ツナヨシの煩わしさも数日経てば慣れていった。
と、言えたらどんなによかっただろう。
言える訳がない。
ツナヨシの奇行は後から後から沸いてくるし
ツナヨシの骸に対する付き纏いは
室内にいながらにしてストーカー・規正法に引っ掛かりそうな勢いだ。
骸がちょっと動けばくっ付いて来て
骸ー骸ー
この年にして、しかも男なのに
小さな子供を持つ母親の苦労を分かってしまいそうになる。
何かあったら骸ー骸ー
何もなくても骸ー骸ー
むくろーむくろー
これは頂けない。
無駄に顔の筋肉が発達しそうだし、
骸のイケナイ右手がツナヨシの細い首をヘシ折る前に何とかしなければ。
そこで骸は考えた。
ここはちょっと外に出すようにして他に気を散らせばいいんじゃなかろうか。
ずっと家にいるのだから、一人で商店街まで買い物くらい行けるように
なってくれれば(普通は行ける筈だが)骸だって楽になる。
なので最近は用がなくても、骸のバイトが終わったら商店街まで散歩に行ったりしている。
それでもツナヨシの付き纏いは一向に止まないのだが。
返って煩わしさが倍増している気がしないでもないが。
もうひとつ煩わしい事が増えている。
ツナヨシの夕飯の事だ。
今まで骸はバイト先で夕飯を済ませてそのまま学校まで時間を潰したり
学校に行って時間を潰したりしていて家には戻らなかったのだが
学校から戻ると昼食と夕飯を食べていないツナヨシが干乾びそうになっている所を
二回発見したので、帰るようにした。
本当に干乾びて冷たくなられてても大変困るので。
食べていない、というのは何も骸が意地悪をして食べさせていない訳ではない。
パンとか調理しないでいいものとか置いて行くのだが
どうやらそれらが食べ物だと分からないらしい。
パンの袋が齧られているのを見た時、鼠でも出たかと思った。
さすがのツナヨシも不味いビニール袋が食べ物だとは思わなかったらしく
至極当然の事だが、食べなかった事を褒めてやりたい気持にもなった。
なんせテレビは箱の中に人が入ってると思ってるくらいだから。
一体何時の時代の人間なんだ。
これでいよいよりんごしか食べた事がない説が濃厚になった訳だが。
いいじゃないか。
りんごだけで今まで生きて来れたのだから。
なので骸はその事に関しては綺麗さっぱり潔く全てを忘れる事にした。
じゃなきゃこっちの頭がおかしくなる。
だから今日もツナヨシの夕飯を買って家に帰るのです。
玄関を開けると目を輝かせたツナヨシがお出迎えしてくれる。
今日もここから始まる付き纏い。
餌、もとい夕飯を渡しても、それが目的でお出迎えしている訳ではないらしく
骸ー骸ーとしっぽがあったら振っているだろう勢いでくっ付いて回る。
顔を引き攣らせた骸は台所に山積みになった野菜やら果物やらお菓子やらに目を止めた。
「・・・何ですかこれ。」
「今日一人で商店街まで行けたんだぞ。」
「へぇ。偉い偉い・・・なんて言うと思ったか!」
ばっと拳を振り上げるとツナヨシはぴょんと飛び上がって殴られないように骸に隠れた。
「・・・っ」
殴ろうとしている人間の後ろに隠れる神経が分からない。
「で?これはどうしたのですか?お金持ってませんよね?」
口元が引き攣り始めた骸はツナヨシの襟首を掴んで引っ張りだす。
「お菓子はジャンがくれて、」
「誰ですかそれ・・・!?」
「ジャンニーニ」
名前を聞いてがっくりとした。
あの外国人、まだこの辺にいるのか。
「今度は骸がいる時に来るって」
「お断りしておいて下さい。」
全くどういう訳かツナヨシと商店街を歩いていると大体人に捕まる。
骸は歩くのが早いのでふと気付くとツナヨシが大分後ろにいたりして
そういう時は必ずと言っていい程人と話している。
そして何かしら持たされる。
小さな子供に飴を貰ったりもしている。
自称三歳のツナヨシなので幼稚園児なら年上になるから骸は鼻で笑う。
どうせこの野菜とかもどこのどちら様か分からない鈴木さんとか山田さんとかに貰ったのだろう。
「返して来て下さい。貰う謂れはありません。」
「うん。俺もそうしようと思ったんだけど、子供は遠慮するなって藤本さんが」
だから誰だよ藤本。
その藤本さんを探し出して返しに行く方が面倒なので
これはもうありがたく頂戴する事にした。
ああもう。
「骸・・・」
いきなり抱き付かれた挙句なんか泣いてる。
「何ですか・・・っ!?」
「だって骸が泣きそうだから・・・」
「泣いているのは君でしょう・・・!?何なんだ離れろ・・・!!」
顔面を鷲掴んで引き剥がす。
手に涙とかヨダレとか付いたのでツナヨシの顔になすり付けた。
「うう・・・」
「ううじゃない・・・!早く食べろ・・・!」
「うん・・・散歩行くんだもんな・・・」
「行きませんよ。」
「え・・・!?」
「もう一人で行けるのでしょう?行く必要がなくなりました。」
ツナヨシは大きな目に涙を一杯溜めてぷるぷる震えている。
行きたいらしい。
「骸と・・・散歩・・・」
頑張れ右手。
負けるな右手。
ツナヨシなんかのせいで人生棒に振るな右手。
今にもツナヨシの首をへし折りそうな右手を何とか抑える。
「・・・分かりました。とっとと食べて下さい。」
途端ツナヨシの顔はぱあっと輝いて
ツナヨシは骸との散歩の時間を一分でも長くするために急いでコタツに入った。
飽くまで甘やかしているつもりはない。
そう、同じ一緒にいるなら部屋の中より外の方が煩わしさが減るから、だ。
一体何をどうしたらそうなるのか、ツナヨシが箸を使うと回転しながら飛んで行ったりするので、
骸は自分の頭の血管を守るためにフォークを渡した。
おお美味いなコレとか妙におっさんくさい事を言いながら
本当に美味しそうにハンバーグを食べるツナヨシを見て溜息を吐いた。
何で拾っちゃったんだろう。
遠い目をしている骸の前にハンバーグが差し出される。
「美味しいから骸も食べて!」
「・・・僕は済ませてるので結構です。」
ツナヨシの手を押し戻すが、またすぐに元の位置に戻る。
無言でまた押し戻すが、また元に戻る。
どうしても食べさせたいらしい。
ツナヨシは何でも美味しいと言うのだが
その美味しいと言ったものは必ず骸にも食べさせたがる。
ツナヨシも中々引き下がらないので
馬乗りになって無理矢理口の中に押し戻した事もあった。
勝った。と思うのも束の間。
ツナヨシ相手にムキになっている自分にがっくりする。
なので無駄な体力と気力と生きる希望を失わないために
ツナヨシが差し出すものは一応口に入れる。
断じて甘やかしている訳ではない!筈。
仕方がないので口に含むと、やっぱりいつも通りの食べ飽きた惣菜の味で、
ツナヨシがそんなに美味しそうにする理由が分からない。
「そんなに美味しいですかね。」
呆れ交じりに言うと、ツナヨシはへにゃっと笑った。
「うん!骸と食べるから美味しい!」
よく分からない。
一緒に食べる人間が変わるだけで味も変わるとでも言うのだろうか。
全くこれだから馬鹿は。
「ほら、ついてますよ。」
食べ汚いツナヨシはいつも口の周りに何か付けてる。
頬に付いた米粒をすくい取るようにすると、
ツナヨシは頬を染めてへにゃっと笑ったので骸はふと我に返った。
「・・・・。」
ふと我に返ったので人指し指に付いた米粒をツナヨシの頬になすり付けて戻した。
「うう・・・」
ツナヨシがぐずったので、骸はふっと薄暗い笑みを浮かべた。
NEXT