一生の不覚だと思った。
だって家に変なものを上げたのをすっかり忘れてしまうくらい深く眠っていて
しかもその変なものが一緒のベットで寝てるのに久し振りに爽快な気持ちで目覚めたから。
いるのをすっかり忘れて気分よく寝返りをうったら
何かごつごつしたものを背中でふんずけて
そのふんずけた何かがうーんうーんと呻き声を上げた。
「・・・・。」
呻き声を聞いてゆるゆると昨日の記憶が蘇ってきた。
そうだった。
一生の不覚だ。
頭に来たので、例えそれが八つ当たりだと言われようとも
起きるまで潰しておく事にした。
うーんうーんと苦しげな声を上げていた闖入者は
やがてか細い声でむくろぉ・・・と言った。
寝言じゃないのを確認するためにもう少し潰しておく事にした。
「む、むぐろ、ぐるじい・・・」
もぞもぞと動き始めたのでどうやら寝言ではなさそうだ。
仕方がないのでどいてやると、ツナヨシはぴょんと跳ね起きた。
「おはよう、骸!」
寝汚そうと思っていたのにとんでもなく元気に起き上がった。
恐らくおはようからおやすみまでこのテンションなのだろう。
骸はぐったりとした。
「よく眠れたか?」
何て事訊きやがるんだと思った。
一生の不覚だと思った事をピンポイントで的確にありえない速度で訊きやがった。
「ええよく眠れましたよ・・・っ」
朝の爽やかさとは大いに懸け離れた凶悪な目付きに
ツナヨシはびくっと体を引き攣らせた。
骸はベットから降りるとおもむろにクローゼットを開けた。
骸の服がツナヨシには絶対絶対大きいのは分かっていたが
この際そんな事は言ってられない。
全然関係ないけれど、外をあんなTシャツ一枚でウロウロされるのは何か許せない。
あまり着ていない服を適当に選んで綱吉に放り投げた。
「それ、着ていっていいですから。絶対返さないで下さい。」
「いいの・・・?」
ツナヨシは頬を染めてぷるぷる震えている。
子犬かよと思った。
ツナヨシは嬉しそうにジーンズを穿いたが、残念な気持ちになるくらい大きい。
すぽん、と脱げてしまう。
「・・・っ」
骸は苛々しながらジーンズにベルトを通してぎりぎりと締め上げた。
「う、うぐ・・・っ」
あんまり締めるものだから、ツナヨシはおえっとえずいた。
イラっときてツナヨシの膝を手でかっくんしてやった。
ツナヨシは気持ちいいくらいすっ転んでうう、とぐずるので
骸はふっと薄暗い笑みを浮かべた。
ツナヨシがぐずると気持ちがすっとするのはもう否定出来ない。
「全くとんでもないいじめられっ子体質ですね。」
自分のいじめっ子体質を完全に棚に上げた骸は
シャツをツナヨシに押し付けた。
着たはいいけれどやっぱり残念なほど大きい。
ツナヨシはてろんと下がった袖から一生懸命手を出そうとしている。
「なぁなぁ、どうしたら骸みたいに手がでるの?」
「体が伸びれば出るんじゃないんですか。」
投げ遣りに言うとツナヨシは目を輝かせた。
「すごい・・・っ骸は伸びるのか・・・!!」
「伸びるか・・・っ!」
何でこの子はこんなにバカなのかもう嫌だ。
どんな育て方したらこんなになるんだ親の顔なんか絶対見たくない。
うんざりとして目線を落とすとジーンズから当然足は出ていない。
転びそうだと思った傍からツナヨシはすっ転んで
テーブルに頭をぶつけてうう、と呻いた。
「・・・っ」
折り返してどうにかなるレベルではない。
アパートの階段の下で冷たくなられてても面倒なので
ツナヨシの足を掴み上げるとハサミでじきじょきと裾を切った。
さっさと上着を着せて立たせてやる。
だぼだぼしててどうしようもないがおかしくはないので、まあ良しとする。
視線を感じて顔を上げると、ツナヨシが優しく微笑んでいて、骸は目を見張った。
「骸は優しいな・・・」
小さな手が骸の頬に触れて骸は目を見開くと
すぐに眉根を寄せてぱっと顔を背けて立ち上がった。
「気安く触らないで下さい。あと、これ。」
ツナヨシに一万円札を押し付けた。
案の定、ツナヨシはきょとんと一万円札を眺めていた。
(やっぱり分からないのか・・・っ)
絶望さえ感じて口元を引き攣らせた。
もう顔面筋肉痛になりそうだ。
顔面筋肉痛なんて聞いた事ないけど顔面筋肉痛になりそうだ。
「それ・・・っ!君が欲しがっていたお金ですよ!」
「これが・・・っ!」
目の前に札を掲げて、ツナヨシは興奮して頬を赤くした。
鼻息で札の端がぱたたと揺れた。
何だその反応!
骸は引き攣った口元をぐっと抑え込んで言葉も一緒に飲み込んだ。
いちいち気にしていたら血管が切れる。
「それあげます。」
「え!?」
ツナヨシは大きな目を更に見開いた。
生活費から一万を出すのはきついのだけれど
たった一万出しただけでツナヨシの煩わしさから解放されるなら万々歳だ。
「絶対返さないで下さい。絶対に、返さないで下さい。」
大事な事なので二回言った。
「そしてもう二度と僕に関わらないで下さい。」
言ってから骸は目を見張ってしまった。
だってツナヨシが眉尻を下げてとても悲しそうに見上げてきたから。
「な、んでそんな顔するんですか・・・」
骸には、何でツナヨシがそんな顔をするのか分からなかった。
絶対返せと言われたりそのまま放り出されるより絶対いいと思うのに。
「だって・・・俺、骸の事好きだから・・・」
骸が思っていた事とツナヨシが思っていた事は違っていた。
何で昨日会ったばっかりの見知らぬ人間にそんな事が言えるのか。
「馬鹿じゃないですか。」
言って着替え始めた骸を、ツナヨシは寂しそうに見詰めていた。
苛々した。
そうやって感情を人に押し付けてくる所も、無条件に人を信じ過ぎる所も。
「僕は夜まで戻りませんが、絶対に出て行って下さい。」
ツナヨシの方を見もせずにコートを取ると、玄関に向かって歩き出した。
後ろからぱたぱたと付いてくる足音がした。
「骸・・・」
骸は無視して靴を履いた。
「骸・・・迎えが来るまでここにいちゃダメ?」
「それが目的ですか。」
「・・・え?」
「生憎君の足に合う靴はないのでこれで我慢して下さい。出て行って下さい。」
骸はサンダルを玄関に置くと振り向きもせずにドアに手を掛けた。
「骸、」
ツナヨシは何で骸が怒ってるのか分からなくて
泣き出しそうな顔をした。
泣き出しそうになっているのが分かるから
骸も振り向かない。
「・・・骸、出て行くから、だけど、また会いに来ちゃダメ・・・?」
「意味が分からない。関わるなと言った筈です。」
ドアを開けた瞬間にまた骸と呼ばれた気がした。
けれど骸はそのまま部屋を後にした。
小さな音を立てて閉まったドアに、ツナヨシは思わずぽろりと涙を零した。
嫌われたのだろうかと思うと、またぽろ、と涙が零れた。
ツナヨシの世界はとても広くて、とても小さい。
自分に関わる愛すべきものに嫌われた事がないから
どうしていいか分からなかった。
「・・・・。」
(・・・当たり前だと、思っちゃいけない・・・)
ツナヨシは涙を拭うと、きゅっと口を引き結んだ。
そうなんだ、ツナヨシは天使でも稀なくらいとんでもなく前向きだった。
(骸・・・っ!)
ツナヨシは鼻息も荒く骸を待つ事にした。
ツナヨシは骸が好きだと思った。
ツナヨシにはその好きの種類が何であるのかは判別がついていない。
けれど、骸が怒っているなら理由をちゃんと知りたいと思ったし、ちゃんと謝りたいと思った。
なので、こたつに入って大人しくしてみた。
骸は朝から夕方までバイトをして、その後は夜間高校に通っている。
夕飯はバイト先で出るので家には戻らない。
戻らないけれど、家の事が気になった。
家というよりは家の中の変なものが気になっていた。
だから骸はプンプンしながら早足でバイト先に向かっていた。
自分があんなものを気にしてるのも癇に障るし、
ツナヨシが簡単に人の事を信じたりするのもどうしても癇に障った。
骸の場合は多くがそうなのだけれど
理解が出来ないものは大嫌いだった。
だからツナヨシを気にしている自分も理解出来ないから大嫌いだと思った。
「骸しゃ〜ん、昨日のあのちっこいのどうしました〜?」
パイトを終えて学校に行くと、さっそく犬がとんでもない事を訊いてきやがった。
「なんか骸しゃんにすげー懐いてましたよね〜」
「海に沈めました。」
「はいいいい!?!?!?」
「重りをつけて海に沈めたと言っているのですよ。」
「ひいいいいいいい!!!!!!!」
ぎらりと凶悪な目で睨むと、犬は飛び上がって千種の後ろに隠れた。
「・・・あまり脅さないで下さい。」
「千種も同罪ですよ。」
千種は眼鏡を光らせると、犬を骸の方へと押し遣った。
「柿ピの裏切り者〜!!!!」
「まあ、いいですよ。」
「えっ。」
犬がほっとして目を輝かせると、骸はおもむろに時計を見遣った。
「今頃いなくなってるでしょうから。」
「・・・・?」
再びぎらりと凶悪に目を光らせた。
「この世からね。」
「生きたまま沈めたんれふか〜!?!?!?!?」
さすがの千種も思わず後ずさった。
「・・・骸さんが言うと冗談に聞こえないです・・・」
「冗談ではありませんからね。」
「もう止めてくらはい〜!!!!!!!!」
恐れ戦く二人を無視して、骸は頬杖を突くとちらと時計を見た。
いくらなんでももういないだろう、と思った。