随分な距離を歩いた。
あんなに歩いたのは今までないかもしれない。
そう言えば病み上がりだし、車内は暖かいし、気付くと骸もうとうとと眠ってしまった。
終点ですよ、と言う声で目を覚ました。
寝惚けた頭で終点?と思ったが、すぐに隣のツナヨシを揺り起すと
ツナヨシはぴょこんと頭を上げた。
「おはよう!」
「はいはい、おはようございます。」
小さな欠伸をひとつして車外に出て、骸は固まった。
何か、暗い。
背後で電車が車庫へ向かって走り出した。
ホームの外灯がじじ、と音を立てる。
「ここ、どこ?」
ツナヨシが不思議そうに首を傾げた。
「・・・僕が知りたいです。」
少し先にあるのは恐らく駅なのだろうがとても小さく、自動改札機ですらなかった。
薄暗い蛍光灯が灯るそこは、遠目からでも無人駅と分かった。
ホームに人の影も形もない。
空気がやたらめったら美味しく、見上げれば空で無数の星が瞬いている。
振り返れば山、目の前は外灯が疎ら過ぎて、真っ暗だった。
道すら見えない。
駅名を見ると見覚えがなく、路線図を見て知っている駅名を探すがまるでなかった。
ずっと指で辿って行って、かなり遠くまで指を滑らせたときに
ようやくいつも使っている路線の終点の駅を見付けた。
終点の駅と言っても行ったこともない程遠い。
骸は口元を引き攣らせた。
恐らく上手い具合に乗り入れに乗り入れを重ねてここまで辿り着いてしまったのだろう。
時計を見ると3時間以上電車に乗っていたことになる。
とは言えまだ9時過ぎ。終電くらい余裕であるだろう。
そう思って時刻表を見た骸は顔面を引き攣らせ、その顔を見たツナヨシはぞおと顔を青褪めさせた。
どうやら乗っていた電車が最終電車のようだ。
随分遠くへ来たものだ。
とても静かな空気の中、ツナヨシがくしゅんとくしゃみをした。
「・・・。」
これはもう仕方がない。
泊まれるところでも探そう。
「今日はもう電車がなくなったので、ここに泊ります。」
「うん!」
言って駅に向かったはいいが駅の外に出れば案の定と言うか、
駅の目の前にひとつ外灯があるだけで次の外灯は30メートルは先だろうか、もう足元も見えないよ。
これでは歩いて宿泊施設を探すことは出来ない。
携帯を出すと圏外だった。
「・・・っ」
振り向くと国際電話に対応している公衆電話を見付けた。
ここから国際電話をかける人間はいるのか?という疑問はこの際見ないふりをして
財布を開くと小銭が10円しかなかった。
「・・・っ」
自動販売機もないので崩せないし、電話をかけられるのは一度だけになる。
公衆電話の傍には電話帳もなく、がっくりとする。
小さな駅の壁に貼り付けられている広告に目を走らせると、
地域唯一の宿泊施設!!とでかでかと書かれている広告を見付けた。
唯一を誇っていいのかどうか分からないが、とにかくそこに電話をする。
上手くすれば迎えに来てくれるかもしれないし、駄目でもタクシーを呼んで貰えるだろう。
ふと見るとツナヨシが頬を染めてぷるぷるしていた。
「何ですか・・・!?」
「・・・駆け落ちみたい・・・」
「駆け落ちする必要性ありませんよね!?」
「ほら、天使と人間の恋とか」
骸は頬を染めてもじもじするツナヨシを完全に無視して公衆電話の受話器を取った。
後ろでまだ妄想を撒き散らかしているツナヨシを完全に無視して、ボタンを押す。
少し間を置いた後、電話が繋がった。
「もしもし、今日の宿泊は可能ですか?・・・はい、お願いしたいのですが、そうです、今その駅にいます。
送迎は・・・え?お父さんがもう寝てるから駄目?じゃあタクシー・・・はい!?8時で終わり!?
それなら歩いて・・・何が3時間なんですか?歩いて3時間!?は!?熊!?
それを聞いて歩いて行くと思います!?あ、思うんですね・・・っ田中さんが歩いたかどうかは知りませんけどね・・・っ
最寄りって歩いて3時間でしょう!?夜明けまで待って歩いて行く意味が分からないですけどね・・・っ
いえ、もう分かりました、おやすみなさい・・・っ」
盛大に引き攣る口元を押さえて骸は受話器を元気に置いた。
ツナヨシはびくっとして妄想を止めてしまった。
「熊が出るそうですよ。」
「くま?」
「知らないんでしたっけ。・・・ああ、ほらこの間君の後ろをついて来たふわふわの動物いるじゃないですか、」
「猫?」
「そう、それです。君の後ろをあり得ないくらいの数でぞろぞろついて来たあの動物です。」
「あんなこともあるんだな!」
「ありませんよ。その猫をもっとずっと大きくしたような生き物が熊です。」
「それなら怖くないな!」
「人を襲うこともあるので、気を付けなければなりません。」
ツナヨシはごくりと息を飲み込んで顔を青くしたが、
骸は更に怖がらせなければならないことを言わなければならない。
「・・・駅に泊るしかなくなったようです。」
がたがたぶるぶる震え出すんだろうなーと思った骸だったが、
ツナヨシはぱちりと瞬きをすると、「そっか。」と至って穏やかに言った。
些か拍子抜けだ。
「そっかって君ねぇ・・・」
「俺は骸が一緒にいてくれるなら、どこでも大丈夫だよ。」
「・・・。」
へらへら笑った赤い頬を摘み上げたい衝動を何とか落ち着けたときに、
駅の電気がふと消えて骸はまた口元を引き攣らせた。
急に暗くなったので驚いたツナヨシはぴょんと飛び跳て骸の後ろに隠れる。
ここにいるよりは、ホームの方が明るいかもしれない。
幸い、ホームの外灯はひとつ点いたままだった。