉が嫌がっているのは結婚自体なのだから。
「悲観することはないよ、綱吉。何かあれば僕がすぐにこの男をぐちゃぐちゃにするから。」
「あら、それなら母さんも手を貸すわ。」
「力仕事は父さんに任せなさい。」
ぐちゃぐちゃぐちゃぐちゃと言って笑い合う沢田の家の人間に、綱吉のお転婆な性格も頷ける気がする。
けれども綱吉は一人笑ってなくて、頬を伝うのは悲しみの涙。
自分は何を言われてもいいけれど、自業自得とは言え綱吉が悲しいのは辛過ぎる。
骸は綱吉の涙に胸が裂かれるようで、心の中で同じように涙を落した。
せめて誤解が解けるまでもう、悲しい涙が流れないように。
骸は決意を固くした。
庭先の噴水の前に車が停まって、骸ははっと目を見張った。
運転手が後部座席の扉を開くと、綱吉がそっと地面に足を落とした。
出迎えなければ、と思うものの、今は胸の鼓動を抑えるのが精一杯だった。
綱吉は桔梗の鉢植えを抱えていた。
その鉢植えはつい先日、7年間の習慣で骸が綱吉に贈ったものだった。
いつものように名前を書いてはいなかったが、あの鉢植えと一緒に越して来てくれたことがとても嬉しかった。
まさか骸が贈ったものとは思っていないだろうが、
骸が贈ったものと知っていたら持って来なかったのかもしれないと思うとちょっと落ち込んだ。
一人で想いを巡らせている内に、綱吉は骸に気付かずにそのまま庭へ向かったようだった。
鉢植えを抱え眉尻を下げるようにとぼとぼと歩く綱吉に胸が痛くなって、骸はすぐに後を追った。
きっと不安だろう。
綱吉には望まない縁談になってしまったのだから。
庭に辿り着くと綱吉は鉢植えを置いて、その前にしゃがんでいた。
骸は大きく息を整えてから、そっと綱吉の後ろに立つ。
「桔梗が好きですか?花言葉は、」
咲いた花に柔らかく触れていた綱吉の指先がぴくと動いた。
「変わらぬ愛。」
言ってすっと立ち上がった綱吉は勢いよく振り返って骸を見上げた。
その気の強い眼差しにどきっとした瞬間に、脛に鈍痛が走った。
「・・・っ」
ブーツを履いていたって、どんなに鍛えていたって、脛は急所です。
草履で蹴られたらそれはそれはとても痛い。
しゃがみ込まなかったし前屈みにならなかった。
主に軍人のプライドで。
「知らない!骸の変態!」
目を見開いた骸の横を、綱吉は着物の前を器用に分けて走り出した。
今、綱吉が骸と言った。
骸は脛の鈍痛も忘れて口元を押さえた。
綱吉が自分の名前を知っている。
呼んでくれる。
奇跡に思えた。
ここは変態ではなく、是非夫として認識して欲しい。
「待ちなさい、綱吉!」
「や!」
骸は踵を返して綱吉の後を追った。
すぐに追い付けるかと思ったが、綱吉は運び込まれる荷物の間を器用にすり抜けるから中々追い付けない。
そうこうしている内に荷物の間から綱吉を見失ってしまった。
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