りんご飴を初めて食べた。

隣で同じようにツナヨシがりんご飴を食べている。
少し離れたところで的屋の、付け加えて言うなら絶対堅気に見えない男が不揃いの歯を見せてにっと笑った。

骸は引き攣った口元を何とか笑みに似せて軽くお辞儀をした。

隣でツナヨシが嬉しそうに手を振っている。

毎度のことながらこのりんご飴は貰い物であり、誰から貰ったかと言うと
その絶対堅気に見えない男だったりする。

骸とツナヨシは少し遅い初詣に来ていた。


ツナヨシが行きたがっていたハイキングコースの参道は殴りたくなるくらい長くて、
本殿まで2時間かかった。

途中すれ違う人もなく、舗装もされてない道を突き進み、
ツナヨシが途中何度も転び、終いにはジーンズの膝が破れ、
更には骸がツナヨシの手を引っ張って行く羽目になった。

ツナヨシは手を繋いでいると勘違いして頬を赤くしてもじもじするから
何度捨てて行こうと思ったか分からない。

でも手を離すと転ぶので、時間のロスを避けるためにそうしなければならなくて
ようやく辿り着いたときには柄にもなく感動した。

けれどどうにも様子がおかしい。


ハイキングコースは人っ子ひとりいなかったので、本殿もさぞかし空いているだろうと思ったのに
人でごちゃごちゃしていた。
どうやら梅祭りをしているようで、的屋もびっちりと並んでいる。


この人たちは一体どこから沸いて出たのかと眉間に皺を寄せた骸の目に、
信じられない光景が飛び込んで来た。

少し先の鳥居の向こうに、見覚えのある駅名があった。


よく目を凝らすとそこは間違いなく駅で、
つい二時間前に下車した駅だった。

下車したらすぐにハイキングコースは東口という文字を見たので
素直に東口から出たのだが、もしかしたら西口から出たら本殿は物凄く近いのではないだろうかと思った。

いや、ないだろうか、と言うか近い。とーっても。
どれだけ遠回りさせたんだ、ハイキングコースは。

ハイキングコースの出口で茫然としていると、的屋のあの堅気な気がしない男が

「わざわざ遠回りしてくるなんて、物好きだなぁ!」と声を掛けて来たのだ。

やっぱり遠回りだったのだ。がっくりとする。
そんな骸を見て(ツナヨシはへらへらしていたが)まぁ食べろやとりんご飴をくれたのだ。

疲れた体に沁み入った。

人は見た目じゃないと思った。

りんご飴最高。

そんなだったので、本殿のお参りもちゃっちゃと済ませて、
一体何がメインだったのかよく分からなくなったが、的屋の兄さんにもう一度お礼を言ってから帰ることにした。

並んで座席に腰を掛ける。

家を出た時間もゆっくりだったから、もうすっかり夕方だ。

電車が滑り出したときに、ツナヨシがごそごそとポケットを探った。


「これ、骸に。」


「え?」


差し出されたのは学業成就の赤いお守りだった。


「・・・どうしたんですか?これ」


「年末に山本先生のお寿司屋さんお手伝いしたときに、お給料貰ったんだ。
残りは生活費に使ってな。」

「いいですよ、君が働いた分だから。」


「ううん、俺兼業主婦目指してるんだ!」


「・・・っ」


あまりの声の大きさと、電車の中のまばらに散っている人たちがさわさわと見てくることに
骸の口元は盛大に引き攣った。
とにかくここは何とか収めるようにする。


「分かりました・・・それならそのお金は君が持っていて、
何か困ったことがあったときに使うようにしなさい、いいですね。」

「う、うぐ、」


骸の口元の引き攣りが般若のような表情を更に恐ろしいものへと変えていて
ツナヨシは恐怖からまともな返事が出来なかった。

骸はお守りをコートのポケットにしまおうとしてから、
少し考えるように動きを止めて鞄に付けた。

横を見るとさっきまで迷惑なくらい元気に喋っていたツナヨシが、
うとうとと船を漕いでいる。
恐ろしいほどのマイペースは今に始まったことではないので、
でも骸の口元は引き攣る。

かくんとなった後に起きようとぷるぷる頭を振っている姿に
子犬か、と心の中で突っ込んだ。

「寝てていいですよ。着いたら起こします。」


「ありがと、」

「肩を貸すとは言ってない・・・っ!!」


「ううぐ、」


無理矢理顔面を押しやるが、どういうことだろう。
車内の人たちが見守るような温かい目で見ている。


何なんだこれは。

骸の口元は引き攣るばかりだ。


ツナヨシは頭をぐるんぐるん回すような勢いで眠っていて、
ふと気付くと隣のおばさんの肩に凭れていた。

「すみません、」


いいのよ、と言ってくれたが、髪の毛を引っ張って自分側に寄せる。

髪を引っ張られてうーんと唸るようなツナヨシは、骸の肩にぽてりと頭を乗せた。

人様に迷惑を掛ける訳にはいかないので、
仕方ないというように溜息を落としてそのままにしておいた。

すやすや寝ているツナヨシを見てると、
何だか釣られるように眠くなってしまう。

随分な距離を歩いた。

あんなに歩いたのは今までないかもしれない。
そう言えば病み上がりだし、車内は暖かいし、気付くと骸もうとうとと眠ってしまった。



終点ですよ、と言う声で目を覚ました。

寝惚けた頭で終点?と思ったが、すぐに隣のツナヨシを揺り起すと
ツナヨシはぴょこんと頭を上げた。

「おはよう!」

「はいはい、おはようございます。」

小さな欠伸をひとつして車外に出て、骸は固まった。

何か、暗い。

背後で電車が車庫へ向かって走り出した。
ホームの外灯がじじ、と音を立てる。

「ここ、どこ?」

ツナヨシが不思議そうに首を傾げた。

「・・・僕が知りたいです。」

少し先にあるのは恐らく駅なのだろうがとても小さく、自動改札機ですらなかった。
薄暗い蛍光灯が灯るそこは、遠目からでも無人駅と分かった。

ホームに人の影も形もない。

空気がやたらめったら美味しく、見上げれば空で無数の星が瞬いている。
振り返れば山、目の前は外灯が疎ら過ぎて、真っ暗だった。

道すら見えない。

駅名を見ると見覚えがなく、路線図を見て知っている駅名を探すがまるでなかった。
ずっと指で辿って行って、かなり遠くまで指を滑らせたときに
ようやくいつも使っている路線の終点の駅を見付けた。

終点の駅と言っても行ったこともない程遠い。
骸は口元を引き攣らせた。

恐らく上手い具合に乗り入れに乗り入れを重ねてここまで辿り着いてしまったのだろう。
時計を見ると3時間以上電車に乗っていたことになる。
とは言えまだ9時過ぎ。終電くらい余裕であるだろう。
そう思って時刻表を見た骸は顔面を引き攣らせ、その顔を見たツナヨシはぞおと顔を青褪めさせた。

どうやら乗っていた電車が最終電車のようだ。

随分遠くへ来たものだ。

とても静かな空気の中、ツナヨシがくしゅんとくしゃみをした。

「・・・。」

これはもう仕方がない。
泊まれるところでも探そう。

「今日はもう電車がなくなったので、ここに泊ります。」

「うん!」

言って駅に向かったはいいが駅の外に出れば案の定と言うか、
駅の目の前にひとつ外灯があるだけで次の外灯は30メートルは先だろうか、もう足元も見えないよ。

これでは歩いて宿泊施設を探すことは出来ない。

携帯を出すと圏外だった。

「・・・っ」

振り向くと国際電話に対応している公衆電話を見付けた。
ここから国際電話をかける人間はいるのか?という疑問はこの際見ないふりをして
財布を開くと小銭が10円しかなかった。

「・・・っ」

自動販売機もないので崩せないし、電話をかけられるのは一度だけになる。
公衆電話の傍には電話帳もなく、がっくりとする。

小さな駅の壁に貼り付けられている広告に目を走らせると、
地域唯一の宿泊施設!!とでかでかと書かれている広告を見付けた。

唯一を誇っていいのかどうか分からないが、とにかくそこに電話をする。
上手くすれば迎えに来てくれるかもしれないし、駄目でもタクシーを呼んで貰えるだろう。

ふと見るとツナヨシが頬を染めてぷるぷるしていた。

「何ですか・・・!?」

「・・・駆け落ちみたい・・・」

「駆け落ちする必要性ありませんよね!?」

「ほら、天使と人間の恋とか」

骸は頬を染めてもじもじするツナヨシを完全に無視して公衆電話の受話器を取った。
後ろでまだ妄想を撒き散らかしているツナヨシを完全に無視して、ボタンを押す。

少し間を置いた後、電話が繋がった。

「もしもし、今日の宿泊は可能ですか?・・・はい、お願いしたいのですが、そうです、今その駅にいます。
送迎は・・・え?お父さんがもう寝てるから駄目?じゃあタクシー・・・はい!?8時で終わり!?
それなら歩いて・・・何が3時間なんですか?歩いて3時間!?は!?熊!?
それを聞いて歩いて行くと思います!?あ、思うんですね・・・っ田中さんが歩いたかどうかは知りませんけどね・・・っ
最寄りって歩いて3時間でしょう!?夜明けまで待って歩いて行く意味が分からないですけどね・・・っ
いえ、もう分かりました、おやすみなさい・・・っ」

盛大に引き攣る口元を押さえて骸は受話器を元気に置いた。
ツナヨシはびくっとして妄想を止めてしまった。

「熊が出るそうですよ。」

「くま?」

「知らないんでしたっけ。・・・ああ、ほらこの間君の後ろをついて来たふわふわの動物いるじゃないですか、」

「猫?」

「そう、それです。君の後ろをあり得ないくらいの数でぞろぞろついて来たあの動物です。」

「あんなこともあるんだな!」

「ありませんよ。その猫をもっとずっと大きくしたような生き物が熊です。」

「それなら怖くないな!」

「人を襲うこともあるので、気を付けなければなりません。」

ツナヨシはごくりと息を飲み込んで顔を青くしたが、
骸は更に怖がらせなければならないことを言わなければならない。

「・・・駅に泊るしかなくなったようです。」

がたがたぶるぶる震え出すんだろうなーと思った骸だったが、
ツナヨシはぱちりと瞬きをすると、「そっか。」と至って穏やかに言った。

些か拍子抜けだ。

「そっかって君ねぇ・・・」

「俺は骸が一緒にいてくれるなら、どこでも大丈夫だよ。」

「・・・。」

へらへら笑った赤い頬を摘み上げたい衝動を何とか落ち着けたときに、
駅の電気がふと消えて骸はまた口元を引き攣らせた。

急に暗くなったので驚いたツナヨシはぴょんと飛び跳て骸の後ろに隠れる。

ここにいるよりは、ホームの方が明るいかもしれない。
幸い、ホームの外灯はひとつ点いたままだった。